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第十四話:牛乳コーヒー百二十円 (前編)

 せっかくこの町に来たんだから、ちょっといるものがあるなと私は思い薬局に寄った。

 と言っても本当はあんまり言いたくないのだ。

 ほら、あるでしょ? 女の事が月に一回ほど強制的に起こるイベント。


 あれは世界を恨む位につらいのだ。


 ほかの人と比べて私はあれの痛みが強いと言うか。


 ……まあ、その話はいいか。


 私は薬局からそそくさと出た。





 っと、その前に色々と準備しなきゃ。

 体臭を拭い去るために、銭湯へと向かう。と言ってもここはそんなに大きくない銭湯だ。名前は『スーパー正美』。どんな名前才能(ネームセンス)なんだろうか……? 風呂の数は三つ位。大きいのと、小さいの。後は水風呂。前にここに来た事がある。


 「いらっしゃい、ああ、あのときのお嬢ちゃんじゃないかい?」

 「ども、お世話になってます」


 番台にいるおばあさんは一度顔をあわせるといつまでも覚えていると言う驚異的な記憶能力がある。それなのにホウレンソウとコマツナの区別が全く分からなかったり、さらに、ケチャップとマヨネーズも間違ったりする。


 「四年になるんかえ?」

 「まあ、そんな感じだと……」


 大きくなったねえ。というおばあさん。私は五十円を出すと、鍵をくれた。番号は三十四番。私の出席番号と偶然一致した。


 「ごゆっくり、ちゃんと儀式はやっておくんよ」

 「はい」


 服を次々と脱いでゆくと、足の皮が捲れるいる事に気づいた。


 「やっぱ歩き方が悪いのかな?」


 と独り言を言いながら風呂場に入る。微妙に皮がひらひらとしていて、剥けた所と当たると敏感になったりしていた。

 ここの銭湯は必ずしも風呂に入る前に儀式をしなきゃ行けない。かけ湯をしてまず体の汚れをとるのは当たり前だが、その後の行動が面白いというか、女性限定と言う儀式だ。


 水風呂の水を汲み、男湯のほうへと水を撒く。


 五メートル位の高さの壁から上は男湯とつながっているのだ。

 最初はどうしてこんな事をしなきゃいけないのかよく分からなかった。


 「ああ、どうしてこんなことするかと言うんと、昔から言うじゃ。男は女湯を除きたがるんやって」


 と言うことは、入ってこないように忠告をすると言うことだ。もし除いたら、水を撒くぞ。と言う事らしい。

 男湯から男たちの叫び声が湧き上がった。


 あはは、男湯の人たちに合掌。




 お風呂に入ると、暖かい水が体を包んだ。

 入念に腕や足を擦ったりした。


 「それにしても四年かあ……」


 そう、最初であり最後、ここに来たのは中学三年の春だった。

 そのときも同じようにプチ家出をし、一日位路上で寝泊りしたのだ。変なおっさんに絡まれたり、お兄さんにパンツくれないとか言われたが、そんなものは全部走って逃げた。

 そしてやはり中学三年は浅学だった。


 お金に困り、二日目を過ごすことができなくなったのだ。

 腹をすかし物もまともに食べれない状態になったときに、ふらりとここに寄ったのだ。

 そのときの私は犯罪を犯してでもその家から逃げたかったのだ。風呂に入って牛乳をとって逃げればいい。

 そう思って、中に入った。

 番台がおばあさんだから逃げれると思った。

 ゆっくりと風呂に入り、体の汚れをとった。そしてゆっくりとせずに牛乳コーヒーを一本手にし、逃げ出そうとした。お湯で暖まった手のひらにひんやりと伝わる。


 「ちょっと待ち」


 そう制止の言葉を言われても無視するつもりだった。


 「お嬢ちゃん、今日は泊まってき」


 それは明らかに警察に連れて行く言葉ではなかった。その言葉は私の事情を全部知っていてそう言っている。

 そうに違いなかった。


 周りはおじいさんとか、やかましいおばさんなどはいなかった。

 おばあさんと私だけ。


 「いいから、お嬢さん。あそこさおり」


 言われるがままに私はそのおばあさんの言葉に従った。

 どうしてだろうか? あのおばあさんの言葉には嘘など一欠片もなかった。


 手には少しだけ温くなった牛乳コーヒーがあった。



 そして銭湯の閉店時間になっても、私はおばあさんの姿をずっと見ていた。

 おばあさんは番台から降りると、暖簾を下ろそうと背伸びをしていた。私は慌てて、その暖簾を手にとり、おばあさんに渡す。


 「おお、ありがとうね」


 まっすぐ感謝の言葉に私は照れた。

 おばあさんは暖簾を杖代わりにし、ゆっくりと歩いて行く。


 「おばあさん……どうして私を警察に連れて行かないの?」

 「あれ? お嬢ちゃん物を盗ったのかい?」

 「盗りました。牛乳コーヒーと風呂なんてタダで入りました」


 ほっほっほと笑うおばあさん。私はそんなおばあさんを見つめていた。目の錯覚か、おばあさんの周りはほんわかと優しい空気に包まれている。


 「お嬢ちゃん。物を盗ると言うのは、この銭湯から物を持って行った時じゃよ」

 「……ごめんなさい」

 「どうして謝る? お嬢さんは何も盗っておらんよ」


 私の手にはまだ封を開けていない牛乳コーヒーが在った。


 「ごめんなさい」


 蚊の羽音のような声で私はもう一度謝った。


 「さあ、ご飯にしよう。今日はホウレンソウのお浸し、入り胡麻和えと、ご飯しかないんじゃが……構わんかい?」

 「ありがとうございます」

 「言う必要もありん。わしは一人で食べるのに飽き飽きしてたところじゃ」




 晩御飯は本当にご飯とお浸ししかなかった。私は箸を手にとり、合掌する。

 おばあさんはプルプルとした手つきでお浸しを摘んだ。

 私はそれを見た後、お浸しを摘んで口に入れた。


 「……おばあさん」

 「なんかえ?」

 「これホウレンソウじゃないですよ」

 「そうなのかい? ホウレンソウじゃないのかえ?」


 私の口に入っている物と、机の上にあったお浸しはホウレンソウではなく、コマツナだった。

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