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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【BL】吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風を嵐といふらむ

作者: キトー

 嵐士(あらし)は呆然としたまま机に座っていた。唇に残る感触は、少しカサついたもの。

 キスをされたと嵐士が気づいた時には、もう一人で立ち尽くしていたのだ。

 高校生活も二年目に差し掛かるという時に起きた出来事だ。


 事は数分前に戻る。

 新学期前と言う事で大掃除が始まり、嵐士は友人と共に空き教室へと振り分けられた。

 日頃使われていないその場所は机に少し埃が溜まっていたものの、数回拭き掃除を行えば簡単に終える事が出来て、二人は時間を持て余す。

 他の掃除を手伝う気にもならなくて、二人して掃除を終えた空き教室でダラダラと過ごしていた。いわゆるサボりである。

 そんな時に事件は起きた。友人に、少なくとも嵐士は友人だと思っていた相手に、キスをされたのだから。


 友人の名は静也(しずや)。名前の通り、おとなしいタイプの人間だ。

 一方嵐士はよく喋る賑やかな人物で、静也とは正反対と言っても良い。

 嵐士は静也と初めて会った時に苦手意識を持っていた。

 クールだとか言われてひっそりモテていた静也に嫉妬していたと言うのが正しいが。

 それでも二人は友人になった。

 嵐士が一方的に話す事が多いが、静也はいつも無表情ながら黙って嵐士の話を聞いていた。

 同じような賑やかな友人と学生らしく馬鹿みたいに騒ぐのが好きな嵐士だったが、時折静也に黙って話を聞いてもらうその時間が、心地良くも感じていたからだ。

 話す内容はくだらない事ばかりだが、笑うでもなく呆れるでもなくただ静かにそばで耳を傾けてくれる存在が嵐士には珍しく、気が付けば心地良い存在となっていた。

 静也と友人でいられる事が嬉しかった。

 しかし、関係を壊したのは静也だった。


「……何だよ今の……」


 我に返った嵐士が発した言葉はこれだけだった。

 未だに静也にされた事の実感がわかないからだ。

 机に寄り掛かって、いつものようにくだらない話をしていた筈なのに、だんだん近づいてくる静也にあれ? と違和感を持った時にはキスをされていた。

 おまけにキスをされたと気づいた時にはもう相手がいないのだから、実感もわかなくて当然だろう。

 だが、唇には確かに感触が残っている。

 そっと自分の唇に触れて実感してしまったら、芋づる式にズルズルと先程の記憶が蘇る。

 顔にかかる僅かな吐息だとか、伏せられた睫毛だとか、自分の手に添えられた大きな手だとか。


 キスを終えた時に見た、真剣な眼差しだとか。


「──っ!?」


 実感してしまうと、一気に顔に熱が集まった。

 床にズルズルと座り込み、何かから隠れるように顔を両手で覆う。

 何でキスされた? 自分達は友人じゃなかったのか? これからどんな顔して会えば良いんだ?

 考え出せばきりがない程に疑問符が頭を飛び交った。

 せめて相手の意図を知りたいのに、肝心の相手が居ない。いや、これは逃げられたと言うべきか。

 そう思うと、ふつふつと湧いてくる感情。


「──……のヤロウ……っ」


 立ち上がった嵐士は、勢いよく空き教室を飛び出した。


 * * *


 静也は後悔していた。

 衝動に任せて行動してしまった自分にだ。

 静也は嵐士が好きだった。それはもう、思わずキスしてしまう程に。


「……だからってあれはねぇだろ……」


 恋人同士でも何でもない、しかも同性の友人にキスなんかされて、嵐士もさぞかし驚いた事だろう。

 なんせ静也自身も驚いている。

 だからつい、逃げてしまったのだ。逃げ込んだ先は誰もいない屋上。壁に寄りかかりながら見上げた空は、腹が立つほど晴れていた。


 ずっと隠していた想いだった。これからも隠し通すはずだった。

 やかましいやつが居るな。静也が最初に嵐士に持った印象だ。

 やかましい場所には、いつも嵐士が中心に居た。

 嫌でも聞こえてくる会話は中身なんて無く、今後の人生で役に立つとは思えなかった。

 アホらしい、くだらない、時間の無駄だ、他所でやれ、静也が向ける感情は決して良いものでは無かったのだ。

 そんな静也に嵐士が話し掛けてきたのは、ほんの気まぐれだったのだろう。

 苦手な相手とは言えクラスメートを無視する訳にもいかず、仕方なく話だけ聞いていた。

 そのうちこいつも飽きてすぐに離れていくだろうと思っていたのに、嵐士から出てくる話題は尽きることなく延々と続く。それはもう呆れるほど延々に……。

 良くもまぁここまで喋られるものだと思わず感心したほどだ。

 そして更に予想外だったのが、その後も嵐士は静也に話しかけるようになった事だ。

 ころころと変わる話題と表情。眩しすぎるほどの明るい性格。一緒にいて楽しいと全身で表してくれる素直な嵐士。

 そんな彼に惹かれるようになるのはそう時間はかからなかった。

 とは言え、自分からしたらたった一人の大切な人であっても、嵐士からしたら沢山いる友人の内の一人なのだろうと静也は考える。

 だから、いつの間にか育ってしまったこの想いは、秘めたままでおくはずだったのに。


「……馬鹿だな俺は……」


 もう、今までのように友人顔してそばには居られないだろう。

 驚きで固まっていたすきに逃げるように去ってしまった静也であったが、驚きが過ぎた後の嵐士の感情は、怒りだろうか、悲しみだろうか、それとも、嫌悪感だろうか。


「いたーッ! 静也てめぇこのヤローッ!!」


「なっ……!?」


 怒りだった。

 まさかこんなに早く追ってくるとは思わず静也は絶句する。

 あんな事をしてしまったのだから、しばらくは気まずさで顔を合わせる事も出来なるなるだろう。

 そのまま話す事もなくなって、疎遠となって、過去の思い出になるのかもしれない。

 そんな考えが頭を占めて、ずぶずぶと底なし沼のように沈んでいた感情。

 それを無理矢理引っこ抜かれたような気分で、静也は胸ぐらを掴み上目遣いで睨む嵐士を見ていた。


「お前を探すのにめちゃめちゃ走り回って先生に怒られただろうがこのヤロウっ!!」


「……それは俺のせいじゃ無いだろ」


「うるせぇ!!」


 怒られているはずなのに、なぜだか心は軽くなる。

 もう二度と話せないかもしれないと思っていた相手と、変わらず話せている。それがどれほど静也の心を救っているか、きっと嵐士は知らないだろう。


「何なんだよあれは!? 説明しろ!」


「……悪かった」


「んな事訊いてんじゃねえっつの!!」


 突然核心を突いた問に謝罪の言葉を漏らしたが、嵐士はそれでは納得しなかったらしい。

 キスをした理由、そんなもん一つしかないだろうがと思うが、それを伝えたら今度こそ後戻り出来なるなるのではないか。再び静也は臆病風に吹かれる。

 しかしやっぱりそんなことお構い無しなのが嵐士と言う男である。


「キスしたって事は俺が好きなのかよ!?」


「──っ!」


 どうしても言えなかった言葉を嵐士はあっさり口にする。

 しかしそんな物はまだ序の口で、静也の返事を待たずに続けられた言葉は更に衝撃が強かった。


「俺はなぁ! そんなに嫌じゃ、無かった、ぞ─……あれ?」


「は?」


「え?」


 静也だけでなく、言った張本人まで言葉を失う。

 何言ってんだ? と言う顔になったのはお互い様で、先に赤くなったのは嵐士の方だった。


「あ? いや、何言ってんだろ俺……わ、忘れて……」


 先程までの勢いは何処へやら、視線をさまよわせて静也の胸ぐらから手を離す。


「……おい、今のどう言う──」


「あーっそういや先生から呼び出しくらってんだ俺!! じゃ……じゃあなっ!!」


「あっ、おい!」


 静也が伸ばした手をすり抜けて、嵐士は動揺を隠さぬまま屋上から走り去る。

 残された静也は呆然と立ち尽くしていたが、次第に緩んでくる顔を片手で隠した。

 どう考えても、何度もそんなはず無いだろと自分に言い聞かせても、出てくる答えは己に都合の良すぎるもので……。


「……何だよ今の……」


 なるほど、あいつは確かに嵐そのものだ。

 静也の心を荒らしに荒らして去っていった、今はまだ友人である嵐士。

 静也は耐えきれない笑みを口角に浮かべながら屋上を後にする。


 さて今度は、逃げた嵐士を静也が捕まえる番である。


 草木が萎れ、山風が嵐を呼んだその後は、一体何が待っているだろうか。


 end

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