第十一話:教室の明かりは希望の光
本屋で物語の世界にのめりこんだあと、その文庫本を一気に閉じて読了感に浸った。
あれから何時間経っただろうか。
人探しの本をとうとう探し出せず、好きな作家の小説を見つけては終始立ち読みをして時間を潰した。
僕がこの瞬間もしも傘を持っていたら、もしかしたら通りすがりの彼女に出会えたかもしれない。
そう思ってしまうと、どうも溜め息が絶えなかった。
だがそれもとうとう終わりだ。
空は泣く事をやめた。
瞼を閉じた空は暗闇に包まれたが、雨は止んでいた。
よし、行こう。
この辺りには高校が二校あって、そのうちのひとつに僕は在籍していた。
市立産業高校。
そこがここから近いと看板で知って、僕はそこに向かった。
思いもよらなかった。
病院に行くたびに車に乗らされ、あの海の見える病院までかなりの時間、じっと我慢して座っていたような気がしていたあの頃。
だが違ったのだ。
心理的な距離と実際の距離は違っていて、実際は山一つを遠回りしていただけだったのだ。
もうすぐ僕の家だ。
鍵はもっていなかったが、いつも右から三番目の鉢に合鍵が入ってある事を知っている。
寝床に迷っていたが、これで一応確保されそうだ。
骨だけになったような足を懸命に持ち上げて歩く。
思ったよりも希望は長続きしたようだ。
帰り道の途中、ある高校をみつけた。
それは母校の方ではなく、もう一つの方の高校だった。
この高校の名前は忘れてしまったが、よく文化祭にはふらふらと立ち寄っていた記憶がある。
近くのバス停に大きなカバンを持った高校生が並んでいた。
ここの野球部だろう。遅くまでよく頑張っているんだな。
僕はその高校生達に姿が見えないように、学校の裏側にまわった。
嬉しい事に、ほとんど人の気配はなかった。
だがふと高校の方を見ると、教室がひとつだけ明かりをともしていた。
「こんな時間まで勉強を頑張っているなんて、すごいなぁ」
僕の母校とは違って、勉強ができる高校だったことを思い出す。
さすが、という言葉しか頭に思い描けなかった。
僕も頑張らなくてはいけない。
勉強という分野では無いけど、彼女を見つけ出すという目標に向かって努力をし続けなければならないと、教室の明かりを見て感じた。
それから少し歩くと、母校を見つけた。
あのクリーム色の校舎は、今は暗闇にひっそりとしているだけだった。
校舎にはもちろん誰もいない。
中庭に回っても、グラウンドを覗いても、人影は無い。
もちろんプールにも誰もいなかった。
鉄の網が行く手をふさぐが、僕はそれをいとも簡単に上った。
――と思ったが、実際は半分ほどしか上がれなかった。
病気のせいか、体力は著しく落ちている。
それにこの旅のせいで足はもう限界だ。
ブロック塀に腕を付けてその上に頭を置く。
そのままぼーっとプールを眺めた。
まだまだプールの季節ではないせいか、空き缶が浮いていたりしている。
この時期のプールはとてもくさく、一生入りたくないと思いつつも、毎年六月のプール大掃除を境にその念は一気に消える。
冬の間に筋トレしかできない我が水泳部は、この日からやっと泳げるという喜びに浸れるのだ。
そして夏まで猛特訓を続け、大会に臨む。
そこで引退をするのかと思いきや、秋の文化祭で『男のシンクロ』を全生徒の前で披露するために練習を重ねる。
競技とは一味違う面白さがあり、毎年楽しみにしている。
だが今年は違った。
僕は病を患ってしまった。
大会にも出られないし、シンクロも出られない。
何一つ思い出に残らない高校生活が、もうすぐ終わろうとしていた。
プールに浮かんだ空き缶を眺めながら、この水面のように心を無にした。
波をたてず、ただただぼーっとする。
あと何回プールに出会えるだろうか。
あと何回学校に来れるだろうか。
あと何回友達と会えるだろうか。
夜が心を静かにしたが、それと同時に心に波をたてた。
なぜ昼間にあんなに希望に満ちていたのに、夜はそれができないのだろう。
脱力感で眠ってしまいそうだ。
プールには依然として空き缶が浮かんでいる。
急に『幕間』が入ってて焦りましたよ^^;
今回、初めてすれ違いましたな。