9.激突! お嬢さまVSお嬢さま!
「と、いうわけでな」
「遊びに、来ちゃったぞ☆」
「帰ってくださいましっ!!」
声も枯れよとばかりに、金流院麗華が叫ぶ。
閑散とした放課後の教室。響き渡ったその怒声に何事か、と数名の生徒達が振り向く。
しかし長吉の姿をそこに認めると、みな知らないふりをして、そそくさと教室から出て行ってしまう。
どうやら、他クラスでも長吉の評判は健在のようだった。
「だって、借りを返す! ……なーんて言いながら、ちっとも話し掛けてこないんですもの。食堂でも私達を避けてるみたいだし。それじゃあ、つまらないわ。寂しいわ」
だからね、と可憐が微笑む。
「こっちから押しかけたってわけなのよ」
「わけなのよ、じゃありませんわ! 方便ってものを考えなさいな! ……ちょっと、何でそこで首を傾げるんですの? 私、間違った事言ってませんよね!? ねえ!?」
「落ち着いてください麗華さま!」「相手のペースに乗ったら負けです!」
取り巻きA・Bが、左右から宥める。そのおかげか、麗華は少し冷静さを取り戻したようだった。
「ふん……しかしまあ、無様なこと。吉備津財団の一人娘ともあろうものが、友達も作れず、哀れなボッチに堕ちるとは……オーホッホッホ! 愉快! 愉悦!」
いつものポーズで高笑いを決めるテンプレ縦ロール。
その仕草は恐ろしい程良く似合っており、ここまで完璧だと腹も立たない。
「テンプレさんは、お友達多いのね。いつも食堂で大勢の女の子たちに囲まれてるし。その秘訣ってなんなのかしら? 良ければ教えてほしいわ」
「ふふっ、何を言い出すかと思えば。そんな事もわかりませんの? 私の全身から溢れて滲みでる、この気品。高貴な者のみが出せるオーラの賜物ですわ。加えて、日々の努力によって保たれるこのスタイルに、教養の深さ。どれをとってもパーフェクト! あなたのような、ちんちくりんの小娘には成し遂げられない偉業ですことよ」
本日二度目の高笑い。豊満に実った胸をこれでもかと反らしている。よほど自分に自信があるのだろう。そのスタンスには長吉も逆に感心してしまう。
だが、それはそれとして、ムカついたので床を足ドンしておく。
教室が軋んで揺れて、麗華と取り巻き達が引っくり返った。
「勉強はどうにかなるだろうけど、スタイルは無理ね。私の胸もお尻もちっちゃいし。そこは完敗だと素直に認めるわ。ウシ乳さん」
「ぐぅ……っ! おのれ誰がウシ乳かッ! テンプレより不名誉な仇名を付けないでくださいましッ!」
机に手を付いて、這い上がりながら麗華が叫ぶ。やはり根性はある。
見事な物だと長吉も感心した。
「そこっ! 何をウンウン頷いてますの!? えぇい聞きなさい二人とも! スタイルだけではありません事よ。勉学においても、スポーツでも。何をとっても、貴女に負ける事なんてあり得ませんわ。この金流院麗華の辞書に敗北の二文字は無いのです!」
「ふうん……じゃあ、勝負してみる?」
「あら、身の程知らずなおチビちゃんですこと。良いですわ、この間の借りを返すには絶好の機会ですし。何でも受けて立ってさしあげましょう!」
麗華が、うっすらと微笑む。うって変わって優雅な表情だ。
自分が負ける事などあり得ない。どんな勝負であろうと勝利する。
それは絶対の自信が込められた、不敵な笑みだった。
「よし、決まり! 場所はこっちが選んでいいのね? それじゃあ、行きましょうか」
「ええ、何処へなりとも連れて行きなさい。どんな卑劣な罠を持ち出そうとも、正面から王道を持って打ち砕く。それが、金流院家の家訓ですわ」
「フラグが立った気がしますが流石です、麗華さま!」「あんな小娘、ギッタンギッタンに伸してやってくださいませ!」
取り巻き達の声援を受けて、麗華が栗色の髪をふわっと靡かせた。
小首を傾かせ、こちらを見下すような視線を向ける。堂に入った仕草。どこまでもテンプレートに沿った女だ。
「ふふふ、貴女はすぐに思い知るでしょう。私との絶対的な差と言うものを、ね。もう、吐いた唾は呑めませんわ。迂闊な言葉で勝負を挑んだことを、貴女は後悔するでしょう。やめてくれ、帰らせてくれと言っても、もう遅い。絶望に喘ぎなさいな……フフフ……ホホホ……オーッホッホッホ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「新入部員を連れてきたわ!」
「帰らせてくださいましっ!!」
僅か数分で己の言葉を後悔する羽目に陥った、金流院麗華。
しかし、吐いた唾は呑めんのである。最後尾の長吉が、逃げられないように後ろ手で扉を閉めた。
卑劣な罠に引っ掛かったと悟ったか。哀れな少女たちは、みな一様に絶望の表情を浮かべている。
ただ一人、事情を良く呑み込めていない弥生だけが、目を丸くしてこちらを見ている。
「え……金流院さん!? どうして、ここに……?」
「それはわたくしの方ががお尋ねしたいわ。新入部員ってなんですの!? 大体、ここ何なんですかっ!?」
「ここ? ここはねえ、非電源遊戯研究部よ! カードゲームとかして皆で楽しく遊ぶのよ」
「カード……ゲーム……? トランプとか? ポーカーとか?」
可憐の答えに、麗華が首をひねる。
流石の彼女も、こういったゲームはよく知らないのだろう。
頭の上に「?」のマークを浮かべたまま、戸惑うようにそう呟いた。
「トランプなどもそうですが」「どちらかといえば、もっと幅が狭く」
「「とんがった娯楽性のゲーム全般を指して言いますね」」
取り巻きA・Bがつらつらとそう捕捉する。意外に知識や雑学が豊富のようだ。
「アニメのキャラクター物のゲームも多いですし」「一般よりもマニアックな趣向の方が遊ぶ傾向もありますね」
「ふうん、つまりオタク寄りのゲームってわけですか。全く、バカらしい。そんな物で勝負しようと言うのですか?」
あら、と可憐が微笑む。その顔が今朝のアンナのそれと重なって見え、長吉は密かに戦慄する。
子は親に似ると言うが、そんな所まで共通しなくても良いのに。
長吉の心配なぞ、どこ吹く風。しかしてお嬢さまは不敵に笑う。
「どんな勝負でも受けるのよね? 吐いた唾を飲み込んじゃうの? 汚いわ、見苦しいわ」
「な、なんですって!? いいでしょう! こんな程度の低いゲームに参加する事自体が苦痛ではありますが、望み通り受けて立って差し上げますわ!」
これでもう、彼女は後には退けまい。
歯をむき出し、唸り声を上げるその様は、高貴なお嬢様と言うよりも、飢えた獣だ。飢狼である。
(……前にもこんな事を思った気がするが。つくづく面白い女だ)
「さあ、ルールを説明しなさい! こんなゲーム、サクッと終わらせて、サッサと帰らせてもらいますわ!」
そんな長吉の内心を余所に、金流院麗華は高らかにそう宣言した。