30.試験開始
どきどきードキドキー
「始まりの迷宮とは言え、生徒諸君、危険を感じたら、
直ちに退避行動をすること。
それと手渡した魔石に魔力を込めて、助けを呼ぶこと、いいな」
始まりの迷宮の入り口で講師陣が実技試験にあたって
最後の訓示を生徒一同にした。
緊張の面持ちの者もいれば、余裕のある者もおり、
その表情は様々であった。
誠一と言えば、この手の話は、右から左にスルーであり、
ヴェルに至っては、半眼で眠りに落ちそうであった。
シエンナは見つからないようにガイドブックに
目を通しており、同じチームで真面目に耳を
傾けているのはリシェーヌだけであった。
誠一は、周囲に目をやると、真面目に話を
聞いている学生を見つける事はできなかった。
毎年、怪我人はでるが、重傷者や死亡者が
でることはなく、稀な例を除けば、全員が実技試験を合格し、
冒険者証を入手していた。
「では、定められた入り口から、
一同諸君、迷宮攻略に向かいなさい。
健闘を祈る」
講師の合図と共に各チームが迷宮に向かった。
「迷宮に徘徊する魔物は、主にスライムね。
杖だと、相性が悪いけど、レベル的には
あまり問題にならないかな。
それより迷宮内は暗いから、足元注意だよ」
ガイドブックをバックに収めながら、
シエンナが話した。
「スライムの上位種もいないし、
順位も関係ないし、焦らず、行くべし」
特に武具・防具等に指定が無いとは言え、
何故か戦士風の装いのヴェルがそう主張した。
誠一は、事前にミーティングで彼らの装備について
確認していたが、改めて彼らを見ると不思議な感じがした。
魔術院の所属なのに魔術師風の装いを
しているのは、シエンナだけであった。
ヴェルは、短槍に盾、そして革の鎧という戦士風の
出で立ちであった。
リシェーヌは、杖に鎖を編み込んだ鎧、
短剣を左腰辺りに持った装いであった。
シエンナは、杖に刻印が刻まれている
紺のローブという身なりだった。
誠一は、杖に片手剣を腰に差し、
丈夫そうな布の服を着ていた。
迷宮を最深部に向かって進むと、スライムが
ぴょこぴょこと偶に現れた。
都度、先頭を歩くヴェルが毎度、違う掛け声で
スライムを短槍で突き刺した。
「ああーもう、五月蠅いな。
何も起きない迷宮だけど、もう少し静かにしたら!」
と何度目かのヴェルの雄叫びに
我慢ならなくなったシエンナが額に皺を寄せた。
「おいおい、それは違うぜ。
魔物を威嚇しているんだよ。
恐れて、襲わなくなるだろう。
それと、額に皺を寄せずぎやで。
皺が残るぞ」
プルプルと震えるシエンナ。
リシェーヌが淡々と言った。
「ヴェル、大声でこちらの居場所を
魔物に教える必要はない。
実力があるなら、あの程度、黙々と倒して」
「いや、だから、威嚇が」
何かを言おうとするヴェルは、
女子二人の冷たい視線に耐え切れず、
途中で言葉を切って「はい」と伝えた。
ぴょこぴょこ、スライムが現れた。
ヴェルは、何気なしに短槍を繰り出そうとしたが、
リシェーヌに止められた。
「ヴェル、槍が溶ける」
「ん、んんーまじっ?」
ヴェルが受け答えをしていると、
スライムが液体らしきものを吐き出した。
その一部がヴェルの皮の鎧に付着した。
しゅわわわっーと革の鎧から
焼けつくような音と臭いが発生した。
「ぎゃあー、兄貴から譲り受けた鎧がー」
一瞬でヴェルが混乱に陥った。
「ウォータボール」
低く疲れたような声が迷宮に響いた。
「エアカッター」
唄うような楽し気な声が迷宮にこだました。
次の瞬間、ヴェルは頭から水を大量に被り、
瞳に溜まった彼の涙は、綺麗さっぱりと
洗い流されていた。
そして、スライムは飛散して、
焼き付くような臭いを発生させていた。
「ったくなんで私がヴェルの面倒で、
リシェーヌがいいとこ取りなのよ」
仏頂面のシエンナだった。
リシェーヌは、考え深げな表情で
飛散したスライムを凝視していた。
「シエンナ、この迷宮にスライムの
中位種の出現情報はあった?」
「ないよ。
出現するのは、低位種のスライムと魔犬だけ。
それはガイドブックが製本されてから、
変わることが無かったわ。
そう言えば、変ね?
緊張感を持たせるために先生方が放ったのかしら?」
迷宮や遺跡は、魂を喰らって成長する。
そんなフレーズが誠一の頭を過ぎった。
誰かが何かの目的で迷宮を成長させるために
人や家畜を吸収させたのだろうか。
気味の悪いことを想像してしまった。
「まっ、出現するのがこの程度なら、
森に生息する魔物や動物が大量に
迷いこんだんでしょうね。
イレギュラーかな」
シエンナふっくらした頬に
右手を当てながら、言った。
「だーもう、どうも頭の良い連中は、
考えるのが好きだな。考えてもしゃーないだろ。
最深部に、くしゅん。向かうぞ」
「あれっ、大切な鎧が傷ついて、
涙目だった戦士様が随分と威勢のいいことで」
「考えることを放棄したら、
それは迷宮を彷徨う魔物と同じ」
「二人ともその辺にしておけー。
リタイアしないなら、ヴェルの言う通り
最深部に進むしかないのは一理あるだろう」
二人を窘める誠一だった。
なんか怪しい気配




