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10.戦い終わって日が暮れて


「わあ、Aちゃん見っけ! 私の勝ちね。これで五連勝よ」


 可憐がカードを掲げて喝采を上げる。

 唖然とする麗華たちを尻目に、次の手番で弥生があがり、長吉がそれに続いた。

 麗華は四番手だ。


 ちなみに、やはり双子の姉妹だという取り巻きAとBは、仲良く最下位。

 あらら、と。どこかわざとらしい態度で声を揃え、並んで首を捻っている。

 

「待って、待って下さいまし! もう一回、もう一回だけ!」


 涙目になりながら、麗華が懇願する。

 皆の返事も待たずに、持っていた手札を取りまとめ、自分からカードを配り出した。

 

「次は勝つ、次は勝つ、次は勝つ……」


 怨念めいた呪詛の呟きを吐き出しながら、麗華は手札と睨めっこを開始する。

 

 「Aちゃん、来てください。お金ならありますわ。何でも好きな物を食べさせてあげますから! この世の贅の極みを味わえるのですよ? お願い、来てぇ……」

 「麗華さま! 白大福人形を上手く使いましょう!」「勝利はもうすぐです!」


 異様な盛り上がりを見せる金流院陣営。

 ゲームを始める前にあった嘲笑の色はそこにない。真剣に、純粋に遊戯を楽しんでいるようだった。

 

「来て来てき――来ましたわ! 三枚目! わたくしの勝利です!」

「やりましたね、麗華さま!」「流石は麗華さま!」


 手を握り合って、三人が喜ぶ。よほど嬉しかったのか、感動の涙まで零している。実に微笑ましい光景だ。

 対する可憐はカードを手に頬杖を付き、悔しそうにぼやく。

 

「負けちゃったわ、残念ね」


 しかし、その言葉とは裏腹に、可憐の表情は明るい。

 

「そうだな。だが、楽しかったろう?」

「ええ」


 可憐が笑う。

 嬉しい時に彼女が見せる、とびきりの素敵な笑顔だ。

 

「とっても!」

「……そうか」


 それは何よりだ。長吉も思わず笑みを零していると、麗華が体をモジモジさせながら立ち上がるのが見えた。


「どうした? 体の調子でも悪いのか」

「いえ……その……ちょっと、お花を摘みに、といいますか。お手洗いに――」

「ああ」

 

 長吉は得たり、と頷く。

 

「ションベンか」

「歯に衣着せなさいなっ!? デリカシーの欠片もない男ですわね!」


 肩を怒らせながら、大股でノッシノッシと麗華が外に出ていく。優雅さの欠片も無い足取りだ。


 そのすぐ後を、取り巻きA・B達が追いかけていく。

 便所に行くのも常に一緒とは、徹底しているものだ。それとも、女と言うのは皆こうなのだろうか。

 そんな埒も無い事を考えつつ、長吉は三人を見送る。

 

 教室には長吉と可憐、そして弥生が残された。

 何となく、三人そろって顔を見合わせてしまう。

 

「すまんな、委員長。突然あいつ等を連れてきてしまって」

「まあ、ちょっと驚いたけどね。あの金流院さんがカードゲームで遊ぶ、なんて想像もつかなかったし。でも……」


 ふふっと弥生が微笑む。その顔は、どこか晴れ晴れとしているように見えた。


「楽しんでくれたみたいで、良かったわ」


 その言葉に長吉もホッとした。

 強引に押しかけてしまったが、彼女の方こそ楽しんでくれたようで良かったと、そう思う。

 

 そっと横目で可憐を見ると、彼女はそわそわ落ち着かない。

 麗華達が戻って来るのを今か今かと待ちかねているようだ。

 

(……お嬢も嬉しそうだし、言う事無しだな)


 やはり体当たりが物を言う。質量は正義だ。それは体格も思いも変わらない。

 

 この学園に転校して来て良かったと、長吉は心からそう感じるのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 麗華たち三人がトイレから戻ってきた後、休憩も兼ねて部室でお茶会と相成った。

 

 麗華は紅茶を口に運びながら、やれ茶が温いだの、香りがどうこうだの、文句を言い連ねている。

 ――が、結局お代わりまでして飲み干してしまった。その様子に、長吉は密かに感心する。

 本当にわかりやすい女である。これは褒め言葉だ。

 

 そうして和やかなお茶会がひと段落し、それを見計らったように可憐が口を開いた。

 

「良かったわね、委員長さん。部員が三人も増えたわ! これでもっと賑やかになると思うの」

「ちょっと、ちょっと! お待ちなさい、誰がこの部に入るって言ったんですの!?」


「あら」可憐がいつもの調子で小首を傾げた。


「テンプレさんは、もう何処か別の部活に入っているのかしら?」

「いい加減、その呼び方はやめなさいな!?  ……わたくしはお稽古事で忙しいんです。部活に入っている暇なんてありませんわ」

「そう」


 可憐が頷く。

 

「なら、決まりね」

「暇は無いって言ってるでしょう!?」


 その怒鳴り声も、涼やかな風と受け流し、可憐はいそいそと入部届を取り出した。

 

「はい、ここにサインね。三人分あるから、心配しなくていいわ」

「ええ!?」「私達の入部も決定事項なんです!?」


 悪徳詐欺に引っ掛かる構図というのは、こういうものなのだろうか。

 流石に哀れになり、長吉は口をはさんだ。

 

「お嬢、入部は本人の意思を確認してからが良いと思うぞ。強制は駄目だ」


  可憐の頭に手を置き、そっと目線を合わせる。


「お嬢も、自分がやられて嫌な事は、他の奴にしたくないだろう? こいつ等だってそうさ」

「そ、そうね。吉備津さん、番場君の言う通りよ。部員が入るのは嬉しいけど、あまり強引なのはちょっと……」


 弥生もその意見に同意したのを見て、可憐も反省したのだろう。

 麗華たちに向き直って、素直に頭を下げた。


「ごめんね、三人とも。ちょっと調子に乗りすぎちゃったみたい。もう帰っても大丈夫よ。付き合わせちゃって悪かったと思うわ、本当よ」

「え……も、もう終わりですの?」


 しかし、どういうわけか。意外な事に、麗華は戸惑うような、残念そうな顔を見せる。

 

「あと、一回くらい、遊んでも……」


 その呟き声に思わず、長吉は麗華の顔をまじまじと見てしまう。

 楽しんでいるとは思ったが、予想以上に嵌ってしまったようだ。

 

 麗華が、ハッとして口をつぐむ。

 長吉の視線を感じ、ようやく自分が何を言っているか気付いたのだろう。

 慌てて立ち上がると、誤魔化すように矢継ぎ早に言葉を繰り出した。

 

「ま、まあ! 庶民の遊びにしては有意義な時間だったと思いますわ。ええ、まあ。ちょっとは楽しかったと思います。少しだけ、少しだけ、ね! でも、やっぱりこんな遊びは私には似合いませんわ!」

「そうですね、麗華さま!」「ガッツリ楽しんでいるように見えましたけど、その通りですね!」


 取り巻き二人の追従に微妙な顔を見せると、麗華は身を翻し、出口へと足を向けた。

 その背に、弥生が声をかける。

 

「あ、あのっ! もしよかったら、いつでも遊びにきてくださいね。私達、放課後は毎日ここでゲームをしていますから」


 遠慮なく、どうぞ。その柔らかい言葉がどう聞こえたか。


「……まあ、気が向いたら」


 そう言うだけ言って、縦ロールのお嬢様たちは部室を後にした。


「余計な事を、しちゃったかしら。駄目ね、私」


 こつん、と可憐が自分の頭を小突く。


「でも、後悔はしてないの。だって、楽しかったわ。三人と一緒に遊べて、嬉しかったの」


 ごめんね、と可憐が弥生に頭を下げる。しかし、弥生は首を振って微笑んだ。


「いいのよ。吉備津さんも、この部の事を考えてくれたのでしょう? 私も金流院さんたちと遊べて、本当に楽しかったわ」


 そう言って、可憐の手をそっと握る。幼子をあやすようなその仕草は、弥生らしい優しさに満ち溢れていた。

 やはり女神か。長吉の心に得体のしれぬ畏敬が巻き起こる。


「俺も楽しかったぜ、お嬢。それに、心配する事はねえさ」


 え? と、少女二人が揃ってこちらを向く。彼女たちに笑みを返し、長吉は腕を組んだ。


 あの手の連中は、前の学校にも居た。

 一見、取っつき難い奴ほど、付き合ってみれば意外とノリが良かったりするものだ。

 長吉は経験からそう悟る。

 

 男と女の違いはあれど。金流院麗華は、長吉の目で見ても、十分すぎるくらいにゲームを楽しんでいた。

 そして、あの負けず嫌いの性格から察するに――――

 

 「多分、そう遠くないうちに。またあの連中はここにやってくるだろうよ」


( ヤ∀ ス)番長は母性的な女性に弱いというか、その愛情表現に憧れてる節があるっス!


( ヤ∀ ス)「母の愛」っつう物を知らないので……



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