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幕間・2

 

 ――夕暮れの街並みを、跳ねるように少女が飛び回る。

 彼女に手を引かれるまま、ぼくはその後を着いていった。


「行きたい所があるの。あなた、連れて行ってくれる?」


 突然言われた、その言葉。

 見も知らぬ少女の願いを受けて、ぼくはあちらこちらと、連れ回されていた。

 

 映画館に入ってみたい。喫茶店はどこかしら。図書館はまだ開いてるの? ゲームセンターで遊びたいわ。

 矢継ぎ早に繰り出される「おねだり」を断れず、ぼくは自分の知識と財布の中身をフル回転させ、彼女を案内して回った。

 

 映画なんてぼくも見たことない。チケットを買う方法も良く分からないし、上映しているのは難しそうな内容の映画ばかりで面白そうじゃない。結局パンフレットを買うだけですまし、その足で訪れた喫茶店では店員さんに奇異の目で見られ、危うく入店を断られそうになった。

 

 更にゲーセンでは、怖い顔をしたお兄さんたちに絡まれそうになるし。何とか逃げれたけど、肝心のこの子はゲームのポスターに夢中で、まるで気にもしていない。もう、何なんだよ!


 ちなみにそのポスターに描かれているのはボロボロの学生服?とかいう服に、揃いの帽子。マンガで見たことがある。バンチョーとかいう、古臭い大昔の不良の姿だ。

 どうもそれが、この子は気に入っちゃったみたい。引き剥がすのはそれはもう大変だった……。

 

 しかし、そんな下手糞なエスコートも、この子にとっては素晴らしいものだったようで。

 ニコニコ、ニコニコ。あの透き通るような笑顔を浮かべ、思う存分はしゃぎまわっていた。


 ――何で、ぼくはこんな事をしてるんだっけ?

 

 そんな当然の疑問も、少女のスマイルに溶かされていく。

 まあ、いっか。喜んでるし。

 少女が何処から来たのか、親は何処に居るのか。聞かなければならない事は、幾らでもあった。

 しかしぼくは、あえて口をつぐんだ。

 

 それを言葉に出せば、この夢のような時間は終わってしまうと思ったからだ。

 

 夕闇の色は更に深く濃くなる。夜の帳を前に緋色の火の粉が舞い散り、光と影が世界を包む。

 夢か現実かも判らない、幻想的な、この瞬間。

 

 それを失いたくないと、願ってしまっていたのだ。

 

 ここでこの子と別れれば、醜く辛い現実が待っている。

 それがわかっているからこそ。ぼくはその言葉が言えなかった。ずっとずっと彼女と一緒に居たかったのだ。そう、叶うなら永遠に。そのキラキラとした輝きを追い続けていたかった。

 

 ……でも、そうはいかなかった。

 お日様はとうに沈み、辺りは暗くなっていく。

 

 ぼくは、いつの間にか足を止めていた。

 彼女に急かすように手を引かれたが、ためらってしまった。

 

 ――この子を、そろそろ家に帰すべきじゃないのか。

 いつまでも、ぼくと一緒に居ていいのかな?

 

 そう思うと、薄汚れた自分が何故か、恥ずかしくなってきた。

 こんな綺麗な女の子と一緒に居る資格があるのだろうかと、今更ながら思い至ったのだ。

 ぼくの迷いを見て取ったのか、彼女が何か喋ろうと口を開いた、その時だった。

 

「おう、さっきゲーセンに居たガキどもじゃね? 何か、カネをいっぱい持ってた、おぼっちゃまのさ」


 ぎくり、と体が固まる。

 路地裏の入り口。だぼだぼのセーターを着た数人の男たちがそこに立ち、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、こっちを見ていた。

 

 助けをよぼうにも、周囲に人の気配は無い。

 逃げようとしたところで、すぐに追いつかれるだろう。男たちは、ぼくたちを囲むようにじりじりと近づいてきていた。

 

 少女を見る。今の状況が良くわかっていないのか、蒼い瞳を瞬かせながらキョトンとしている。

 迷いは、一瞬だった。少女の耳元に口を寄せ、そっと囁く。

 

「ごめん、あのね。あのひとたち、友達だから。待ち合わせ、してたんだ。もう、行かなきゃ」

「そうなの? じゃあ、しょうがないわ。」

 

 その言葉に疑う素振りも見せず、少女がこくん、と頷いた。


「色々ありがとう。とっても楽しかったわ。面白かったわ。素敵だったわ」


 その言葉を聞けただけで、十分だ。

 ぼくは少女の背を押しやるようにして立ち去らせると、男たちに目を向けた。

 そのまま、愛想笑いを浮かべて、彼らの元に歩いていく。


「あの、お金渡しますから。ほら、どうぞ」


 この手の連中には、下手に逆らわない方がいい。おとうさん達から学べた、数少ない知恵だ。

 財布を手に持ち差し出すと、茶髪の男がそれをひったくる様に掻っ攫った。


「素直ジャン。いいね、お坊ちゃん。彼女を逃がす所とか、チョークール」

「はは……」


 どうせ、元はおかあさんのお金だ。ここで失っても痛くはない。

 それより、彼女が完全にここから立ち去ったと確信できるまで、時間を稼ぐ事の方が大事だった。

 

 おべっかや、おべんちゃら。口八丁に手八丁。だいじょうぶ、慣れたモノだ。

 おかあさん達にするように、こいつらにもそうすればいい。最悪、一発くらい殴られたって平気だ。

 

 不良たち――半グレとかいう奴等だろうか――が、ぼくの頭を小突き始める。

 口にくわえた煙草を、腕に押し付けようともしてきた。

 アレは、熱い。経験で知っていた。跡が残るし、ヒリヒリする。でも、我慢しなきゃ。

 

 ギュッと目を閉じようとしたその時。ぼくの耳に、聞き覚えのある甘い声が聞こえた。

 


「ねえ、なにしてるの? そんなの当てたらだめよ。きっと熱いわ、火傷しちゃう」



 なんで。なんで、もどってきたの!?

 慌てて振り向くと、あの子がトコトコと、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「ほんとうに、おともだちなの? お金を取ったりしてるみたいだし。変だわ、変ね。おかしいわ」


 彼女は、可愛らしく首を傾げる。不良たちが、顔を見合わせて笑い出した。

 まずい、まずい! ぼくは、慌てて彼女に飛び付き、反転させて帰らせようとする。

 しかし、襟元を掴んで引っ張られ、僕は奴等の手の中に戻されてしまった。


「そうだよぉ。友達だよぉ、ボクチンたち。これも、単なる遊びさぁ」

「あつッ!」


煙草の火が、首筋に押し当てられた。

不意の痛みに、思わず声をあげてしまう。……それが、いけなかった。


「なにするの! そんなことをしちゃだめじゃない! 火傷したら痛いって、わからないの? そんなにあなたたちは、おバカさんなのかしら?」 


 不良たちの目が、剣呑な光を帯びる。

 まずい、と思った瞬間、少女の体が横に跳ねた。茶髪の男が、蹴り飛ばしたのだ。

 

 彼女の小さな体が、ゴムまりみたいに弾み、壁に叩きつけられた。


「――う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 不良の腕に噛みつき、体を蹴飛ばす。

 もう、無我夢中だった。辺りに転がる空き瓶や空き缶、石に段ボールなど、手当たり次第に掴み、投げつける!

 

 不良たちが悲鳴をあげてひるんだすきに、彼女の体を抱えて、路地裏から飛び出した。

 

 後ろから怒声が響き、連中が追いかけて来る足音が聞こえるが、そんなものはもう、どうでも良かった。

 腕の中で、ぐったりとしている女の子に、目を落とす。

 けほ、けほ、とその口から咳が漏れる。体が震え、息も苦しそうだった。

 

 ――どうしよう、どうしよう、死んじゃったら、どうしよう!

 

 頭の中に、血まみれになった、おとうさん達の姿が浮かぶ。

 

 このこも あんなふうに うごかなく なって しまうの?


「助けて! 誰か! おねがい!」


 声を限りに、叫ぶ。叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ!

 

「この子を助けて! おねがいだから!!」


 月明かりが覗く夜空に、ぼくの声が吸い込まれていった。



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