そして再び春
石川結衣はここ1ケ月、家に引きこもっている。2年付き合っていた彼氏のマサキに振られて、仕事以外活動する気になれないでいた。
そんな結衣に、友達の加奈から電話があった。なんでもよく当たる占い師がいるらしい。特に恋愛関係には定評があるとのことで、気持ちを吹っ切る為にも行かないかと熱弁された。
気が進まなかったのだが「もう予約した」と強引に決められてしまった。
当日、加奈に連れられて電車で二駅のM町に行った。気分が沈んでいるので町全体が暗く沈んで見える。ムンクの絵みたいだ。
「ここよ、ここ」
雑居ビルの2階に案内される。部屋に入るとごく普通と言った印象のおばさんが、テーブルの奥に座っている。紫のクロスがひかれた派手な机の上に、クリスタルの水晶が鎮座している。
占い師らしきおばさんの対面に二人座ると、加奈が早速話を進めた。
「この子の新しい恋を占って下さい」
待ってましたとばかりにおばさんは姿勢を正し、水晶の周りを触れずに撫でまわす仕草をした。水晶を凝視し、しばらくの沈黙の後、神妙な顔つきで口を開いた。
「あなたは今日運命の人に出会いますよ」
その言葉に被さるように、加奈が腕を掴んで甲高い声を出した。
「すごーい!良かったわね結衣」
なんだか三文芝居のセリフのような調子に聞こえた。はしゃぐ加奈を尻目に、結衣の感情は冷めていた。占ってもらったその当日に運命の出会いなど、そう都合のいい話があるわけがない。
がっかりした結衣は形だけの礼を言い、部屋を後にした。狭い階段を降りて、駅の方向へ顔を向けた時だった。タイトな紺のパンツスーツに、白のフォーマルシャツ姿の男性が突っ立っている。いつになく緊張気味で固まったその顔は、紛れもなく元カレのマサキだ。後ろには加奈と占い師のおばさんがいつの間にか一緒に肩を並べている。
マサキはぎこちなく結衣に歩み寄ると、後ろ手に隠していたバラの花束を差し出した。
「ごめん、俺が悪かった。もう一度やり直してくれませんか?」
腰を折った姿勢で固まるマサキ。後ろを窺うと加奈とおばさんが固唾を呑んで見守っている。なるほど。皆してグルなわけか。また手の込んだことを。
「ふーん。まあ考えてあげてもいいわよ」
結衣はわざと高飛車に、胸の高まりが悟られないように言い放った。マサキの手からバラをもぎ取って、香を確かめると、駅の方へと歩きだした。
「え?それってOKってこと?」
マサキが不安そうに後をついてくる。
「どうかな~」
ほころぶ顔を見られないように、振り向かずにずんずん進んだ。
「どうかなって、ちょっとぉ……」
あたふたしているマサキの声を聞きながら思った。後で加奈とおばさんには礼を言っておこう。
結衣の目には、この町が取り留めもなく輝いて見えた。