11.チャレンジ・TRPG!
翌日の放課後。
長吉と可憐、それに弥生の三人は連れだって歩きながら、部室へと向かっていた。最近ではすっかりと馴染みになった光景。転校初日の緊張が嘘のように、三人の間に流れる空気は穏やかだ。
廊下を弾むようにステップしながら、可憐が尋ねる。
「今日もAちゃんで遊ぶの?」
「それでもいいんだけど、もうずっとそればっかりで遊んでるでしょ? だから、今日は別のゲームで遊んでみない?」
確かに、入部してから毎日毎日、同じカードゲームで遊んでばかりだった。たまには心機一転して、別のゲームをやってみるのも悪くは無いかもしれない。長吉も、同意するように頷いた。
「それもいいな。お嬢、どうだ?」
「ええ、ええ。他のゲームにも興味があるし、丁度良いわ。ね、委員長さん。今日はどんなカードゲームで遊ぶのかしら?」
「ううん、今日はカードじゃなくてTRPGで遊んでみようと思うの」
「TRPG?」
聞きなれないフレーズだ。RPG、というならわかる。ヤスが良く遊んでいたあれだ。
敵を倒して経験値を積んで、レベルを上げる。そういうジャンルのゲームだった筈。
「TRPG……テーブルトーク・ロールプレイングゲームっていうんだけどね。そのゲームの登場人物になりきって、怪物と戦ったり、ヒロインと恋愛したり。まあ、ごっこ遊びにちかいかな。きちんとしたルールはあるけどね」
こちらの疑問を察してか、弥生がすかさず説明を加えてくれる。
しかし、ふむ。話を聞いても、長吉には今一つピンと来ない。
ごっこ遊びとは言うが、アレは子供がやるから面白いのではないか? 高校生の自分達でも楽しめるものなのだろうか。
「まあ、百聞は一見にしかず、ってね。実際遊んでみるのが早いわ。結構面白いのよ。社会人になっても専門のサークルを作って遊んでいる人たちも居るし、ゲームメーカーさん主催で、何百人という人数が集まる、大規模なコンベンション、なんてのもあるの」
何百人とは……長吉には想像もつかない。
それだけ多くの人間をのめり込ませるTRPGとは、一体どんなゲームなのだろうか。
「凄いわ凄いわ、楽しそう! ねえ、早く部室に行って遊びましょう!」
長吉と弥生の腕を、可憐が掴む。
玩具屋の前で顔を輝かせる子供のようだ。
長吉は苦笑しながらも、お嬢様に引っ張られるままに進んでいく。白い廊下の角を曲がり、やがて目的地が見えてくるーーーー
「ん? あれは……」
部室の前に、人影が見える。全部で三つ。
見覚えのある顔が並んでいた。
「金流院と取り巻き共か。何してるんだ、そこで」
「――ッ!?」
声を掛けると、麗華がこちらをキッと睨み付け、苛立ったように床を踏み鳴らした。
「遅い! 何をやってましたの! この金流院麗華を待ちぼうけさせるなんて、いい度胸ですわね!」
「ご、ごめんなさい。お掃除に時間がかかっちゃって……」
恐縮したように、弥生がペコペコ頭を下げる。
それを見て溜飲を下げたか、麗華は優雅な仕草で髪を掻き上げ、フッと笑った。
清々しい程に小物っぽい。
少女漫画に出て来る悪役令嬢のようだ。
「そのうちまたやって来ると踏んではいたが、昨日の今日でもう来たか。よっぽどカードゲームが面白かったんだな」
「んなっ!? ちち、違いますわ! これはその……そう、雪辱っ! 雪辱を晴らしにきたんです。負けっぱなしで引き下がったとあれば、金流院の名に傷が付きますからねっ」
「リベンジですね麗華さま!」「まぁ同じ結果に終わりそうですが! へこたれないで、麗華さまっ」
取り巻き二人の声援……声援? を受けて麗華が不敵に笑う。
物は言いようとはこの事だろうか。
しかしここで下手に突っつけば余計にややこしくなる。
長吉はその代わり、彼女にとって残酷な知らせを告げる事にした。
「すまんが、今日は少女Aでは遊ばんぞ。TRPGをするからな」
「TRP……? カードゲームじゃ、ないんですの?」
「ない」
「えぇ……? なんでぇ……!?」
涙目になりながら、麗華がぼやく。
(――こいつ、そんなに楽しみにしていたのか)
その反応は、長吉にとっても予想外だ。
というか、ちょっと引く。
「それなら、最初に一戦だけカードで遊んで、その次にTRPGを皆で遊んだらどうかしら? プレイヤーが二人だと、ちょっと少ないと思ってたし。ね、そうしませんか?」
哀れなテンプレお嬢様を気の毒に思ったか、委員長のフォローがすかさず光る。
場の空気を読んで相手と相手の間を取り持つ。こういう事をさらっと行えるのが彼女の長所だろう。
長吉には出来ない事だ。素直に感心してしまった。
そして麗華も、その言葉に納得したのだろう。
一回勝負なら、自分の腕の見せ所!と、逆に張り切っている。
可憐も当然のごとく了承し、勝負、勝負と二人はにらみ合う。
お嬢さまバトル、第二ラウンドの始まりだ。
火花散る二人の少女達を横目で見つつ、長吉は弥生だけに聞こえるように囁いた。
「なぁ委員長。TRPGというのは、6人でも遊べるのか? その、良く判らないが多くはないのだろうか」
「ええ、大丈夫よ。システム――ゲームにもよるけれど、遊べる人数の幅は大体三人から六人なの。私は今回GMをやるからプレイヤーは五人になるけど、人数的には問題ないわ」
GM……また聞き慣れない単語が出てきた。
企業などで使われる、ゼネラルマネージャーの略称……ではなそうだ。
ふうむ、謎である。
長吉が首を捻っていると、弥生が悪戯っぽい表情で、人差し指を唇に当てた。
「ふふ、楽しみにしていてね。番場君も気に入ってくれると嬉しいな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夢少女・Aを使った吉備津家と金流院家の戦いは、予想通りというか何というか、可憐の圧倒的勝利に終わった。
奇跡は二度も起こらなかったらしい。
歯ぎしりして悔しがる麗華を取り巻き達が宥めている内に、弥生が次のゲームのセッティングを行う。
テーブルを二つくっつけて幅を取り、椅子を七脚用意する。
分厚いB4サイズの書籍をテーブルの上に置き、色とりどりのサイコロを十数個、その隣に転がした。
サイコロは見慣れた六面体のものだけでなく、ひし形をした奇妙なサイズのものもあった。
長吉はその中の一つを手に取って、右に左に回してみる。
そこには、一からゼロまでの十個の数字が刻まれていた。
TRPGではサイコロの事をダイスと呼ぶらしく、このひし形サイコロは十面体ダイス、と言うそうだ。
「綺麗なサイコロね……素敵! コレ、何処で売ってるの? こんなサイコロ見たことないわ」
「専門のゲームショップとか、あとネットでも買えるわ。お値段も手ごろで、安い物は百円くらいで手に入るのよ」
「コレが百円なのか。それは手頃だな」
「本当ですわね。キラキラしていて、結構高そうに見えるのに」
麗華も興味深そうにダイスを手とり、ためつすがめつ眺めていた。
「今回のゲームでは、この六面体と、十面体の二つを使うの。十面体は二個。六面体はそうね、三~四個持っていれば良いかな」
好きな物を持って。そう、部長様の許可が出るが早いか、各々ダイスを手に取った。
「じゃあ、次はキャラクターシートを配るわね。コレが、ゲームの登場人物になるの。皆が演じるプレイヤ―・キャラクタ―ね。略してPCって呼ばれる事が多いわ」
A四サイズの用紙を受け取る。
それには上から下まで項目がびっしり書かれており、それぞれの欄は空白になっていた。
成るほど、これを埋める事でキャラクターを作っていくのか。
「まず、今回遊ぶゲームの紹介をするわね。タイトルは『トワイライト・ナイツ』。直訳すると夕闇の騎士たち……あるいは、黄昏の騎士、ね」
「黄昏の騎士……ちょ、ちょっと惹かれるものがありますわね」
「中二っぽくて何かいいですよね」「封印された右目がウズウズしますです」
そのタイトルが彼女たちの琴線に触れたのだろう。
三人とも、体を震わせてそわそわし始めている。
そんな主従をにこやかに眺める弥生。彼女は厚手のルールブックを手に取ると、カバーイラストが皆に見えるように手を動かし、やがてフッと笑みを消す。
「――かつて、世界は滅びた」
急に声のトーンが下がる。しゃがれたような、低い声音。彼女はこんな演技も出来るのか。
長吉も含めた六人の視線が声の主――高寺弥生に惹きつけられる。
「大いなる闇と光の戦いは地を割り天を裂き、数多の命を奪い去った。その戦いに正義はなく、ただ『秩序』と『混沌』、相反する互いの理で世界を満たすため、殺し合い、血を流し続けた。何百、何千、何億という永い永い時間を費やして、その果てにあったものは、『無』。完全な虚無であった」
ぶるっ、と麗華が体を震わせる。隣に座っている可憐も、不安そうに長吉の手に手を重ねてきた。
無理もないと、長吉は思う。それくらい、語り部たる弥生の口調には迫力があった。
「光と闇、秩序と混沌の使徒たちは戦いの空しさを悟り、互いに手を取り合う事で新しい世界を、命を生み出した。今度こそ、調和が取れた世界を作るために。愚かな歴史を繰り返さぬように、彼らは『神』となって新しき世界を見守る事にした。そうしてまた長い年月が過ぎ、かつてのように命がこの星の上に満ち始めた」
しかし、と弥生は続ける。
それで全てが上手くいきはしなかった、と。
「かつて滅びた世界の欠片。命の残滓が混じり合い、おぞましい悪夢の化身と成り果てたそれが、新しき世界の住民たちに牙を剥き始めたのだ。光と闇の狭間の時間。逢魔が時にそれは現れ、夕闇の中で命を喰らい、世界を歪めていく。どんな科学でも魔法でも、対抗できないそれを『逢魔』と人は呼んだ」
目の前に広がる、鮮やかな夕焼けを長吉は幻視する。
赤々と輝く紅の影から、見るもおぞましい化け物が現れる……それは、いつか見た幼い日の記憶。
弥生の言葉が鋭い爪と化し、長吉の心の内を引っ掻き、毟り取ろうとしてくる。
「大丈夫? バンチョー、酷い汗をかいてるみたい」
「あ、ああ。すまん、お嬢。何でもないんだ」
こちらを気遣う可憐に笑みを返し、弥生の話に耳を戻す。
彼女の語りは更なる熱を帯び、クライマックスを迎えようとしていた。
「しかし、希望の欠片もまた、かつての世界にあったのだ。他者を慈しむ愛や勇気、それは結晶となって次の世に引き継がれた。その結晶『トワイライトクリスタル』に選ばれたもの達こそ、逢魔に対抗できる唯一の騎士。秩序と混沌、光と闇の狭間で力を振るうもの。『トワイライトナイツ』なのだ!」
「格好いい……」
うっとりと、麗華がつぶやく。
案外こういった物語に嵌りやすい性質なのかもしれない。
「……と、こんな所かな。長くなってごめんね。皆は、このトワイライトナイツの一員として、逢魔と闘う戦士になるの。トワイライトナイツは、幾つかのクラス――職業みたいなものね。に別れていて、どれか二つを選んでそれぞれ主技能と補助技能に割り振るのよ」
クラス……戦士とか、魔法使いとか、だろうか。
しかし、二つも選べるとは中々気前のよい話である。
「全部で十クラス。追加ルール(サプリメント)も使えばもう少し増えるんだけど、今回は基本のルールブックだけを使いましょう」
一覧が書かれた用紙が配られる。
それに目を落とすと、聖剣士、魔導士、舞踏術士……などなど、多種多様なクラスが書かれていた。
各クラス横には備考欄があり、それぞれがどんな能力と特殊能力を持っているかが一目でわかった。
「成るほど。クラスを選べば、自動的に能力値も埋まるのか」
「値はダイスを振って決める、昔ながらのゲームもあるけどね。今回は、みんな初めてだし。この方がわかりやすいかなって」
しかし、これは中々悩む。
ザッと説明文を読んだ限りでは、前へ出て戦う前衛職と、後ろでサポートに回る後衛職。その中間で立ち回れる役職、と選んだクラスごとに、大体の役割分担が為されているようだ。
(……これは、一人で決めるよりも、他の連中と話し合ってどの役割を担うか選んだ方がいいな)
前衛だけ、後衛だけに固まってはどうにもなるまい。
成るほど、「役割演技」とはよく言ったものだ。
「お嬢、どんなクラスをやってみたいんだ? 何か希望はあるか?」
「そうね……迷っちゃうけど、私は前に出て戦ってみたい、かも。この聖剣士ってのがよさそうね」
とすると、お嬢様は前衛職か。
なら、自分は後衛が良いのだろうか。いや、そう決めるのは早い。プレイヤーは長吉と可憐だけではないのだ。
「金流院、お前はどうするんだ?」
「ちょっとお待ちなさい! いま考えてるんですから、声を掛けないでくださいまし! く、この舞踏術士ってのも華麗で、わたくしに相応しそうですわね。ああ、でも暗黒騎士の格好よさにも惹かれるものが……ぐぬぬ」
麗華はクラス表記用紙を握りしめ、真剣な表情で吟味しているようだ。やはり、中々ノリが良い女である。
「お前たちは――って、もう決めたのか? 早いな」
取り巻きA・Bコンビのキャラクターシートを覗いて驚く。
もう、殆ど空白の個所は無い。
サッサとクラスをメインサブ共に決めており、それによって得られるスキルもあらかた習得してしまったようだった。
「この手のゲームでは、初期作成だと特に最適解があるものです」「私達はサポートオンリーですから。そうなれば、更に選択肢は限られますね」
よどみなくそう応えると、異口同音に言葉を揃えて。
「「麗華さまやあなた方が何を選ぼうと、的確にお世話ができますよ」」
にんまり、と双子が笑う。初めてこの二人が頼もしく見えた――が。
しかしそういえば、と長吉は気付く。
夢少女Aを遊んでいるとき、この二人は常に下位……麗華のすぐ下の順位に位置付けていた。
あれは、ゲームが弱かったのではなく、むしろその逆だったのではないか?
主をサポートし、時勢を見極めて盛り立てる為に……
長吉の視線の意味することに気付いたか、取り巻き姉妹が胸を張る。
「麗華さまの取り巻き続けて十二年」「そんじょそこらのポッと出の若輩者とは違います」
そう誇る二人の背後に、ヤスの姿が見えた。
(ああ、そうか。何となく感じていた親近感。ようやくわかったぜ。この取り巻き共は、アイツの系譜に連なるものなのか)
これは、評価を改めねばなるまい。長吉は、そう心に誓う。
結局、可憐と金流院が前衛に出て、双子は後衛。長吉はその中間で双方を補うクラスを選んだ。全員の準備が整ったのを確認し、弥生がコホン、と息を整える。
「それじゃあ、始めるね。みんな、よろしくお願いします」
その挨拶を皮切りに。長吉と可憐にとって未知の体験となる、TRPGセッションが開始されたのだった。
ヤ∀ ス)目立たぬが華。縁の下の力持ち。それがあっしらのポジションッス!