移ろい
新紀元社様のモーニングスターブックスより8月20日に当作品の書籍が販売されます
もし余裕があればよろしくお願いします!
次回エピローグです
特製オリーブオイルでぷりぷりとした薄い身が艶やかに輝く、カルパッチョ。
さわやかなレモンと芳醇な白いソースが肉厚な身に絡んだ、ムニエル。
透き通るかのような瑞々しさが視覚的にも美味しい、寿司。
そして、それらの味を彩った身を無駄にしまいと詰められた、あら汁。
「どうぞ。……女港島産の鯛で作った料理」
若干どや顔を浮かべた紗季が、テーブル上に料理を並べる。
もはや芸術と評せるレベルのそれらに、智彦は感嘆の吐息を漏らした。
「……紗季さん、料理のレベル上がってない?」
横に座る親友に視線を送ると、上村は恥ずかし気に顔を緩める。
「週三で料理教室に行ってますからな。もっと自分の為に時間を使ってと言ってるのに……」
「謙ちゃんが私の作った料理を美味しそうに食べてくれる。これすなわち、私の為」
上村と紗季が、視線を絡め始める。
ここに第三者がいれば、すでにお腹いっぱいの雰囲気だ。
だが智彦はその辺りは疎いため、二人の雰囲気に気付かずに「いただきます」と唱えた。
「謙介、この鯛のお寿司に乗った赤いのって何?」
「あ、あぁソレはもみじおろしですぞ。唐辛子が混ざった大根おろしですな」
「……苦手なら、別に取っても大丈夫。美味しいけど」
二人も智彦の存在に考慮し、それぞれ両手を合わせた後に箸を構えた。
テレビからの音に、団欒が混ざり出す。
「……美味しいなぁ。牝小路さん達には感謝しかないね」
「ですぞ! 獲れたてを送ってくれたみたいですからな」
上村の視線の先。
そこには、開封したばかりの発泡スチロールが重ねてあった。
送り主には「牝小路鉄男」と書いてあり、女港島から今朝方に届いた荷物だ。
そして、机上の端に置かれた、封筒。
鯛と一緒に同封されていた、牝小路一家からの、手紙。
智彦は箸でもみじおろしを弄びながら……手紙の内容を思い出す。
まずは、牝小路船長が無事だった事への、改めてのお礼。
牝小路船長は特に大きなトラウマを負うことは無く、今もクルーザー船で島と本土を往復しているとの事だ。
ただ、島への観光客やそれに伴う物資不足で、多忙極まりないらしい。
それは鉄男も同じで、店の商品の在庫が追い付かず、臨時の船と船員を雇っているようだ。
「観光客が多すぎて、全く人手が足りないってあるけど……」
智彦の呟きに上村は無言で頷き、テレビのチャンネルを変える。
すると、女港島で見た記憶のある男が、映った。
『いやぁ、本当に衝撃的な映像ですね』
『はい。僕達が助かったのは、本当に奇跡だったのかもしれないんですよ』
番組の司会者からの言葉に大仰に頷く、硯銀二。
彼は今時の人となって、各メディアに引っ張りだこな状態だ。
今日も生放送の番組で、あの日起こった出来事を語っている。
「……皆さんの死を金儲けに使って、胸糞悪いですぞ」
「……ほんとに」
その憎らしい顔を見て上村どころか、紗季までも表情を歪める。
智彦も眉に皺をよせ、笑顔で語る硯を睨んだ。
島からの呪縛が無くなったことに気付き、ヘリで逃げ出した硯達。
彼らはこともあろうか、自衛隊員達が殺されていく映像をテレビで流したのだ。
勿論モザイクは付いていたが、それでも伝わってくる凄惨な映像。
されど、刺激的な映像。
世間はすぐさまそれに飛びつき、映像を収めた硯達を持て囃した。
そして硯達は、自分達が輝くような……嘘で塗り固めた武勇伝を、広めていたのだ。
『皆さんはもう見慣れたかも知れませんが、コレを見て下さい』
『何度見ても信じられませんねー、島が浮上して、しかも動いてくっついたなんて』
『ですが、この画像を比較してわかるように、事実なんですよ。他局のヘリは映像を収めようとしたところ墜落したようですけど』
スタジオ内に、女港島の上空写真が表示された。
それにはくっきりと、男船島……戦艦島がくっつているのを示している。
『硯さん、これは一体何が起こったのでしょうか?』
『はいはい。まず信じられないかも知れないけど、戦艦島と女港島には神様がいるんです』
『神様? 二人もいるんですか?』
『そう……だけど、いた、ってのが正しいかな。なにせ、自衛隊の人達がやらかしちゃったから』
その後、真実を知る人間がいないのをいいことに、硯の作り話は広がっていく。
女港にいる神様と、戦艦島にいる神様は、兄妹だった。
だが捜索隊として女港島に来ていた自衛隊員が、とある祠……妹の方の神様の祠を壊してしまった。
コレに怒った戦艦島の……兄の方の神は、女港島の人間を罰せんと浮上し、女港島へと進みだす。
『僕達はコレはいけないと島へと乗り込みました。すると、行方不明になってた人達がいたんです』
作り話は、なおも続く。
行方不明になっていた自衛隊員達は、偶然にも島が浮上して一命を取りとめた。
そして、女港島の危機を知り、戦艦島の神を排除しようとした、と。
『そこからは動画の通りです。自業自得とは言えなくも無いのですが、神の怒りに触れた皆さんは動画のように……悲しいですが』
スタジオ内が、静かになった。
硯は俯く……が、その唇は、厭らしく歪んでいる。
『で、では、硯さん達は、どうやって助かったのですか?』
『その、自衛隊の人が祠を壊そうとしたのを、止めたんですよ』
スタジオ内に映し出された映像が、切り替わる。
「あー……」
智彦はつい、声を漏らしてしまった。
モザイクがかかってはいるが、頭を血で濡らし呻いている田喜が、そこに映っていたかたらだ。
『僕達が止めようとすると、この方は僕達に銃を向けてきました』
『銃ですか!? 一般人に、ひどい……』
『あっちも必死だったんでしょう。こっちも必死で、なんとかとめて……』
『まぁ、正当防衛ではないでしょうか、ねぇ?』
『そしたら神様が感謝してくれて、虐殺を止めてくれたんですよ。神様はそのままお礼を残し、消えていきました』
スタジオの観客席から、声が上がった。
台本通りだったのか、司会者は硯に一礼し、少しにやついた顔で、カメラへと目を向ける。
『恐ろしい事です。国民を守るべき自衛隊がのせいで、多くの犠牲者が出』
と、そこでテレビの画面が黒くなる。
リモコンを操作したのは、紗季だった。
「……ご飯がまずくなる」
たしかに、と。
智彦と上村は噴き出し、今は女港島の味を存分に楽しもうと、それぞれ箸を動かし始めた。
「でも謙介、介清さん、残念だったね」
「いやぁ、アレが当たり前な気がしますぞ」
あら汁の身を突きながら、上村は苦笑を浮かべる。
今の女港島の所有者は、上村の叔父である介清……の会社だ。
戦艦島がくっつく事で、戦艦島も所有できると思いきや、そんなうまい話は無く。
結局、戦艦島部分は国有地として管理されることとなったのだ。
「……観光客がうざそう」
「いや紗季、言い方が……。まぁ、そういう部分もあるけども」
上村が、介清から伝え聞いた話ではあるが。
そして牝小路一家からの手紙にも書かれていたが。
今現在の女港島は、凄まじい数の観光客が押し寄せているという。
それが島キャンプ目当てであれば、良かったのだ。
良かったのだが実際は、硯が流した映像の現場を見ようと、押し寄せているのだ。
一部ではホラースポットとしても盛り上がっているらしい。
「戦艦島は立入禁止なのですが、やはりソレを破る連中も多いと聞きましたぞ」
「人が死んでるのに……、趣味が悪いなぁ」
智彦の呟きに、上村は口を動かしながら頷く。
戦艦島に転がっていた死体はすでに回収され、警察を含めた関係者により調査も終わっている。
ただ、島神は消えたとはいえ、何かがまだ残っている可能性は捨てきれない。
……が、知り合いに被害が行かなければどうでもいいと、智彦は麦茶を喉へ流し込んだ。
外から、町内放送が聞こえてくる。
内容は、熱中症アラートが発動されたというものだ。
紗季はすぐさま冷房の温度を下げ、そのまま冷蔵庫から刺身を取り出した。
「うわぁ、透き通ってる……。紗季さん、お店出せるんじゃ」
「……っ! そんな未来もあるなんて。謙ちゃん、どう?」
「たははっ、自分はカレーしか作れませんぞ」
智彦が鯛の刺身を箸でつまむと、その向こう……窓から覗く青が透けて見えた。
再度感嘆を漏らし、わさびを溶かした醤油に浸して、口へと運ぶ。
「これが鯛の味、かぁ。美味しいなぁ、蟲とは大違いだ」
「なぜそれを比較対象にするのか、これがわからないですぞ」
同じく上村も刺身を楽しみ、舌鼓を打つ。
「叔父さんが言ってましたが、島の風景を気に入った移住者がちらほらでてるみたいですぞ」
「良かったね。個人的には、あの島でのキャンプ、楽しかったからさ」
「ですな。キャンプも好評みたいで、来年の予約も入ってるそうで……悪意を持った人が多い中、そう言う人もいる。それが、救いですぞ」
海の青と空の蒼が曖昧となる、境界線。
海へ吹く風と、流される深緑。
夜は大きな月が浮かび、穏やかに動く黄色い波。
夏が来るたびにあの光景を思い出すのだろうと、智彦は小さな寂寥感を抱いた。
「謙介は宿題は……」
「秋の新アニメを追うのが……」
「……次は、エンガワに挑戦する」
あとは他愛のないおしゃべりをしながら、気付けば完食。
ごちそうさまと唱え、智彦達は三人で後片付けを始めた、
「……八俣氏、紗季。さっき映ってたのは、御神体……ですかな?」
そう上村が尋ねたのは、智彦がスポンジを泡立てた時であった。
紗季は口を閉ざしたまま頷き、智彦も無表情で、頷く。
「やっぱ見えてたんだね」
「ですぞ。何となく御神体って言葉が浮かびましたぞ」
上村は大きく息を吐き、頭を振る。
上村、そして智彦達には、テレビの向こうで……硯の肩に張り付いた御神体らしき存在が見えていたのだ。
「ただ、御神体と言うには、あまりにも……」
上村は、映像内の御神体どう表現するか、目を細めた。
人の形をした質素な人形。
だがその様相は、まるでどぶの中に長年放置されたような……。
「いや違いますな。あれは汚れなんかじゃない」
「……そう、アレは穢れ」
横からの紗季の言葉に、上村は言葉を引っ込め、頷く。
御神体といえば神聖なイメージだが、その真逆のモノを纏っている異質さ。
それ相応の事をあの自称ヒーローたちはやってしまったのだなと、上村は眉を顰めた。
「……謙ちゃん、手が止まってる」
「っと、これは失礼。まぁ、もう終ったことだし、やめておきますか」
その時、来客を知らせるチャイムが鳴った。
紗季が布巾で手を拭き、玄関へと向かう。
一方。
二人の会話を聞きながら、智彦は内心首を傾げていた。
島神と共に消えた御神体が、なぜ存在しているのだろうと。
(あぁ、そういや御神体は二つあったって、あの人たちが言ってたな)
眼鏡の女子大生と、ボーイッシュなフリーター。
二人がどこからか見つけた戦艦島の昔話がそういう内容だったなと。
そしてその御神体を渡した兄の方は、妹を失ったことに絶望し自殺していた、と。
智彦は思い出す。
(じゃあ、あの人にくっついてるのは、戦艦島にあった方か)
同時に、あの島神の一人の女性への執着に、納得する。
二人分……いや、二人と一体が、混ざっていたからだ。
(あの日見た島神の記憶。時系列で考えると、始まりは、亡くなった女性のお母さん)
島神にどのように取り込まれたのかは、わからない。
が、当時島神の中にいたその母親は喜んだだろう。
会いたいと切望していたわが子が、島に来たのだから。
(……で、島が沈んで、お兄さんと御神体かな)
女性が亡くなり、島が沈む。
これも、絶望したからなのか、島に住む者を確実に消すためなのかは、わからない。
可能性としてだが、沈んでる間に女性の兄が。
併せて、戦艦島にあったご神体が……島神に取り込まれたのだろう。
(だからこそ、女性を求める力が強かった、ってところかな)
女港島の祠が壊され、中から女性……御神体のモデルとなった人を感じ取って。
会いたいという気持ちが爆発して……。
「八俣、手が止まってる」
「っと、ごめんなさい」
紗季からの冷たい声に思考を止め、智彦は食器洗いを再開した。
島神について考えるのは、今は不要だ。
包丁の刃を気にせず洗い始めた智彦だが、その視線が、紗季の持つ封筒へと向く。
「ニューワンスタープロダクションから?」
「……あぁ、羅観香氏が言ってましたな! ライブのチケット送るって」
紗季から渡された封筒を上村が開封すると、大人気番組『Song Infern☆!』のサマーライブのチケットが現れる。
席番号が箔押しされたソレを見て、智彦は少しだけ目を見開いた。
「去年のより豪華になってる」
「ですぞ。今頃は八俣氏の家にも届いて……いや羅観香氏、またアリーナ席って」
「またあの熱気を味わえるのかぁ」
富田村から生還して。
上村と親交を取り戻して。
母親と和解できて。
羅観香と嶺衣奈と出会って……約一年。
最初は自身の不幸を嘆……。
「八俣」
「あ、はい」
思い出に浸ろうとするも、紗季から再度冷たい声をかけられ、智彦は作業へと戻る。
その時、机上のスマフォのニュースアプリが音を上げる。
そこには「生放送中に硯元アナウンサーが死亡」と……ニュースが表示されていた。
ちなみに新紀元社と言えば「新女神転生悪魔事典」の発売元なんですよね
あと九龍妖魔学園紀のシナリオブックとかも