プロローグ
「追え!捕まえろ!」
日が沈みあたり一面暗闇の中、頼りない街路灯と少しの手持ちライトで照らされる追駆劇は、閑静というよりは、寂寂たる荒れた裏路地を姦しく賑わせる。
「絶対に逃がすな!この狂気を今回で終わらせろ!!」
「――狂気、ねぇ……全くお前らがよく言うぜ……」
追うものと追われるもの。黒い防弾チョッキと頑丈なガードに身を包み、顔をフルフェイスのマスクで覆った集団。その手には冷たく光るアサルトライフルが握られている。
もう一方は、黒のロングコートを纏い、その端々には金細工がさりげなく施されている。髪はブロンドに近い茶色で、闇の中でもかすかな光を捉えて煌めく。端正な顔立ちには、鋭利な眼差しと不敵な笑みを刻む尖った歯が浮かび上がる。片耳には銀のピアスが月夜を照らすように揺らめいている。
その時、男の行く先には行き止まりが見えた。
組織としての矜持と尊厳を示すかのように声を荒げる武装集団に追われ、追駆劇はついに終幕へと差し掛かる。その中で、男は不敵にニヤリと笑った。
「させるか!」
武装集団のリーダーと思われる男が、男の思惑を察したのか、銃を構えて引き金を引いた。
瞬間、豪速の鉛弾が男のふくらはぎを貫き、肉を裂いた。男は一瞬、体勢を崩し倒れかける。
「よし――」
しかし、次の瞬間、倒れ込むかと思われた男は、その勢いを逆手に取るかのように身を翻した。空中で反転しながら追っ手に向き直る。そして、その手には妖艶なまでの紫紺のオーラを纏った銃が握られていた。
「――な……」
男は鋭い眼光を放ち、鋭利な歯を見せて再び笑う。その銃口を自らのこめかみに押し当て、引き金に指をかけた。
「――ッ!腕を狙え!!やらせるな!!撃てぇえ!!」
追っ手の声とともに発砲の命令が下る。しかし、その瞬間にはすでに手遅れだった。
「遅ぇよ、バーカ。それじゃあ皆さん、またいつか。グッバ〜〜イ」
男は悪態をつきながら指を引いた。鉛弾はゼロ距離で男のこめかみを貫き、甲高い銃声が闇を切り裂く。舞い散る鮮血が冷たい夜風に溶けた。
武装集団は、発砲する間もなく――否、できぬまま――男の倒れた地面へ駆け寄った。
「グッ――遅かったか……クソッ!!」
だが、そこに横たわっていたのは、鋭い眼光と茶髪の男――ではない。痩せ細った黒髪の中年男性の死体だった――。