プロローグ
生きている間に私は燃えるような恋がしたい。
そう思ったのは小学五年の時で、男子に何振り構わず話しかけていたのを覚えている。
手紙を書いて告白したのは中学一年の時で、その時の返事はイエス。しかし付き合って一ヶ月も持たずに破局した。
それでも恋をしたいと思っていた。
どうしてか? 良く分からない。気付いたら良い男を捜すような奴になっていた。
そして私は高校三年になってからの春、海辺で浜探しをしていた。
右手に軍手を二重にしてそこらの砂を引っ掻き、ビーダマとかいろんな物を探した。と言っても、本当は鼠の骨や、巻貝やアサリの貝殻しかなかった。
はあ、何か無いかなと欝になる。
その時見つけたのは一つのボトルだった。
ワインのビンみたいだけど、そうでもなく、太い。
私はそれを手に取る。ラベルは風に晒されていたのか、何が書いてあるのか分からない位にボロボロだった。
しばらくそのボトルとにらめっこすると、後ろから声がかかった。
「?」
少しだけ後ろを振り向くと、一人の少年がいた。私より年下の様だ。
「何してるんですか?」
「んー……事件捜索ですよ」
へえー、と順応する少年。おいおい、君そんな事してたらキャッチセールスに捕まっちゃいますよ?
そんな事思っていると少年は私の隣に座ってきた。
突然の事に少しだけどきりとした。
「何か良い物ありました?」
「んー、今のところゼロかな?」
しかも今日が初めてだしね。と胸中の中で思ったのは内緒。
少年……彼はへえ……と勿論順応した。
「……ごめんね? 今日が初めてなんだ」
「あ、そうなんですか。良い物が取れたら良いですね」
……この人もの凄い順応性っていうか柔らかいよねえと思った。少しだけ狼狽していると、彼は素手で地面を掘り始めていた。
私はそれを見て、軍手を一枚渡した。
「?」
「これ、貸してあげます」
「あ、ありがとう」
彼は左手にはめ、右手で掘る。
軍手つけた意味無いよねと思いながら私は彼の隣で掘るのを再開した。
「……あ」
気が付けば日が暮れ始めていた。空が紅くなりはじめていて、太陽が地平線へと飲み込まれている所だった。
隣でそんな時間の変化を気にしないで地面掘りをする彼。
「あ、そのもう時間ですよ!」
「あれ? ああ、もうこんな時間ですか……」
勿論彼は順応性が高かった。そんな変な彼を見ていると、彼は私を見つめる。
三秒ほどすると、私の頬は茹でた蛸みたいに赤くし、視線を逸らした。
その逸らした視線の先に入った物があった。
一枚の紙。
「あの、これは?」
彼は私が指差すものを見て、手に取る。
「ああ、これね」
と言って彼は私にそれを見せた。
『ホスピス入居願書』
私はそれを一通り見た後彼を見た。
「僕は、癌なんですよ」
「……」
しかも末期だから、ステージ四だっけ? と曖昧な答えをする。
「ここに入る前に何か良いこと無いかなあって思っていてね、そしたら君がいたんだ」
「そうなんですか」
「うん。最初は文字でも書いているかなって思ったんだけど、そしたら君は浜探しをしているじゃない」
「でも、初めてですよ」
「僕もですよ」
お互いにそんな事を言っていると笑えて来た。
彼も笑った。本当に綺麗な笑顔だと思った。
「私、多分貴方の事が好きです」
「そうですか? 僕も君と一緒にいると楽しいですよ」
愛の告白には聞こえなかったらしい。私は少しだけ残念な気持ちになって、そうですかと優しく笑った。
彼が去って行くところを私は見送った。
彼は小さく手を振る。私もそれに応じて大きく手を振り回した。
そして角で彼の姿は消えた。
私はもう一度海を見た。
太陽が半分だけ埋まっていた。私の右手にあるのはボトルだった。鞄を持ってきて、紙とボールペンを引っ張り出す。書き殴る様に、書いた後、ボトルに詰めて、思いっきり太陽に向かって投げた。
太陽に当たっちゃえ! と思って投げたけど途中で速度が落ちて虚しく海に落ちた。
人の恋なんてこんなもんだ。と自論を立てたりした。
「はあ……恋がしたい」
大声で叫びたかったが、少しだけ気が引けた。
だから私は旅に出た。
手元にある、預金通帳とキャッシュカード。預金通帳の中身は四百万ほど。だけどこれだけで十分かなって思った。
そして、一歩。自分探しならぬ『恋人探し』の旅に出た。