20mmの凶器
リアル仕事と2巻目書籍化作業の並行で更新遅れています
ご迷惑かけします
養老樹せれんの視線が、智彦に突き刺さる。
鋭く……そして心底面倒そうな感情を含んだ眼光だ。
「いや、せれん。俺は何もしてないよ?」
「なに言ってるのよぉ、今回も早速しっかりがっつり関わってるじゃないのぉ」
少し垂れた目の下に色濃く浮かんだクマ。
白衣姿の養老樹は大きく息を吐きながら、ギキィと椅子へ腰を下ろした。
首から下げた十字架が揺れて胸部へとあたり、カチャリと弾む。
智彦は今、養老樹が拠点としているサンバルテルミ総合病院の、とある部屋に招かれている。
白が支配する、明るい地下室。
養老樹の座るデスクには大きなパソコンが鎮座し、壁と一体化した液晶画面に様々なデータが映し出されていた。
そして、銀色のストレッチャーに乗せられた、六の遺体。
先日、智彦達がスクラップヤードで見つけた、そこを拠点としていた悪漢どもだ。
「まぁ姫さンの言うこともわかる。面妖な事件に関して、何故かお前がいるからな」
「八俣の場合、怪異の方からやってきてるイメージだもんな」
同じく室内にいる若本と縣が、養老樹の愚痴を笑いながら肯定する。
笑い声に混ざった女性の声……迫浴が養老樹の横へと陣取り、パソコンを操作し始めた。
「さながら異常事件のローマねぇ。……さっ、冗談はここまで。早速ですが、はじめさせて頂きますわぁ」
「いや、本気だったよね?」
「あらぁ? ふふっ。……それじゃ舞子、よろしくねぇ」
「アイアイ、マム。これ、二日前の犠牲者のムービーでス」
智彦ににこりと微笑んだ養老樹が、横の迫浴へ声をかける。
すると、養老樹の座るデスクの上……大きな液晶パネルに、ある映像が流れ始めた。
『いぇーい!』
『あはは、飲み過ぎだって!』
場所は、繁華街より少し離れた少し暗めの場所。
それでも人は多く、楽しそうに酔った若者が笑い声をあげている。
少しの間続く、中身のないどうでもいい会話。
その穏やかな空気を、大きな音がぶち壊す。
「んびゃ! のぽぉおおお! たじゅいでででで⁉」
「体のながに何かがいどぅ! ぴゃ! のーうーがぁぁぁあ!」
乱暴に開かれたBARのドアから這い出してきた、二人の若者。
周りの人々はその異常な様相に、あからさまに距離を開けた。
「たじゅげ! げででで! 喉がらなにががあがってぐるよお!」
「ぴょぺ! あば⁉ ひゅっ、まっでまっんぱぱぱぱぱ!」
狂っている。
それか、薬物の影響。
糞尿を撒き散らしながら踊り狂う二人を、人々は只々顔を歪めて眺めているだけだ。
「……アレだな。思ったより、スマホを向けないンだな」
「この間そうやってかなりの数が死んだだろ、とっつぁん。流石に学んだんだろうさ」
「あー、そうだったな。良い傾向、と考えてよいもンかねぇ」
若本と縣から視線を向けられ、再び智彦は「えぇ……」と漏らす。
その後、BARの関係者が二人を介抱しようとするも手が付けられず、映像が止まった。
実に5分以上……救急車が到着するまで、二人が奇声を上げながら苦しむ様の映像だ。
「……この後、彼らは救急車の中で息を引き取りました。死因は……まぁ、体内損壊、って感じかしらぁ」
動画が停止され、数枚の画像が映し出された。
人を積み木の様に切り取った、肉片。
脚、胴体、臓器、頭蓋内の断面図がパーツごとに映し出されている、が。
そのどれもが、まるで蛇がうねうねと這ったかのように……中身が喪失している。
(蟲笛……じゃ、ないよね。あれはもう壊したはずだし)
智彦の中に浮かんだ、地獄での記憶。
まだ異界化する前の富田村では、実に残酷な因習が収穫祭にて行われていた。
巫女の体に埋め込んだ蟲の卵を蟲笛なる道具で一斉に孵化させ、巫女の体内を食い破らせる。
巫女を餌とした蟲は村の田畑に潜り、翌年の稲穂を実らせるという……吐き気を催す神との契約。
巫女は……いや、生贄は、蟲が体内を食い破る痛みから逃れるために体を必死に動かし……村人たちはそれを舞として楽しんでいた。
映像に流れる男達が何となくではあるが……それに、智彦は見えたのだ。
「せれん。もしかしてこれって、蟲の仕業……?」
思えば、あの小屋内の死体も「蟲に喰われた」ようにも見えてしまう。
映像内の被害者は、恐らく体内を食べられている段階。
いずれ、小屋内の……この部屋で寝かされている死体の様に、蟲が這い出て外面も食むのだろう、と。
智彦は眉を寄せ、養老樹へ尋ねた。
「蟲みたいに、目に見えるものであったら良かったんだけど、ねぇ」
智彦を見ながら、大きく息を吐く養老樹。
どうやら、蟲ではないらしい。
「八俣智彦、貴方、殺人アメーバって聞いたことあるかしらぁ?」
「殺人アメーバ……?」
養老樹から放たれた、なんとも物騒な言葉。
智彦は記憶を漁るも、普通のアメーバはともかく殺人の方は聞いた覚えが無い.
いや、戦車を好きに改造できるゲームでそういう名前の敵がいた記憶は、何故かある。
「殺人アメーバは昔からある都市伝説……じゃなく怖い話の一つだな」
首を捻りそうな智彦を笑いながら、縣が説明を始める。
とある国で、プールで遊んだ少年二人が体調を崩し、病院へと搬送された。
最初は高熱に加え激しい咳を繰り返し、次第に意識が混濁。
医師とのやり取りに微かに反応を見せるも、まるで生きた屍の様相だったという。
結局その少年二人は死亡したのだが……解剖した結果、脳みその殆どが喪失していた、との事だ。
「んで、その犯人が殺人アメーバってわけだ」
極めて小さい、肉眼では到底捉える事のできないアメーバによる、死亡例。
それは『脳を食べる』『頭蓋骨の中が空っぽ』といったショッキングな遺体の状況。
そして有効な治療法が無く、まず助からないと言われる『高い致死率』。
これが、プールや水辺といった身近な場所に存在する、恐怖。
以上の要素がまとまり、『得体の知れないモノ』としてホラーや怖い話のカテゴリーで語られるようになった、と。
縣は説明を終えて、一呼吸置いた。
「マダニみたいなものかぁ」
「マダニと違って小さすぎて見えねぇんだよ。あとグロさを考えるとやっぱ殺人アメーバの方が怖いと思うぜ」
「だろうね。……一昔前なら、呪い扱いされてたんじゃないかな、殺人アメーバ」
あらぁ、と。
養老樹の嬉しそうな声が、室内に響く。
「面白い考えねぇ、八俣智彦。でも確かに過去にそういう事もあったかも知れないわぁ」
塩素消毒されてる日本の水道水は……飲む分には別として。
そもそも胃酸で死滅するから、多くの侵入経路は泳いだりした際の鼻からだ、と。
前置きをする養老樹。
「殺人アメーバ……フォーラーネグレリアは池や湖といった淡水に生息してるのよ。あとは土にもいるわねぇ」
アメーバは、まず視認できない大きさだ。
もし殺人アメーバが認知されていない時代に被害者が出たとしたらどうなるか。
「もしかしたら、フォーラーネグレリアのいた湖や土地の呪い……って話が広がることもあったかも知れないわねぇ」
何せ体調を崩したと思ったら明らかに異常な様相を見せ、そのまま時間を置かずに死ぬのだ。
しかも外傷も無く、何者かに襲われたといった話も無かっただろう。
「禁足地とか呪いの泉とか……案外そういうのが由来なのかも、ね」
「最近だとスティルウォーターですネー。あれめっちゃデンジャーですから」
また聞いた覚えが無い新しい単語が出てきたぞと、身構える智彦。
すかさず説明を始めようとした迫浴だが、その流れを若本が遮った。
「話の途中にすまン。結局、一連の流れはその殺人アメーバって奴の仕業、ってことか?」
そこら辺にいるアメーバがああも人間を喰らうのか、と。
それは、若本の中に生まれた純粋な疑問からくる声だ。
「話が逸れてましたわねぇ。結論から言うと、全く別の殺人アメーバ……と考えて頂ければ」
養老樹が迫浴に指示を出すと、画面に半透明な物体の画像が表示された。
楕円形で、大きさは……比較として置かれた一円玉と、同じほど。
そして真横の液晶パネルに、二体の死体も映し出される。
「これは今月初め、別の繁華街で死亡した……先程の連中と同じ組織、えっと、なんだったかしらぁ」
「堕悪棲寧苦、ってファッキンダサい名前でしたデス」
「……えぇ、そこに属する人間のですわぁ」
自分で言うのが嫌だから迫浴に言わせたな、と考えながら男三人は死体の画像を見る。
外面は綺麗……だが、各部位を解剖した結果、やはり中身は壮絶に食い尽くされているようだ。
「死因は同じ……かな?」
話の流れからして、そして死体の状況から、殺人アメーバの仕業だろう。
肉も、臓器も、脳も、真っ直ぐに食い破っている。
が、智彦は何となくだが違和感を抱いてしまった。
「喰い方が綺麗だな」
「……あ、そうか。なんか一直線なんだ」
縣の指摘通り。
最初に見た……つい最近の遺体は、体の中をジグザグに喰われていた。
が、映し出されている……最初の被害者の遺体は、智彦が言うように直線状だ。
単に、お腹が空いていた殺人アメーバがお腹いっぱい食べたようにも見える。
そう、見えるのだが……。
「なンつーか、相手を苦しめる方法を学習してるみたいだな」
「何を馬鹿な、と言いたいところなんですが、否定できないのよねぇ……」
「イェス。たまたま……であってくれればどれほどGoodでしたかネー」
またもや、養老樹……と迫浴の、深いため息。
そうなのだ。
若本がつぶやいた通り、殺人アメーバがより相手に絶望と苦痛を与えているように……智彦にも見えたのだ。
「せれん、アメーバって知能が高い、というかあるの?」
「いいえ。いいえ、八俣智彦。アメーバは単細胞生物。学習はするけど、あり得ないわぁ」
「学習はするんだ?」
「するわよぉ? 知能ではなく知性はあるんだから」
養老樹曰く。
餌を出口に置いた迷路に対し、アメーバは記憶と学習を繰り返しそれに辿り着く知性は持っている、らしい。
「あとこれが一番重要なのだけど、今回の殺人アメーバ……人間の細胞を持ってるのよねぇ」
智彦が首を傾げる中、縣と若本が「はぁ?」と眉を顰めた。
人間の細胞から成るアメーバ。
それは、各々の思考に様々な予想を手繰り寄せる。
「人間がアメーバになった……のか? 怪異か、妖怪か」
「いや、人間を喰ったから細胞があるのは当たり前だろうよ。 だよな、姫さン」
「正直私にもサッパリ、ですわねぇ。人間の細胞できていて知能があり……人を喰らい殺すアメーバ。そんな物騒な存在がいるのは間違いない、かと」
憂鬱な表情を浮かべた養老樹。
その横では迫浴が立ち上がり、大きな冷凍庫から何かを取り出した。
「これが実物のMurderアメーバでス」
セピア色の髪を揺らし、迫浴は一同の前にハガキ程の……真空パックされた容器を置いた。
中には先程映し出されていた、楕円形の……1円玉ほどの大きさの殺人アメーバだ。
「……大きくないか?」
「大きいな」
「目に見えないって言ってたよね、確か」
男性三人の声に、迫浴も養老樹と同じような表情を浮かべる。
「イエス、これは以前のCorpseから取り出しました。残念ながら、この部屋にCorpseにはいねーでしたでス」
それはつまり、捕獲されないように逃げた……という可能性もある。
もしかしたら、見つからないように未だ死体の中に隠れている可能性もだ。
なるほど知能があるなぁと、智彦は真空パックされた殺人アメーバを見て、ぼそりと零した。
「……これが体の中を食い荒らすのかぁ」
ツリガネムシより痛そうだなと考える智彦だが、縣と若本は顔を歪めて智彦を睨みつけた。
「痛い痛い痛い痛い!」
「やめろよ八俣、考えないようにしてたのに!」
智彦が目を向けると、二人とも思いっきり鳥肌を立てている。
そんなコントを見ながら、養老樹は小さく笑い、近くの椅子へと腰を下ろした。
「最初はね、これらは全部島神の仕業だと考えてたのよぉ」
「ですデス。死に方、全く同じでした」
最初の犠牲者が出た時と同じ日時。
当時世間を騒がせていた三人組……硯銀二達がテレビの生放送中に死亡した。
その様相が……奇声を上げ狂ったようにもんどりうつ様が、殺人アメーバによる犠牲者と酷似していた。
故に、養老樹は一連を島神による誅殺だ、と。
そう考えていたという。
「まぁ死体を……失礼、蓋を開けてみれば性質が違うし、名前がダサい方は戦艦島と全く関係ありませんでしたわぁ」
「イエス。三人の方、中をEatというより、何かが這いずってすげーPainで悶死してたでース」
横からの息を飲む音を聞きながら、智彦は再び首を傾げる。
何故ここで戦艦島の名前が出てくるのか。
と、そこで思い出す。
親友夫婦と海の幸を楽しんでいた時に、確かそういうニュースを聞いた覚えがあるな、と。
「……まぁ、相も変わらず八俣智彦繋がりねぇ」
「ですネ。ちょっと自重なさいマセー?」
「いやいや、俺は関係ないよ⁉ ……ないよね?」
確かに戦艦島にはいたし、とある騒動に巻き込まれた。
が、全く無関係な人たちの死にまで智彦は関わっていないつもりである。
「……今回の事件も常識から離れすぎてるな。しかもわからンことが多すぎる」
若本の面倒そうな、吐露。
島神によって誅された三人は別として。
同時期に死んだ二人。
映像にあった、二人。
スクラップヤードで見つかった、六人。
彼らは全員、殺人アメーバによって殺されている。
その根底には……。
「堕悪棲寧苦、だっけか。そいつらに恨みがある何者かの仕業ってことだけはわかるンだがな」
被害者はすべて、堕悪棲寧苦なる半グレのメンバーだ。
しかも直接的ではなく、殺人アメーバによって凄惨に殺している。
そこには強い……そして深い復讐心が作用しているのではと、若本は考える。
「奴らはすでに犯罪者だ。数えきれないほど恨みを買ってるだろう」
堕悪棲寧苦のやんちゃの枠を超えた犯罪行為で、多くの人間が不幸な目に合っている。
であれば、復讐を企てる者は多いはずだ。
問題は誰が、だ。
「復讐者が、生者か死者か、だな……」
生者はともかく、死者が復讐を行う。
通常ではあり得ない。
しかしながら、それを成せる存在が、いる。
「……なぁ、八俣。【恨み神】が関わってるかどうかわかるか?」
「それは私も考えてたわぁ。 タナトスであればこの不可解な状況を作り出せる、けど。……どうかしらぁ、八俣智彦」
殺人アメーバを使っての復讐。
到底、普通の人間が成せることではない。
故に、復讐を手助けする怪異……【恨み神】が関わっているのではないかと、一同は考えていた。
……だが智彦は、首を横に振る。
「違うと思う。うまく言えないけど……彼女の気配は感じないよ」
まだ片手で収まるほどだが、智彦は【恨み神】と幾度か接触している。
その影響か、彼女が力を貸したかどうかを何となくではあるが感じ取れるようになっていた。
復讐の手助けするために、その人の背中を強く押す……、そんな気配を。
「八俣、お前それだけで今後一生飯を食えるようになるぞ」
「だな。警察としては【恨み神】案件かどうか判るだけで全然違うからな」
「というか、何度も遭遇するのがおかしいのよねぇ」
「マジそういうとこですヨ、八俣さん」
「えぇ……」
本日何度目になるかわからない、じと目の集中砲火。
智彦が理不尽だと声を上げる直前に、入り口のドアが開いた。
「失礼します! スクラップヤードと溺死死体の情報、を……何ですかこの空気」
入ってきた若本の同僚である、能登が。
部屋に漂う疲れた空気を察して、こちらもまた「また何かしたでしょ」、と。
智彦に視線を向けた。




