前編
「堀之内さんのお宅はどちらですか?」
マンションの廊下をすれ違った女性にいきなり尋ねられた。
ワンピースを着た、色白の女性だ。
「堀之内さんといえば、この階の612号室じゃなかったかな」
と答える。
新婚さんのお宅で、先月引っ越しの挨拶に来られたので覚えていたのだ。
「ありがとうございます」
ワンピースの裾をなびかせながら、彼女は靴音も立てずに612号室へ向かって行った。
ぼくが自室に入ると、テーブルの上にスマホがあるのが目に入った。
やっぱり、ここにあったのか。
見るとマネージャーから何通もメールが来ている。
「ドラマの資料を出すので、来週の予定を教えてください」
「決まれば来月から撮影に入りますので、スケジュール押私さえておいてください」
「メール読んでください」
「来月のNGな日を教えてください」
「間に合わないので資料出しておきます」
「キャストに決まりましたので連絡ください」
「メール確認してください」
「さっさとメール見ろ」
「至急、連絡を! 」
着信も数十回入っていた。
部屋に電話を忘れていったせいだ。
マネージャーはいらいらしてるだろう。
部屋を出ると、先ほどの女性が廊下で泣いていた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……私、幽霊なんです」 つづく