第十五話:コーヒー牛乳百二十円 (後編)
結局、ホウレンソウもどきのお浸しを食べ終わったあと、私とおばあさんはお茶を汲み、一服をしていた。
家にはおばあさんしかいなかった。
「おばあさん、おじいさんとかいないの?」
「ん? 辰夫さんは戦死したわい」
「……そう、ですか」
「まあ気にすんな。辰夫さんは私と十六の時に結婚しての、私がこの銭湯の番台をしたんじゃ」
「おじいさんは銭湯の人だったんですか」
「まあの。ええ格好しいの大馬鹿もんじゃったがな」
「あらら、おじいさん言われたい放題だね」
全くじゃと言っておばあさんはにかりと笑う。私はそんな気さくなおばあさんの笑顔に釣られて笑った。
「プロポーズも、気障での。昔の私はイチコロだったわい」
「へえ、どんなプロポーズだったんですか?」
「ほほ、耳年増かいお嬢さん」
実際、私はそんなに耳年増ではない。
だけど人の恋は、三度の飯よりおいしいのだ。
「『わしのために子供を生んでくれえ!』 と銭湯の中で言われたわ」
あははと私は笑った。おばあさんはふふんと笑い、お茶を啜る。
「それは格好いいと言うか……」
「大馬鹿もんじゃ」
そうですねと私は相槌を打った。
「だが、ほんまもんに真っ正直じゃったのお」
「そうなんですか?」
「おお、辰夫さんは浮気なんてしなくての、お酒を飲んでも性格なんてかわいいもんじゃ」
「おばあさんの夫らしいです」
「じゃが……いい男じゃ」
おばあさんの顔は若かった。
私も年老いたらこんな人になりたいなと思った。
その翌日私は、おばあさんに礼をし、家に帰った。
お父さんに頬を張り飛ばされ、お母さんにはがみがみと怒られ、心身両方とも潰された。
しかし、その二泊三日は充実した家出だった。
「……いけないもうそろそろ上せちゃうな」
そう思って、私は脱衣場へ向かった。
体に纏わりつく水滴を拭い去り、私は服を着る。
休憩場所に出ると私とおばあさん以外誰もいなかった。
私はふと右手にある、ガラス張りの冷蔵庫を見た。
そこまで歩いてゆき、牛乳コーヒーを手にする。
「百二十円だったね」
「おお、そうじゃったな」
私は財布から、二百九十円を出した。
そのおばあさんの目の前で、牛乳瓶の蓋を開け、ぐいっと一気飲みした。
たったの四秒。
「ぷはっ。ごちそーさん」
と言って私は牛乳瓶をおばあさんの目の前に置き、走った。
おばあさんはその時どんな顔をしていたのかはよく分からない。
飲み終わった後に残る口の中の言葉。
それは、牛乳コーヒーの名前をコーヒー牛乳に変えたほうがいいという評価なのか……。
それとも、おばあさんに対しての、感謝の気持ちか……。
どちらにしても、牛乳コーヒーの味と混ざり留まっていた。
旅に出て、七日梅雨の時期はもうすぐだ。
何で二つに分けた?
A。なんとなく。