第十二話:WIND
音楽を聞いていた。何気なく入った喫茶店でのバックミュージックの曲が不思議なテンポのナンバーだったのだ。
恥かいたっていいんだ
泣くなよ 間違っていないんだから
でも恐怖やウソっぽい言葉なんかに涙を拭うなよ
自分を嫌いになって終わっちゃうよ
そのナンバーは何気なく落ち込んだ子供に慰める様な曲で、誰かに向かって頑張れよと言っている様な曲だった。
「コーヒーです」
ウェイトレスが掌ほどのコーヒーを持って来てくれた私は軽く会釈をし、そのコーヒーを見た……なんて酷い顔なんだ。
一口すすって飲んだ。コーヒーの燻り方が美味いのだろう。酸味も、苦味も美味く抽出されていてそれが甘みとなって舌を刺激した。
難しく言えばそんな感じで一言で言えばおいしい。
私は、コーヒーの味には意外と五月蝿く気に入った店しか行かないのだ。
「これなんて言うメーカーですか?」
「いいえ、こちらは自家製です」
私はコーヒーをもう一度飲む。間違い無くこれは私の好みの味だ。
「コーヒーメーカーは普通の奴ですけどね」
「そうですか。でもおいしいですよ」
「自家製でも他の市販されている奴には劣りませんよ」
「そうに違いませんね」
私は店内の窓際にいて、空が見える。
悲しみに満ちた、曇り空だった。
「雨降るなあ……」
「そうですね……」
ウェイトレスはコーヒーをもう一杯持って来て私の向かいに座る。私はそれを横目で見た。
「仕事サボっていいんですか?」
「生憎ですがこの時間帯とこの天気になると客はぐんと引くんです」
「そうなんですか?」
「ええ、なので貴方以外誰もいませんよ」
そう言えば周りの人は誰もいない。私と彼以外誰もいなかった。
彼はコーヒーに口をつけ、ゆっくりと飲む。
ウェイトレスは一本アホ毛が生えていてそれが愛嬌となっている。細い針金みたいなフレームの眼鏡がコーヒーの湯気により白く煙った。
「……僕はこのコーヒーを昔から知っていたんです」
「……」
彼の眼鏡が曇っていて目が見えない。コーヒーを飲む。
「小学生のころに母さんと一緒にここに入ったんです。母さんはここのコーヒーは他のコーヒーより美味しいと言っていて、よく飲んでいました」
「そうなんですか」
「まあ、マスターも意外とお茶目だったからすぐに気に入りましたよ」
彼は頬を掻いて笑った。
「…私もこれは気に入りますよ」
「ははは、それならまた来てくださいよ」
「ええ」
まあ、それは置いといて。と彼はジェスチャーをする。
意外とこの人もお茶目だなと思った。
「それから僕は毎日行ったんです。お小遣いとか色々叩いて飲みに行きましたよ」
彼は笑顔でつらつらと話す。
「それでここにバイトを始めたとか?」
「まあ、そんな所です」
「そんな所?」
雨がぽつぽつと降り出した。その内子供の用に大泣きするのだろう。私はそんな空を見て溜息を漏らした。
「そんな所って言いましたけど、何か違ってましたか?」
「……」
相変わらず、私は空を見たままだ。彼は沈黙を宿し、今か今かと言葉を発しようとしているのが気配で分かった。
「僕、目が見えないんです」
私は彼を見た。彼の眼鏡の曇りが消えていた。
彼の目は黒く、私を見据えている。
ように見えるだけだ。
「生まれつき、弱視で全然見る事が出来ないんです」
「でも見えるように動いているじゃないですか」
「ここに毎日のように来てますからね。場所くらい把握できてますよ」
目を細め、微笑む彼。私は彼の目の前で手を振った。
勿論反応すらしない。
「凄いですね」
「いえいえ、全然普通ですよこれくらい」
細い腕を揉む。私の腕も細く長いけど、筋肉とかそういうのは無く柔らかかった。しかし彼の腕は細いが筋肉質だった。
「……」
沈黙が周りを包む。やんわりと漂うのは優しさのある沈黙だった。
雨はゆっくりと止んだ。空を見ると少しだけ明るくなって来ている。
「じゃあ、私行きますね」
財布を出し、小銭を出そうとするが、残念ながら小銭は無くお札ばかりだった。
「あーえっと……」
「ツケで良いですよ」
「え?」
彼は微笑み、コーヒーを飲み干した。
「また来るのでしょう? それならまた来るまでお金はツケで良いですよ」
「…ごめんなさい。ありがとうございます」
「いいえいいえ、困った者同士助け合うのは当たり前ですよ」
私はゆっくり席を立ち、扉へと向かった。
彼も立ち、ゆったりとした歩き方で私の後ろを付いて来る。
扉が開いた。彼はきっちりとした礼を私にした。
「またのおこしをお待ちしております」
「こちらこそ」
私は微笑み、外へ出た。
雨の匂いが心地よく、大きく深呼吸した。
匂いが肺の隅々まで行きわたる。
前を見ると、何人かの人が忙しなく歩いていた。
目の前を通る少年の姿が目に入った。
……一瞬彼かと思ったがそれは無いだろうと思った。だってもう彼はホスピスに入っている筈だし、外に入られないはずだ。
目標は県外だ。
恥かいたっていいんだ
泣くなよ 間違っていないんだから
でも恐怖やウソっぽい言葉なんかに涙を拭うなよ
自分を嫌いになって終わっちゃうよ
そのフレーズを口ずさみながら、バスを探さなきゃなあと暢気に思考を動かし、ゆっくりと一歩踏み出した。
どうもかなりおくれちゃいました。
斉藤です。色々と忙しかったので、更新遅れました。
後は頼んだぞ! 竜どん! (え!?
ちなみに、akeboshiのWindを聞いて見てはどうでしょうか?