1.はじまりの暴虐
「どれだ……」
真っ暗な部屋の中、唯一の光源はモニターに映し出された画面。淡い光が使用者の顔を照らし出す。画面には無数の文字列が並び、黒地に白のシンプルなデザインながら、その内容は複雑な数列で埋め尽くされている。キーボードを叩くたびに、新たなデータが表示される。
「これか?――いけた……!」
少年は小声で呟くと、画面いっぱいに広がる膨大なファイル群を前に満足げに微笑む。その中のひとつに目が留まった。
「『GSAの第二次覚醒点における天使の顕現とその対処法及び評価について』――GSA?天使?なんだこれ?」
疑問を抱きつつも、少年はそのファイルを開こうとする。しかし、次の瞬間、画面上にパスワード入力画面がポップアップ表示され、彼は落胆の表情を浮かべた。
「こりゃまた時間が掛かりそうな……」
そう呟きながら、少年はデスクトップ型のパソコンに小型メモリを挿入し、次々とファイルをコピーし始めた。進捗状況を示すゲージが画面に現れ、少しずつ進む。しかしその時――
「そこを動くな!!」
「な、なんだ……!?」
突然、後方から轟音と衝撃が響き、地面が振動する。幾人もの足音が近づく気配に、少年は振り向く。その瞬間、威圧感に満ちた男の野太い声が響き、同時に強烈な光が彼を襲った。少年は反射的に手を顔の前にかざす。
ゆっくりと目を開くと、目の前には武装した集団が立ちはだかっていた。彼らの銃に装着されたライトが、少年の姿を白日の下にさらけ出す。暗闇の中で浮かび上がるのは、茶髪の少年の驚愕を気配を浮かべた顔。
少年は必死に状況を把握しようと頭を働かせる。
なんで、ここにイージスが……!
少年は慌てて顔を手で隠した。
偽装工作は完璧だったはず。アクセス経路も何重にもして、ダミーだって用意したのになんでここが……!
彼はちらりと後ろの画面を見る。ダウンロード完了まで、まだ半分も残っている。その進捗に、額から冷や汗が垂れる。
「子供だと……お前!何を隠してる!手を上げて地面に伏せろ!!」
武装集団はじりじりと少年に迫る。
これは間に合わないな……仕方ない、今は逃げるしかないか――
少年が懐に手を忍ばせ、逃げる準備を整えようとしたその瞬間――
突然、張り詰めた空気を切り裂くように、壁の窓ガラスが粉々に砕け散った。その破片を伴い、何者かが室内に飛び込んでくる。
その光景は、あまりにも唐突で、少年の目に鮮烈に焼き付いた。
腰まで伸びた黒髪がふわりと舞う。その髪は青みを帯びた光沢を放ち、神秘的な美しさを際立たせている。彼女の服装は、この場の殺伐とした空気には不釣り合いな容貌であった。
白のノースリーブニットからは雪のように白い肌が露わになり、体のラインを際立たせるその服装は豊満な体つきを物語る。淡い色のジーンズにハイヒール――それらをまとめるように、絶世の美女といえるほどの美しさと可憐さを持ち合わせた面貌が割れた窓から差す月光により明らかになる。
しかし、それら全てを裏切るように彼女が構えるのは、圧倒的な存在感を放つあまりにも重厚な鉄の塊だった。黒光りする暴力の象徴。その成人男性の背以上に長大な銃身と胴体、二重のスコープを備えたそれは――大口径の対物ライフルであった。
彼女はその得物をしっかりと目の前の武装集団に向けつつも可憐な表情でにこやかに笑い、しっとりとした物言いで、少年に言葉を発する。
「はい、おまたせ――」