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6.非電源遊戯研究部

「……非電源遊戯、研究部?」


 本校舎の一階奥、空き教室を挟んだその隣に、それはあった。

 弥生に案内された時は、ココから先は使われていない教室があるだけ、と説明されていた場所だ。気付かなかったのも無理は無かった。

 

 入り口の所に、小さなプレートがはめ込まれており、そこに名称が刻まれている。

 外から見ただけでも、それ程大きな部屋ではなさそうだ。隣の教室と比べても、明らかに作りは狭そうである。


 弥生がポケットからカギを取り出す。先ほど、職員室で借りてきた物だ。

 彼女は慣れた動作で解錠し、扉をそっと開いた。


「さ、どうぞ。あまり広い部屋じゃないけど……」


 弥生の案内で扉を潜り、中に入る。わあっと、可憐が声をあげた。


「凄いわ……なあに、これ!? 見た事も無い物がいっぱいある!」


 部屋の中は、外から見た通り、それほど広くは無い。

 けれども、決して手狭というわけではなく、十人やそこらなら、余裕で入れるスペースがあった。

 長机が中央を挟んで四方にそれぞれ置かれており、各卓には前後ろ四つずつの椅子が並べられている。

 更に部屋のその奥には、棚が幾つも設置されており、どれもギッシリと中身が詰まっているようだ。可憐の目を引いたのはそれだった。

 書籍が詰められている棚もあれば、長方形の箱……プラモデルや玩具の箱のようなものが並べられているものもある。

 

 それら棚の上には、ルーレットのような物や、小さい人形のようなもの、それに古めかしい地図と、色とりどりのサイコロが置かれていた。

 

「ここは……何をする所なんだ? 非電源遊戯と入り口には書かれていたが……」

「非電源、っていうのはね。アナログゲーム全般……要するに、コンピューターを使わずに遊ぶゲームの事よ。ボードゲームとか、カードゲームみたいにね」


 その説明で、長吉にも何となく想像が付いた。そうか、つまり――


「――トランプとか、将棋やチェスで遊ぶって事か?」

「ええ、似たような物よ。ここでは将棋とか囲碁みたいな物は扱わないけどね」


 そう言って、弥生は棚の中から、小さな箱を取り出した。

 横の広さは手のひら大の長方形。その蓋を空けると、彼女は中からカードの束を取り出し、テーブルの上に広げていく。

 

「まあ! 可愛らしい絵が描かれているのね! 素敵だわ!」

 

 束になったカードの表面には、エプロンドレスを身に着けた金髪の少女のイラストがあった。

 随分と年季が入っているのか、カードの表面は色褪せている。

 しかし、きちんと手入れはされているようで、それらは透明のスリープに入れられ保護されていた。

 

 長吉は試しに一束手に持ち、パラパラと捲っていく。

 カードにはそれぞれ違った絵が描かれており、それは人物のみならず、海や山の風景、はたまた時計やぬいぐるみなどの小物もあった。

 

「これはね、何代も前の先輩たちが作ったカードゲームでね。新入部員や見学希望の人達には、まず最初に、これで遊んでもらっているの」

「手作り……なのか? 凄いな」

「印刷会社にツテがある先輩が居たらしくてね。頼み込んで作ってもらったのだって。正規の会社の流通ではなく、同人……個人でこういったものを作ること自体は意外に良くある話だし、そんなに珍しい事じゃないわ」

「そういうものなのね。面白いわ」


 長吉と同じく、カードを捲って絵柄を確認していた可憐がポツリとつぶやく。


「私の知らない物は、本当にまだまだあるのね。時間が足りなくて、困っちゃうわ」


 何気ない一言。しかし、その言葉の裏にある重みを感じ取り、長吉は可憐の頭をそっと撫でた。

 

「あぁ、そうだな。その通りだ。それじゃあまず、このゲームから知っていくとするか。委員長、これはどうやって遊ぶんだ?」

 「うん、これはね。『夢少女・A』っていうゲームなの。この、金髪の女の子『A』ちゃんは、不思議な力を持っていて、人の夢と夢を繋げる力があるのよ」

 

 弥生がエプロンドレスの少女のカードを手に取り、長吉たちに見えるように掲げた。 


「Aちゃんは悪戯好きで、三つの姿に別れてさすらい、人の夢から夢へと渡り歩いているの」


 海や山、街などの背景カードが取り出され、テーブルの上に並べられていく。


「みんなは、Aちゃんが何処に居るのかを見つけて、お願いをするのよ」

「お願い?」

「ええ、そう。彼女はね、一晩に一回だけ、夢を現実にする力を持ってるの。彼女を上手く見つけられた人は、彼女に望みを叶えてもらえるってわけ。でも、その為には夢の世界を冒険し、他の人より先に彼女に会わなきゃいけないわ」


 手に持ったカードの束を素早くシャッフル。弥生はそれを十枚ずつ、背景の上に置いていく。

 海・山・川・町・城・森。六つの背景に、カードが重ねられた。


「これが、彼女の手がかり。このカードを順番に使って、三人のAちゃんを見つけ出すのよ」

 

 長吉たちの元に、五枚のカードが配られる。どれも伏せられており、表面のイラストは見えない。


「背景と同じカードを持っていたら、そこを調べられるわ。一番上のカードを捲って、確かめて。Aちゃんが居たら大当たりだけど、そう簡単にはいかないの。カードにはそれぞれ違った効果が書かれているわ。「イベントカード」って言うんだけどね。捲った人には、そのカードに描かれた『イベント』が発生するの」

 

 流れるような説明の中、弥生の手によってカードの束が二つ、中央に置かれる。

 

「こっちは、皆が持っているカードの補充分。その隣にあるのは、アイテムカード。夢の世界を冒険する際の、手助けになるものが入っているわ」

 

 適当なカードが八枚ほど抜き出され、差し出される。

 カードの表面には人形が描かれている。真っ白な、大福かマシュマロのような体に、丸い頭と手足が生えている。

「Aちゃんの親友」カードの下には、そんな文章が書かれていた。


 彼――だろうか、その親友とやらは様々なコスプレをしている。

 学生服、天使、警官、農夫、神さま風、西洋風の騎士に黒マントの吸血鬼、そして特撮ヒーローめいた格好と、意外にバリエーションがあった。

 

「アイテムカードは、一人に付き二枚まで手に持っておくことが出来るの。それ以上のカードは持てない、交換するか、捨てるしかないわ。だって、人間の手は二つしかないのですもの」


 白人形の効果は『プレイヤーを一人、選択して使用。対象のプレイヤーが少女Aを持っていた場合、そのカードは自動的に使用したプレイヤーの物となる。対象が所有していない場合は、逆に自分が持つ少女Aを対象に差し出さねばならない』というものらしい。

 

「アイテムカードは、イベントカードの効果によって手に入れる事が出来るわ。何をするにもまず、探索をしなきゃいけないってわけね」


 ――ふむ、成るほど。

 こういうゲームに馴染みは薄いが、そんな長吉でも何となく理解は出来る。

 

「後は、遊びながらルールを覚えていけばいいわ。習うより慣れよ、ってね。どんなゲームでもそれは一緒だと思うの。三枚Aちゃんを集めたら、あがり。まずはそれだけ覚えておいて」

「わかった。じゃあ、早速やってみるか、お嬢」

「ええ、ええ! 楽しみだわ! コレって、一番になったらそれで終わりなの?」

「ううん、Aちゃんを二番目以降に見つけた人達は、その順番によって、夢を見せてもらえるの。早く見つけた人ほど、良い夢が。けれど、最後までAちゃんを見つける事が出来なかったら……」


 そこで弥生が声を潜め、顔を僅かに前傾させる。

 心霊番組に出て来る司会者のような姿勢だ。何だか、妙に迫力があるのは気のせいか。

 

「こわーい夢を見せられて、その中にずうっと閉じ込められてしまうのよ」

「そ、それは嫌だわ! 怖い夢の中から出られなくなるなんて……」


 怯えたように、可憐が長吉の裾をがっしり掴む。

 

「これは、何としても一番を取らないといけないわ!」

「ああ、そうだな。だが、手加減はしないぞ、お嬢」


 五枚のカードを手のひらに並べ、不敵に笑う。

 勝ちをわざと譲っても、このお嬢様は喜ばない。何でもガチで勝負を挑んできてくれる事こそ、最も喜ぶのだ。


「望むところよ、バンチョー! さあ、始めましょう。絶対に一番になってみせるんだから」

 

 闘志をメラメラと燃やしながら、可憐が意気込む。

 さっそく手札と睨めっこをしながら、あーでもない、こーでもない、と考え始めている。

 長吉から見て、その様はとても可愛らしいが、それは言わぬが花。目で見て愛でるに留めよう。

 

 「ふふふ、それじゃあ、やってみましょうか。二人とも初めてだから、まずは私の手番から始めるね。それから時計回りで順番にカードを出し合っていきましょう」

 

 そうして、和やかな雰囲気の中。ゲームが始まった――



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「よし、私の勝ちね! これで二連勝だわ!」


 三枚揃った夢少女のカードを掲げ、ご満悦のお嬢様。

 今にも踊りそうなほど喜んでいるのが、何とも微笑ましい。


「吉備津さん、呑み込みが早いのね。それに、カードの引き運も凄いし……ゲームの才能があるかもしれないわ」


 弥生の賞賛に、可憐はエッヘンと胸を張る。その顔は、何とも誇らしげであった。


「流石はお嬢だ。大したものだな」

「ねえ、ねえ。他にも色々ゲームがあるんでしょ? もっとやってみたいわ!」

「喜んでもらえて嬉しいな。でも、コンピューター系程でなくても、こういうゲームは疲れるから、今日はこの辺にしておいた方がいいと思うわ」

「まだ、大丈夫よ。全然、疲れてないから! ね、いいでしょ、バンチョー」

 

 可憐が、可愛らしくおねだりをする。が、こればかりは諸手を上げて賛成とはいかなかった。

 

「いや、委員長の言う通り、今日はもう止めておいた方がいいんじゃないか。俺も慣れない姿勢で長時間遊んだせいか、中々に疲れてきたしな。それに――」


 窓の外を指差す。暖かな陽の光に包まれていた校庭が、赤茶色に染まっている。

 お嬢さまも夢中になっていて気付かなかったようだが、何時の間にか、陽が落ちかけていたのだ。

 

「そらもう、こんな時間だ。初日はなるべく早く帰ると、アンナさんや親父さんと約束したろう?」

「いけない、そうだったわ! あんまり楽しくてうっかりしちゃった」


 実のところ、それは長吉も同じだった。

 カードゲームが思いのほか面白かった、という事もあったが、何より生き生きと楽しそうに遊ぶ可憐の姿に見惚れ、ついついゲームにのめり込んでしまったのだった。

 

「明日以降も、好きな時に遊びに来ていいよ。一応、私は毎日ここに顔を出してるから」

「ありがとう、委員長さん! ……ところで、ちょっと気になったんだけど……」


 可憐が周囲をキョロキョロ見回しながら、小首を傾げた。

 

「ここって、他に部員さんは居ないの? 今日はお休みなのかしら?」

 

 それは、長吉も気になっていた。

 このゲームは、コンピューターゲームとは違い、明らかに複数人で遊ぶ仕様のものだ。

 たった一人では、何もすることが出来ないだろう。


「うん……去年までは先輩たちが居たんだけどね。彼女たちが卒業しちゃったら、新入生も入部してこなくて。この学校は良いところのお嬢様が多いから。こういうゲームはどうしても敬遠しちゃう人が多いのよ。一応、もう一人だけ部員は居るんだけど、今は来ていないし、ね」


 寂しそうに弥生が笑う。長吉は何とも言えず、机の上に目を落とした。

 卓上は埃が一つもなく、ピカピカに磨かれている。

 

 いや、ここだけではない。床も、棚の上も、綺麗なものだった。恐らく、目の前の少女が欠かさず手入れをしているのだろう。

 誰も来ることの無い部室を、たった一人で掃除する。

 在りし日の思い出を磨くように、丁寧に、丁寧に。そんな光景が、長吉の頭に浮かんだ。

 同じことを可憐も思ったのだろう。何も言えずに、黙り込んでいる。

 

「あ、ごめんね。だからといって、二人にこの部活に入れなんて言うつもりはないのよ。時間をかければ、きっと番場くんの事を皆も受け入れてくれると思うし。それまでの時間つぶしというか箸休めというか、そんな時に遊びにきてくれれば……」


 長吉たちの様子を察したか、弥生が慌てて両手を左右に振った。

 今までで十分に察してはいたが、この委員長はどうにもお人よしだ。

 部員がこのまま入らなければ廃部になる可能性も高いだろう。そこに降って沸いた爪弾きの生徒二名。上手く言いくるめて、名前だけでも借りて部員にしてしまえばいいだろうに。

 

 だが、その裏表ない性格が、長吉には好ましく感じられた。

 今日一日だけで、どれほど彼女の世話になったろうか。なら、ここで出来る「恩返し」は一つしかない。

 

 可憐の方をちらりと見れば、彼女も得たりと頷き返した。

 お嬢さまは、鞄の中から白紙の入部届を二通取り出す。飯塚教諭から予め受け取っておいたものだ。

 一枚を自分の手元に、もう一枚を長吉に差し出してくれた。

 

 可憐が書き出すのを確認してから、迷うことなく部名と希望者氏名に記入する。

 書き終えた用紙を可憐に渡すと、彼女はにっこり笑って自分の分と重ね、委員長の元へと差し出した。


「はい、委員長さん。これでいいかしら」

「え!? あの、だから、そんなに急いで決断しなくても、その……」

「いいのよ」


可憐が遠慮する弥生のその手に届を握らせる。


「これで、いいの」

「き、吉備津さん……」

「あのね、委員長さん。私、この部がすっごく気に入ったわ! こんな楽しい遊びがあるなんて、今まで知らなかった! これからもっともっといろんなゲームを教えてくれるんでしょう? ああ、素敵! どきどきしちゃって私、どうしましょう」


 きゃーっと声を上げると、可憐は頬を抑える。

 そのぷっくりした膨らみは興奮の為か紅潮している。


「俺もお嬢と同じだ。時間を忘れるくらい楽しめたぞ。これからもこんな風にお嬢と、そして委員長と遊べるなら、願ったりかなったりだ」


 それは偽らざる、長吉の本心だ。

 それほどに、今さっきまでの遊戯は楽しかった。


「……いいの?」


 弥生が上目づかいで長吉達を見る。

 その声は少し、震えているように聞こえた。


「ええ、勿論よ。それにね……」


 可憐が少し、照れ臭そうに体をよじった。


「お友達が困っているんですもの。だったら力になりたいわ」

「え……ともだ、ち?」

「あら。駄目かしら。私はもう、そのつもりだったんだけど。ごめんね、委員長さん。私、あまりこういう経験が無くて、楽しく一緒に遊んだら、もう友達だと思ってたわ」


 残念そうに可憐が頭を下げる。その様子を見て、弥生が慌てて立ち上がった。


「う、ううん! 違うわ、少しびっくりしちゃっただけで……! 私こそ、すぐに答えられなくてごめんなさい。私と吉備津さん、それに――」


 ちらり、と弥生が長吉の方を見る。

 一瞬、まだ自分は受け入れられないかと戦々恐々とするが、それは杞憂であった。

 何故なら、彼女は紛れも無く微笑んでいたのだから。


「番場君も、私のお友達よ。大切なクラスメイトだわ。ありがとう、二人とも。これからよろしくね!」


 ホッと胸をなで下ろす。

 対象に自分が入っていた事だけでなく、可憐の事を「友達」だと言ってくれたことに。長吉は深く感謝した。

 

「良かった! ねえ、バンチョー! やったわ、やった! お友達が出来たのよ。私にも、お友達が出来たの!」

「ああ」


 そっと頭を撫でてやると、可憐はむず痒そうに、しかし嬉しそうに微笑んだ。

 

 そんな長吉たちのはしゃぐさまを、弥生が戸惑ったように見る。

 確かに、友達が出来たくらいで、喜び過ぎではあるかもしれない。

 けれど、けれど。これは、決して大袈裟では無い。とても大きな一歩なのだ。

 そう、可憐にとっても――――


「良かったな、お嬢」


 ――――そして、長吉にとっても。



( ヤ∀ ス)ちなみに、番長はトランプとか、花札の類いは激弱ッス!


( ヤ∀ ス)すぐ顔に出ちまうんすよ。

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