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19.クライマックスフェイズ

 

 長吉が部室の扉を開けると同時に、弥生がこちらを振り向いた。

 室内の掃除をしていたのか、その手には箒が握られている。

 怪訝そうにこちらを見る彼女に挨拶もせず、長吉は可憐を伴って中に入った。

 

「あら? どうしたの、二人とも。確か早退したんじゃ……」


 首を傾げる弥生に、心の中で詫びつつ、長吉は外の様子を伺った。まだ来ないか? いや、恐らくもう少しで――――

 

「――――来た、か」

「え?」


 廊下の向こう側から、けたたましい音が聞こえて来る。

 誰かが、こちらへ向かって走り寄ってきているのだ。それを確認すると、長吉は扉を閉めた。

 息を大きく吸う。これから行う事に対する覚悟を決める。友達を裏切る決意を固める。

 

「どうしたの、番場君? 何か、様子がおかし……」


 こちらに近寄ってきた委員長の腕を取り、グイッと顔を引き寄せた。


「な、きゃっ!?」


 突然の行為に目を白黒させ、弥生が反射的に腕を振り払おうとするが、そうはさせない。

 怪我をさせないように注意しながら、力を込めてその場に留める。


「な、なに!? どうしたの!? 一体、何が――」

「――先輩ッ!!」


 良いタイミングだ。ヒーロー登場にはもってこいの正念場。

 長吉が密かにほくそ笑む。

 

 扉が勢いよく開き、遥が部室の中へと飛び込んできた。

 少女は肩で息を荒げつつも、燃えるような瞳でこちらを睨み付けた。

 

「先輩から離れろッ! その人に手をだすな!!」

「は、遥ちゃん!? え、どうして……!?」


 ただ一人状況を呑み込めていない弥生が、素っ頓狂な声を出す。

(――――すまない、委員長。もうちょっとだけ、我慢してくれ)


「何だ、もう来たのか。もう少しで、「お楽しみ」が出来たのによ」

「最低ッ……このケダモノ野郎……!」


歯ぎしりする遥に、可憐が意地の悪そうな笑みを向けた。


「なあに? そんなにこの人が大事なの? あなたが苛められているのを知ってた上で、何もせず、庇いもしなかったのに?」 

「――――ッ!」


 弥生が目を見開く。なんで、という呟き声が聞こえた。


「知ってるわよ。あなたが泉谷さんに手を上げた理由。この人の事を馬鹿にされたから、なんでしょう?」

「え……? はるか、ちゃん……?」


 弥生の首が、ぎこちなく回る。その視線の先に居た少女は、バツが悪そうに目を逸した。

 

「中学から編入した成金女の、根暗趣味。それに付き合うあなたも、お似合いよ――そんな風に言われたんですって? バカのバカバカね。もしかして、暴力事件を起こした自分が部活に通っていたら、『先輩』まで同じような目で見られるからって、避けてたの?」


 遥の体が震える。

 この指摘は長吉と取り巻きA・Bによる考察だったが、どうやら的を得ていたようだった。

 弥生が、信じられないものを見たかのように、遥の顔を注視する。


「意地っ張りの強情っ張り。あなたがそんなんだから、この人がこんな目に遭うの。バンチョー、やっちゃって。好きにしていいわ

「ああ」


 弥生の顔を、更に間近に引き寄せる。

 目と鼻の先に彼女の瞳があった。怯えたような、戸惑うようなその視線。そこから逸らすように唇へと目を落とし、自分のそれを近付けて――


「やめてよッ!」


 遥が飛び付いてきた。腕をしゃにむに振り、長吉を弥生から引きはがそうと、必死になっている。

 

「先輩から、離れろぉ!! 大事な人なんだ! たった一人の先輩なんだ! あたしの大好きな先輩なのよぉ! だから、だから……!」


(上等だぜ久遠寺、言えたじゃねえか。すまなかったな、怖かったろう。もう、この辺でいいだろうよ)


 長吉が腕の力を緩め、弥生を解放しようとする。

 後は憎まれ口のひとつでも叩いて脅しつけ、退散すればそれですべてが終わる。

 

 楽しかった時間も、芽生えた友情も。全てがーーーー


 しかし、それを実践しようとしたまさにその時。

 『長吉の声』が何処からともなく響き渡った。

 


《助かったぜ、金流院。上手いとこ、担任を足止めしてくれたみたいだな。お蔭で、全部上手くいったぜ》


「な……!?」


《自分たちが悪役になって、イジメの加害者も被害者も一つに纏めてしまう、なんて力技。わたくしは認めたくありませんわね。スマートじゃありませんし、野蛮すぎる》


《共通の敵を作るってのは大事な事さ。特に、学校みたいな閉鎖的な場所ではな。どいつもこいつも本気で殺し合いたいほど憎み合ってる訳じゃあねえ。対象が変われば立場も変わる。昨日の敵は今日の友ってな》


「え、え……?」 


 可憐が慌てて声の聞こえてきた方に目を向けると、そこには部室の入り口に悠然と立つ金流院麗華と、その取り巻き二人の姿。彼女らはみな、三者三様に勝ち誇ったような薄ら笑いを浮かべている。


 取り巻きAの手には、愛用の携帯端末。問題の音声は、そこから聞こえてきているようだった。

 

「金流院さん……どうして?」

「こんな事だろうと思いましたわ。あなた方の好き放題にされたままエンディングなんて、真っ平御免ですもの。だから、わたくし好みのエピローグを付け加えさせて頂きますわ」


 それに、と麗華が髪を掻き上げる。

 いつものテンプレポーズ。しかし、その顔には、してやったり、という満足そうな表情が浮かんでいた。


「言ったでしょう? 借りは返すと。有言実行が金流院家のモットーですの」


 ――やられた。これはこちらの完敗だ。ぐうの音も出ない。

 白旗を上げるしかないだろう。

 

「そういうわけです、高寺さん、それに久遠寺さん。そこの愚かな馬鹿者二人は、貴方たちを仲直りさせるために、こんな茶番を仕組んだんですの。わざわざ、久遠寺さんのクラスに乗り込んで生徒達を脅してまで、ね」

「ええ……!? 茶番……? え、え!?」 

 

 あまりに驚いたのだろう。それとも、気が抜けたのか。

 遥は崩れ落ちるようにして、その場にへたり込んでしまう。

 

 これは、どう言い訳すべきだろうか。

 可憐と顔を見合わせて悩んでいると、不意に背筋がゾワッと総毛立つ。

 何だ? この妙な怖気は……どこから――――


 

「番場君? これはどういう事かしら?」



 委員長だった。彼女は長吉に抱かれたまま、いつもの優しい笑顔で、こちらを見上げている。

 しかし、その目は笑っていない。長吉の頬から汗が垂れ落ちる。コイツはマジヤベエ。

 

「詳しい話を聞きたいな。ちょっと、そこに座ってくれる?」

「いや、あのな、委員長」

「座って」

「あのね、委員長さん。これは――――」


「座れ」


「「はい」」



 異口同音、即決だった。可憐と揃って、その場に正座する。

 

 どんな不良とやり合った時も感じなかった恐ろしい迫力。野生のクマさえ凌ぐほどの凄味。

 それが、目の前の一人の少女から発せられていた。

 

「さて……聞かせてもらいましょうか。何から何まで。全てを、全部」


 そして、高寺弥生委員長による、渾身にして必殺の。

 

 お説教が、始まった。


 


ヤ∀ ス)普段怒らない人が激怒した時ってマジこええっすよね!!


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