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4.強襲! テンプレお嬢様!


「へえ、あのご飯、二人でお互いに作り合ったのね。何だか、そういうのって良いね」

 

 昼食後。来た時と同様に人気の無い廊下を歩きつつ、弥生が羨ましそうに微笑んだ。 

 

「ええ、そういう約束だったの。転校初日のご飯は、二人でお弁当を作り合って食べましょう、って」

「アンナさん……お嬢付きのメイドに指導をしてもらってな。今朝、横で並びながら一緒に作ったのさ」

 

 前々から練習はしていたとはいえ、いざ本番となると緊張した。

 特に、「バンチョーに相応しい天下一のおにぎりを作る」と張り切っていた可憐の様子を怖々と見守っていたのだから、猶更だ。

 彼女に気を取られ過ぎて、危うく包丁で指を切り落としそうになってしまったのは秘密である。

 

「ねえ、さっきからちょっと気になっていたんだけど……その、聞いていいのかしら。二人って、その……お家は……」

「ああ、俺はガキの頃からお嬢の所に厄介になっていてな。一緒の家に住んでいるのさ」

「そうよ、ず――――っと、私達は一緒なの。今までも、これからも。ずっと、ずっとね!」


 誇らしげに可憐が微笑む。

 それをどう受け取ったのか、弥生は少し考え込んだ様子を見せた後、そうなのね、と曖昧に頷いた。


「でも、委員長さん。ごめんなさいね、お昼、間に合うかしら」

「大丈夫よ、まだ四十分近く時間はあるもの。二人こそ、付き合ってもらっちゃって、良かったの?」

「ああ、お嬢も食堂に興味があったしな。こちらこそ、付き合わせてすまん」


 そう、長吉たち三人は今、校舎に設置された食堂に向かって歩いていた。

 弥生は昼飯を持参しておらず、元々そっちで食べるつもりだったらしい。

 それは昼食を終えた後、食事を口にした様子の無い弥生に尋ねて、初めてわかった事だった。

 


『二人の様子があまりにも楽しそうだったのに見惚れちゃって、言い出せなかっただけよ』

 

 

 そう言って笑う委員長に、長吉と可憐は深く感謝した。

 自分の昼飯も放っておいて、わざわざ中庭に案内した上に、二人が食べ終わるまで待っていてくれたのだ。

 それも、今日初めて会ったばかりの、得体の知れない転校生達の為に。

 

 本当なら、弥生一人で食堂に行ってもらった方が、彼女の為には良かったのかもしれない。

 けれど、弥生の方から二人をそれとなく誘ってくれたのだ。ならば、ここまでしてくれた彼女を放っておく方が義理に欠けるというもの。それに、個人的にも長吉は、ここの学食に興味があった。

 

 かくして、三人は連れだって食堂へと向かっているわけである。


「――ん、あれか?」


 校舎二階の渡り廊下を突き当たった所に、学生食堂はあった。

 中に入るなり、長吉は目を見張ってしまう。

 広い、ただただ広い。

 

 数百人は優に入れるであろう、奥行きと幅広さ。

 壁には食器や食べ物が描かれた額縁が掛けられており、窓辺には色とりどりの花がガーデニングされている。

 生徒たちが腰かけているのは白亜のチェアであり、テーブルは透き通ったガラス張りの代物だ。

 

 入り口からして自動ドアであった事から、並々ならぬ豪華さを感じてはいたが、これ程とは思わなかった。

 前の学校にあった、あの汚らしい学食とは雲泥の差だ。

 

 「定食は日替わりよ。AからCまであって、好きなのを選べるの。それ以外は、あそこに並んでるパンやサラダ、スープなんかを自由に取って盛り付けて食べるのよ」

「レジや食券の券売機が見当たらないが、清算はどうしてるんだ?」

「あら、知らなかったの、バンチョー。学食の料金は、ある程度学費に含まれてるの。だから、ここでお金を払わなくても良いのよ。アレルギーのある子なんかは、事前に申請しておけば専用のご飯も作ってくれるらしいわ」


 えへん、と胸を張って可憐が答える。

 いつもは長吉が話役に回っているので、自分から説明出来るのが嬉しくてたまらないのだろう。

 

「良く知ってるのね、吉備津さん」

「ええ、学園案内のパンフレットを、穴が空くほど見ていたのだもの。でも、さっきの中庭もそうだったけど、やっぱりこの目で直接見ると違うわね。何だか賑やかで、楽しそう」


 興味深そうに周囲をキョロキョロと見回す可憐。余程物珍しいのだろう。無理もないが。

  

「なら、明日からはここで飯を喰うか?」

「それも良さそうね! 週の何度かはお互いに作りっこをして、それ以外は食堂で。うん、いいわね、いいわね。そうしましょう」


 だとすれば、「お嬢様用の食事」を用意できるか、聞いておくべきだろう。

 恐らく、事前にその辺の連絡は届いているとは思うが、何事も確認は必要だ。

 

「委員長、俺達はちょっと食事について尋ねて来る。先に食べていてくれ」

「ええ、わかったわ。向こうにシェフ達が居るから、そこで聞けば色々と教えてくれる筈よ」


 弥生に礼を言って別れ、忙しそうに働く料理人たちの所へ赴く。

 その厨房は板とテーブルで仕切られており、外からも彼らの調理する様子が良く見えた。

 間近に居た三十がらみの男性に声を掛け、二、三質問を重ねる。彼は長吉の姿に一瞬ギョッとした仕草を見せたものの、吉備津の名を出すと、恐縮したように首を竦めて答えてくれた。

 

 どうやら、前日の夕方までにこの学食で注文しておけば、翌日の昼には特別に調理された物を出してくれるとの事だった。

 連絡もキチンと行き届いているようで、可憐用のメニューもそつなく取り揃えてくれているようだ。これなら安心というもの。

 とりあえず、明日はこの場所で食事を取る旨を伝え、予約をしておく。

 

「これで準備OKね! バンチョー、お腹はもう一杯になった? 折角だから、パンでもつまんでいったらどうかしら」


 可憐の作ってくれた握り飯はボリュームがあり、十分に腹の足しにはなった。

 別の意味で胸も一杯であり、余分な食事は取らなくても問題は無い――とはいえ、パンの一、二個くらいならまだまだ余裕で腹には収まる。

 明日の予行演習みたいなもので、味を確かめておくのも悪くないかもしれん。

 長吉はお言葉に甘えて、パンコーナーへと足を進める。

 

 棚一面に整然と並べられたパンは小ぶりの物が多いが、どれも大変美味そうだ。

 目移りしそうになりながら品定めをしていると、長吉の裾がクイっと引っ張られた。

 

「ねえ、バンチョー。あそこ、あそこよ。何かしら、あの人だかり」

 

 可憐の指さす方に目を移すと、食堂の奥まった場所に、何人もの生徒たちが集まっているのが見えた。

 何かを中心にしてそれを取り囲んでいるような構図であり、そこからワイワイと楽しそうに歓談する声が聞こえてくる。

 

「何だろうな。今日は何か、イベントでもあるのか?」

「行ってみましょうか。何だか、みんな楽しそうよ」


 長吉の返事を待たずに、弾むような足取りで可憐が歩き出す。

 その小さな背中を追いかけていくと、間もなく人垣の外周部に辿り着いた。

 

「ねえ、何かあったの? 私に教えてくれないかしら?」

「え――ヒッ!?」


 可憐の呼び声に応えて、生徒の一人が振り向き……たちまち目を剥き横に退く。

 

「何、どうし――うえっ!?」 「ッ!?」 「あわわ……!」


 背後で起きた異変に気付いた少女たちが、全く同じ反応を示して、飛び退いた。

 後ろの後ろ、そのまた後ろ。

 次々に恐怖と悲鳴が伝播していき、その度に黒い髪が翻って、左右に分かれていく。

 まるで、ドミノ倒しのような光景だった。

 

「あら、前に通してくれるの? 自分で確かめろって事かしら?」

「……まあ、その方が手っ取り早くて良いだろうな」

 

 どこぞの預言者の奇跡もかくや、と言うように。人の海が分かたれ、肉壁の通路が築かれた。

 この分では、何を聞いても誰も答えてはくれまい。

 そう結論付けると、長吉たちは人垣の奥へと進んでゆく。

 やがてそこに、一人の少女の背中が見えた。白いテーブルを前に椅子へ腰かけている女生徒。

 どうやら、彼女を中心にして、この人海は築かれていたようだった。

 

 五,六歩も進まないうちに、少女の真後ろに辿り着く。

 まず目に入ったのは、さらさらときめ細かい栗色の髪。同年代の少女たちに比べても、丸みを帯びたその背は細くは無く、さりとて太っている印象は無い。ピンと張った清廉な物腰から見るに、武道か何かを修めているのかもしれない。程よく鍛えられているようだと、長吉には思えた。

 

 しかし、どうやら背後で起こった惨状には気付いていないようだ。

 ティーカップを手に持ち、優雅な動作で口元へと運んでいくのが背中越しに見える。

 

「こんにちは。ねえ、ここで何か催し物でもあったのかしら?」

「はい――んばぶっ!?」


 しとやかな動きで振り返った少女が、優雅とは程遠い奇声を発して仰け反った。

 その口から噴出した紅茶が綺麗なアーチを描く。

 咄嗟に可憐を背に庇い、迫りくるそれを右腕で受け止めた。衣服を通して生暖かい感覚がじんわりと広がり、少々気持ちが悪い。


 「まあ」と。可憐が驚いたように口元に手をやって、呆れ気味に声をあげた。


「お口から飲み物を吹き出すなんて、失礼だわ。マナーがなってない人ね」


 可憐がいそいそとポケットからハンカチを取り出し、長吉の腕を拭いてくれる。

 自前のがあるから断ろうとも思ったが、あえて口には出さずにそのまま続けてもらう。


(……ああ、こういうのも悪くない、な)


しかし、鮮やかな水芸を披露した張本人は、長吉のように満ち足りた気持ちではいられなかったようだ。


「な、な、ななななななな!?」


 少女はプルプルと震えた手で、こちらを指差している。

 

「なんですの!? 貴方は!?」

「私? 私は吉備津可憐。今日、この学校に転校してきたのよ。こっちは、バンチョー。番場長吉っていうの。よろしくね」


 そう言って、可憐がニッコリ笑う。

  

「れ、麗華(れいか)さま! 吉備津と番場って、『あの』噂の二人組ですよ!」 

「一組に転校してくるなり、クラスメイトを何人も保健室送りにしてのけたという、あの!」


 麗華、と呼ばれた少女の左右に控えていた女生徒が、手元の携帯端末を覗き込み、悲鳴をあげる。

 顔立ちも背も、よく似た――というか、瓜二つの少女たちだ。

 違う所といえば、片方は結い上げた髪を右のサイドテールに整えており、もう片方はその逆だ。双子か何かだろうか。

 

と、それを聞いた周囲の女生徒達が悲鳴をあげる。


「あ、あのケダモノがここに!?」 「ま、まさか私達に因縁を付けにここまで……!」

「そうに違いないわ! きっと、友達料とか徴収するつもりなのよ!」 


 妄想が飛び交い、徐々に内容がエスカレートしていく。

 処女の生贄を求めるだの、満月の夜に大乱交を行うだの、鏡に姿が映らない、だの。だの、だの、だの。

 少女達の妄想の中で、長吉は吸血鬼だか狼男だかもわからない、悪魔の化身に変貌していく。


「待て。俺は、ただ――」

「ヒッ!? い、命ばかりはお助けを!」「ききき、金流院(きんりゅういん)さん! わわ、私達はここで!」


 蜘蛛の子を散らす勢いで、人垣が四方に飛び散り、遠のいていく。

 脱兎のごとく、とはこの事か。長吉の頭に、そんな呑気な考えさえ浮かぶ。

 結局、その場に残ったのは長吉と可憐。それに、麗華という少女と、取り巻きらしき二人の生徒だけであった。

 

「もう、みんなせっかちね。何をそんなに慌てているのかしら」


 ただ一人、現状を理解していない可憐お嬢様がそう呟く。

 その言葉を聞きつけて、麗華が目を開き、怒りを顕わと剥きだした。

 

「貴女達のせいでしょうが! 折角の優雅な昼食会を邪魔して……!」

「いや、すまん。そのつもりはなかったんだがな」


 素直に頭を下げるが、少女の憤懣は収まるところを知らない。

 肩を怒らせて、荒い息を吐くさまは、まるで飢えた狼のようだ。

 

「ふん……っ! 吉備津のお家は、随分と厳めしい番犬を飼っているのですね。獣臭くてたまりませんわ。それに――」


 見下すような視線を可憐に向けたかと思うと、急に麗華の表情がガラッと変わる。

 その顔に浮かんでいるのは、あからさまな嘲笑であった。

 

「まさか、『あの』吉備津財団トップの一人娘が、こんなちんちくりんの小娘とは、全く滑稽なこと! 社交の場にも姿を現さないから、どんな箱入りかと思っていましたが、その理由も納得ですわね。幼稚園児みたいな童女を、人前には見せられませんもの!」


 高々と少女は勝どきの笑い声を上げる。その様が、無性に癇に障った。

 長吉は無意識に拳を鳴らす。

 

「何だと、てめえ……?」

「ひいっ!? じじじ、事実をいいい、言ったまで! な、なのに、ぼぼ、暴力を振るうつもりですの、野蛮人! こう見えても、腕に覚えはありますのよ!」


 少女は明らかに怯えた様子を見せながらも、長吉への視線は逸らさず、キッと睨み付けてくる。中々、根性のある奴だ。可憐に対する暴言は許せないが、それだけは感心する。

 

 しかし、今の暴言は見過ごせん。取り下げさせねば。長吉がそう決意したところで、ふと気づく。

 可憐が先ほどから、妙に大人しい。慌ててそちらに目を向けると、彼女はうつむいたまま、体を小さく震わせていた。

 まさか、今の言葉がそんなに堪えたのか。

 慌てて声をかけようとしたその瞬間、可憐がパッと顔を上げる。その瞳は悲痛な涙に濡れ――てはいない。

 

「凄いわ! 凄い! まさか、そんな『あからさまに嫌味なお嬢様』が現実に存在するなんて! 私、感動しちゃったわ! ああ、どうしましょう、まだ胸がどきどきする……!」

「は……?」


ぽかん、と口を広げたまま、麗華が固まった。


「見て見て、バンチョー! この人、完璧よ、完璧! それっぽい縦ロールの髪型に、ますわ口調の話し言葉! 見下し笑いの時は、手の甲をちゃんと顎に当ててるの。手の角度も、顔の向きもパーフェクト! 正にテンプレートのお嬢様そのものよ! 素晴らしいわ、素敵だわ!」


 きゃっきゃと嬉しそうにはしゃぐ少女を見て、長吉の肩から力が抜けた。

 そうだ、可憐はこういう少女であったのだ。このお嬢様は、めそめそ泣くようなタマではない。

 

 改めて麗華の容姿を観察する。

 彼女は、鮮やかな栗色の髪を左右でロール状に巻き編んでいた。瞳は大きくパッチリ開いており、睫毛も長く切り揃っている。

 豊かな乳房に盛り上げられた胸元には、薔薇を象ったアクセサリーが輝いていた。なるほど。確かにこれは――

 

「……一昔前の少女漫画から抜け出してきたような奴だな」

「大昔の少年漫画から抜け出たような貴方に言われたくありませんわ!」


 歯を剥き出し吠える麗華。

 しかし、その左右から聞こえてきた声は主にではなく、長吉に同調するかのように唱和した。


「確かに、この男が70年代のキャラだとすると――」「――麗華さまは80年代のキャラ」


 うんうん、と取り巻き二人が顔を見合わせ――

 

 「「言いえて妙ですね」」

 

 ――そう、声を揃えて頷いた。

 

「納得しないでくださいましっ!!」

「まあ、まあ。そんなに怒ると体に悪いわよ、テンプレさん」

「誰がテンプレかっ!? 言うに事欠いて、なんてことをほざきますの!?」


わなわなと体を震わせたかと思うと、麗華は席を蹴って立ち上がった。 


「今日の屈辱は、忘れませんわ! この借りは必ずお返ししますので、覚えておくことね!」

「わあ、捨て台詞まで、それっぽぉい……!」

「きぃぃぃぃぃぃ!! 行きますわよ、貴女たち!」


 きぃぃぃ、とか金切り声を実際に口に出している人間を見るのは、流石の長吉も初めてであった。

 このテンプレ(パワー)は並ではない。これが白薔薇女学園の洗礼……!

 名門女子高、どうやらその名は伊達ではないようだった。

 

 長吉が今日何度目かの感心をしていると、麗華はこちらを睨み付け、サッサと歩き去ってしまう。

 そんな彼女の背中を、取り巻きの二人が慌てて追いかけていく。


「お待ち下さい、テンプレ様っ」「お気を確かに、テンプレ様っ」

「あ・な・た・た・ちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 うがーっという怒りの叫びを轟かせ、麗華たちの姿が遠ざかっていく。

 

 嵐が過ぎ去ったのを悟り、長吉と可憐は、何となく互いの顔を見合わせてしまう。


「愉快な人達ね。次に会う時が楽しみだわ」

「ああ……そうだな」


 向こうは二度と会いたくはないだろうが。

 いや、あの去り際の言葉からして、何かちょっかいをかけてくる可能性もあるか? 

 というか、結局あの女は何者だったのだろう

 長吉の頭の中で、様々な考えが浮かんでは消えていく。

 

「あ、あの……ふ、二人とも! はあ、はあ……っ い、今のは――」

 

 我らがクラス委員長、高寺弥生がやってきたのは、そんな時であった。

 妙に息を切らせて、焦った様子を見せている。

  

「あら、委員長さん。もうご飯は食べ終わっちゃったの? ごめんなさいね、色々あってそっちに行けなくて……」

「そんな事はいいから! 今、食堂から出て行ったのは、金流院さんじゃないの!? あの、名家のお嬢様の……!」

「ああ」


 ぽん、と可憐が手を叩く。

 

「何処かで聞いたことがあると思ったわ。彼女が『あの』金流院家のお嬢さまなのね」

 

 そこで、長吉も遅まきながら、テンプレ縦ロールの正体を悟る。そう、長吉もその名は耳にした事があった。

 

 ――金流院家。

 南北朝の時代から続く、由緒正しい貴族の名家だ。他の多くの貴族が、武家社会の到来によって力を失っていくのを尻目に、いち早く商家と結びつき、戦国・江戸・明治と激動の時代を切り抜けてきた、らしい。

 

 貴族制度が無くなった現在でも、その影響力は多岐に渡り、大物の政治家も一族から何人も輩出している、という。

 実際の資産総額はともかくとしても、歴史的には日の浅い吉備津の家とは、正に雲泥の差があった。

 先ほどの可憐を貶めるような台詞も、そんなプライドが言わせたものであろう。

 

「金流院さんは、本家の長女として生まれた、本物のお嬢様よ。この学校でも彼女の崇拝者は多いし、影響も大きいの。去年の『白薔薇』を授与されたくらいだし」

「白薔薇……確か、その年度で特に成績が優秀だった生徒を、各学年ごとに一人選ぶのよね。この学校のトップである証の一つ。ふうん、そういう所も何だかテンプレっぽいわ」

 

 確かに、これ見よがしに胸に白い薔薇のブローチを付けていた。あれが、「白薔薇」の勲章なのであろう。

 長吉もまた、そう納得する。

 

「そっか、この学校にはそんな制度があったわね。思い出したわ。それじゃあ、バンチョー」

 

 可憐が満面の笑顔をこちらに向ける。

 やや首を右に傾けたその姿勢は長吉にとっては見慣れたものだ。すなわち、おねだりのポーズである。

 ゆえに、この次に、何を可憐が言い出すか。長吉には既に予想が付いていた。

 

「決まりね。今年の……ううん、その来年も。白薔薇勲章はバンチョーが頂くのよ。胸に三つの薔薇を付けて、誇らしく卒業式を迎えましょう!」

「ああ、わかった」

「いやいやいやいや、ちょっと待って。白薔薇勲章は、学業の成績だけじゃなく、運動も、それに華道や茶道に至る伝統芸能まで判断されるのよ。その――言い難いけど、見目の麗しさも……」

 

 最後のか細い台詞は良く聞き取れなかったが、まあ、言いたい事は良くわかる。

 だが、長吉のお嬢様がそう仰る以上、避けて通る事は自分には出来ない。

 そんな長吉の心中を知ってか知らずか、弥生が頭を抱え込んでしまう。

 

「……無駄に自信満々な所が凄いわ、本当に。でも、そんな簡単な事じゃないのよ」

 

 それに第一、と弥生が指摘する。


「もう、昨年度の白薔薇は金流院さんに決まっちゃっているのよ。物理的に考えて、二つが限度だと思うけど」

「そこはほら、あれなのよ」


 可憐が瞳を煌めかせる。

 

「互いの白薔薇の勲章をかけて、勝った方が総取りだぁ! って、卒業前に決闘するの!」

「しないでくださいっ!」


 弥生の訴えも、可憐には届かない。

 既に、彼女の頭の中ではバイオレンスの嵐が吹きすさび始めているのだろう。

 そのキラキラとした目には、夕焼けに染まった河川敷で殴り合う、長吉と麗華の姿が映っているに違いない。

 

「まあ、決闘はともかくとしてだ。白薔薇の勲章は俺が頂く。それでいいな、お嬢?」

「ええ! この学校をシメる第一歩ね。わかりやすいトップの証があった方が都合が良いもの」

「まって、まって。今、変な事を言わなかった? 学校をシメ……?」


 弥生の疑問に、そうよ、と笑顔で頷くお嬢様。

 そのワクワクとした表情から、彼女が止まらないのは明白だ。勿論、長吉も止めるつもりはない

  

「この学校の頂点に立って、バンチョーはその名の通り真の番長……大番長にエボリューションするのよ!」

「そんなものに進化してどうするの!? というか大の文字は何処から来たの!? ねえ!?」


 そんな言葉は馬耳東風。もう未来予想図は描かれた。覆る事はないだろう。

 がくり、と肩を落とす弥生にどんな言葉をかけようか、長吉は頭を捻るのであった。



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