違和感
前話の「八俣智彦はわからない~」の内容を後半かなり変えてます
こちらを読む前にそちらを確認して頂ければ!
心地よい風が、グラウンドを吹き抜ける。
緑に少しだけ交ざった秋色の植物を揺らし、河川へ緩やかな波を描いていく。
「八俣、サッカーのルールはわかるよな」
「オフサイド以外は理解してるつもり」
「あー、あれやってる側だと厄介なんだよなぁ」
グラウンドで交わる選手たちを視界に収めながら、智彦と縣は声援を飛ばす。
智彦としては野口はサッカーの上手な選手であり、この練習試合は彼の独断場だろうと考えていた。
が、なかなか相手チームが手強いように見えた。
「相手チーム、もしかして強豪校?」
「あぁ。隣町の高校だな。合宿所完備なエリート校様だ」
縣曰く、インターハイ常連として有名な高校らしい。
現に応援の数が先程から増え、大きな垣根を作っている。
「あちらさん、町長自身が応援しに来てやがる。ほら、あのサンバを踊ってる……」
「なんで町長がサンバ。何故かジグザグに踊ってるし」
とりあえず相手チームが強い、ということを智彦は理解した。
……野口のサッカーの強さも、同時に。
同様に、野口のチームメイトも負けてはいない。
互いに、攻撃と防御が拮抗している状態だ。
「……八俣が助っ人で参戦すれば、覆るかもな」
「やめとくよ。スポーツは苦手なんだ」
智彦にとって、スポーツは現在進行形で苦行だ。
以前はただ単純にスポーツが苦手で、体育は仮病を使い休みたいと考える程だった。
ソフトボールでは、ミットに吸い込まれるはずのボールを零し。
バレーでは、返したはずのボールが明後日の方向へ。
バスケでは、何故かトラベリングが多発し。
徒競走では、歯を食いしばって走る顔が必死過ぎと笑われ。
とにかく、他の同級生と比べ劣っていると自己嫌悪する程だ。
そんな智彦が、異能ともいえる力を身に付けた場合。
苦手である筈のスポーツは、どうなるか。
(力加減が難しくて、あまり動けないんだよね)
ソフトボールでは、バットが折れるしボールも弾けるし。
バレーでは、ボールが破裂するし。
バスケでは、ボールが爆散するし。
徒競走では、深刻な砂埃を生み出してしまう。
その為……一般人が混じった際は、力を加減する必要があり。
結果、周りからはやる気がないと思われがちだ。
(体力測定の時なんか、ほんと大変だったし)
もちろん、全力を出す選択肢も、もちろん存在する。
己の異能を最大限に使い、世界に記された記録を蹂躙する。
チームプレーなんざ知った事かと、個人の力で試合を破壊する。
今の智彦であれば、それは可能ではあるのだが……。
(必要性を感じないしなぁ)
智彦にとって大事なのは、日常だ。
家族である母親と過ごし、たまーに贅沢する程度の日常。
上村や縣、羅観香やせれん、そしてアガレスといった友人達と遊ぶ日常。
朝起きて、最初こそ無価値を考えていたが……学校に行って、放課後に友人や知人と交流して、帰宅して、母親と他愛もない会話をして、寝る。
そんな平凡ながらも繰り返される日常を、智彦は大事にしている。
そこにスポーツ界で成り上がる欲求は、存在しない。
(富田村に迷い込む前に運動部をしていたのなら違ったんだろうけど、ね)
智彦の視線の先、野口がパスされたボールを受け止め、敵陣地へと疾走した。
目指すは、相手チームのゴールポスト。
だが歓声の響く中、野口の前に立ち塞がる、二つの影。
「いかせるかよ!」
相手選手の一人が、野口のボールを奪わんと足を伸ばす……が。
野口は強襲を華麗に避ける。
「だらぁぁぁぁぁっ!」
続いて、もう一方が野口へと突進した。
反則をしてでも、野口を止めんとする。
……が、野口はそれすら躱し、目の前に鎮座するゴールポストを睨んだ。
「ひゅー、やるじゃねぇか、野口」
「う、ん……?」
感嘆を漏らす、縣。
一方智彦は、思わず首を傾げてしまう。
今一瞬、相手選手の動きが鈍ったような気がしたのだ。
「いっけぇ! 秀一郎!」
「決めてぇ! 秀一郎君!」
そんな中、野口がゴールポストにシュートを放った。
ボールは真正面……と思わせつつ、右端へクンッと曲がる。
誰もがシュートが決まると思った中、相手キーパーは油断なくボールへと反応した。
ボールへと延びる、手。
……が、あと一歩、届かない!
湧き上がる歓声。
皆が喜ぶ中、やはり智彦だけが首を傾げてしまう。
(やっぱりだ。キーパーも一瞬だけど動きが止まったような)
智彦の脳裏に“呪い”や“異能”が浮かんだ。
……が、悪いモノは感じなかったため、その可能性を斬り捨てる。
(まぁ、どう反応するか選択肢が多く出たんだろうな)
敵が鉈を振り下ろしてきた場合、受けるか、逃げるか。
それとも……。
いざという場面では、人はしばしば選択を迫られる。
決定にかかる時間が長ければ長い程、状況は不利になる。
智彦は身をもって知っているだけに、そういうものだろうと息を吐いた。
(っと、俺も応援に集中しないとな)
結果は、野口のチームが快勝。
強豪校相手への快挙はグラウンドを沸かせ、相手チームにすら褒め称えられるほどであった。
「いや、すげぇな野口の奴。まさかあんなに強……どうした、八俣」
「……ん、何でもないよ。野口君を労いに行こうか」
だがやはり。
智彦の目には、相手の選手たちの動きがおかしく見えた。
肝心な場面でミスをする八百長的な動き……ではなく。
(動作前に一瞬だけ、硬直するんだよなぁ)
智彦の脳裏に浮かんだのは、上村の家でプレイしたゲームだ。
ポリゴンのまだ荒かった、少し前のアクションゲーム。
主人公が技を使う直前に挟まる、ロード時間という硬直。
ああいう感じだなぁと、智彦は今日のヒーローへと目を向けた。
(まぁ良くはわからないけど、周りに害は無いし別にいいか)
喜びながら、冬馬と抱き着く野口。
チームメイトからも揉みくちゃにされながら、その視線はずっと恋人である冬馬を捉えている。
そして……、その視界には、少し離れた場所で微笑む堂前は入ってはいない。
「……うん?」
「わぁわりぃ、俺のスマフォだ」
堂前を眺める智彦の横から、着信音が聞こえた。
縣がベルトのバックルからスマフォを取り外し、通話をタップした。
(さて、この後どうするかな。野口君の戦勝祝いは後日だろうし)
今日の野口は、チームメイトや恋人の取り合いとなるだろう。
なら友人として祝うのは、今度でいい。
(進路を決めなきゃいけないし、星社長に話を聞きに……)
ポンと、肩と叩かれた。
縣が心底面倒そうな表情を浮かべ、バックルにスマフォを収めている。
「もしかして、仕事?」
「あぁ、この後お前とラーメン屋に行く予定だったのにな」
「そりゃ残念。手伝おうか?」
怪異関係であれば、友人として手伝えることは手伝いたい。
智彦からの提案に縣は顔を綻ばせるも、「あー……」と言葉を濁した。
「仕事というか、変な死体が出たらしくてな。見に来いってよ」
「また変な事件が起こったってこと?」
「だな。何かあれば頼らせて貰うが……今日は解散、だな」
縣の視線の先を向き、智彦は頷く。
互いに野口へ片手を上げ、縣と別れた。
遠ざかる歓声。
相手校の関係者の足音に自身のを混ぜながら、智彦はスマフォを取り出した。
時刻は十二時前。
外食するとなれば客が多いだろうと、智彦は首をコキリと鳴らす。
(そういやカップ麺の新作が出てたな。コンビニで買って家で……)
真後ろで、誰かの足音が重なった。
ただ先程から気配は感じていたので、智彦は足を止めて振り向く。
「わわっ、びっくりした! 八俣君、今帰り?」
黒い髪と水色のネックレスを揺らす、ヨモギ色のジャージの女生徒。
良ければ途中まで一緒に帰らない、と。
作り笑顔の唇を動かす堂前を見て、智彦はごく僅かではあるが……目を見開いた。