第十三話:午前零時の交差点
あれから僕はずっとプールを眺め続けていた。
水面をぼーっと見ていると、なんだかリラックスできるのだ。
だが、それにももう飽きた。
僕はそのまま家に帰ろうと思ったが、それはやめた。
重要な事に気付いたからだ。
今家に行ってしまうと、親と遭遇してしまう。
あの信用できない大人たちは、また僕を病院へ戻すことだろう。
だから僕は、家には帰らず裏通りを通って街に出ることにした。
学校の裏の用水路沿いを真っすぐ行くと、駅や大通りが待ち構えている。
下水臭いこの道を通り抜けると夜の街だ。
それまではこの臭さも我慢していくしかない。
僕は急ぎ足でそこを通り抜けた。
午前零時の交差点はあまりにもがらんとしていた。
東京や大阪ならこんなことはあり得ないだろう。
彼女が夜中に徘徊しているとは到底考えにくい。
だが、確率がある以上、調べておく必要はあるだろう。
僕は大通りを歩き、アーケード街を歩き、徹底的に探した。
途中、何度もけばけばした鬱陶しい女性に声をかけられたが、突き放しては舌打ちを食らった。
最近この中心街も夜はピンク街と化している。
景観も損なうし、何よりも住みにくい。
どうせ奥の方では闇取引も行われているのだろう。
そうぜんと歩くTシャツ姿の僕にはそんな所は似合わない。
ふと壁にもたれて休んでいたその時だった。
急に眠気に襲われ、足腰に力が入らなくなった。
そのまま瞼は閉じていき、意識は遠のいていく。
『へっ、これじゃあ酔っ払いのおっさんみたいだな』
僕はそう感じながら夢の世界へと落ちた。
――気付いたのは昼前だった。
店と店の間の薄暗いじめじめした所で眠っていたせいか、警察には見つからなかったようだ。
目をこすり、重い体を無理やり持ち上げる。
空は薄暗く、雨がしとしと降っていた。
屋根があってよかった。
大事な手紙は濡れずに済んだようだ。
勉強に使うようなルーズリーフに、黒いボールペンで書きなぐるように書かれた字。
たった一言、『私の恋人になってください』という短い手紙。
だがこの手紙が僕の生き甲斐であり、希望でもある。
この手紙の彼女に会う日はきっと近いだろう。
神様も最後に僕の味方をしてくれるはずだ。
人通りが少ない大通りの隅の方に位置するここ。
一体何の店なのだろうか。
大きな看板を見にそっと通りに出ると、そこには『喫茶店』と書いてあった。
「……え、何これ」
『喫茶店』の下にはアルファベットが並んでいたが、残念なことに読めなかった。
体力だけでなく、学力まで失ってしまった。
気分は重くなるばかりだ。
まだこの雨は止みそうにない。
というより、これからひどくなるだろう。
それまで僕はここで雨宿りする事にした。
雨はそれから本当にひどくなっていった。
時々雷も鳴った。
僕はそれほど苦手ではないが、彼女はどうなのだろうか。
ひょっとして雨にぬれて風邪をひいているかもしれない。
そう思うと不安で仕方がなかった。
そういう僕も実際今は寒い。
さすがにTシャツとズボンだけというのはつらいものがある。
どこかで上着をくれるような人がいればなぁ。
鳥肌の立つ腕を組み直し、猫背になって壁にもたれる。
雨が止んだら銭湯に行こう。
確か近くにスーパー銭湯があったはずだ。
ポケットに入っているお金を確認する。
……ギリギリか。
銭湯に入ったらそこから先は本格的にホームレスのような生活になるな。
季節は梅雨だ。
年越し派遣村の時期ももうとっくに過ぎている。
とりあえず僕はこの先長くは無い。
もしかしたら今日死ぬかもしれない。
だから、後先考えずにその場しのぎでもいいのではないだろうか?
そういう事を考えていると、若干気持ちが楽になる。
人間、気持ち次第で人生も変わるのだ。
もう一度手持ちのお金をみつめ、強く握りしめた。
雨はすっかりやんだ。
時々晴れ間をのぞかせる空は、あの日のように勇気をくれた。
さて、銭湯に向かうか。
喫茶店の前を通り過ぎ、大通りに出た。
akeboshiのWindを聴いてみたのですが……
英語ばかりでわけわかんなかったです^^;
やっぱり僕は70年代後半から90年代までの懐メロが好きです。