十話:ディナーは開かれる
暗くなって久しい部屋の中、窓の外から月明かりが差し込む。その光を眺めながら、俺は思い出話にふけっていた。
「……そうしてリンが街まで山賊を追い詰め、無事貴族の元に指輪は返されたのです」
「たまたま通りがかっただけでこんなことが出来るだなんてまさに人の鑑よ! やっぱりステキ!アタシが一目惚れしたリンさんその人よ!」
ゼラは興奮し、腕を振り上げてそう言った。 実は助けに行ったタイミングには護衛任務があったので、リンの怠慢の隠蔽に俺が奔走した話はしないでおこう。
そうだった割とあいつ暴走しがちだったんだよ。……まさか今までの行動も暴走癖が原因で……?
「はぁ~やっぱ優しいじゃないリンさん。身分を問わずどんな人でも困っていたら助ける……欠点の欠けらも無いわ……」
ゼラは蕩けた顔でそう言う。
「まぁ……そうですね。気は優しくて力持ちを地で行ってましたから。ですが、弱点がひとつありまして」
「へ……? リンさんに?」
「実はリン、ああ見えて極度の虫嫌いなんですよ。 見つけた時にはすぐ飛び上がるんです」
「へぇ、意外ね! 可愛いところもあるのね……やっぱ素敵だわ……!」
ゼラはうっとりと目を輝かせ、身震いした。
「飛び上がった後殺意むき出しで切りかかるんですよ? それでもですか?」
「アグレッシブなその動きもカッコイイと思うわ」
「本当にブレませんね貴女」
痘痕もえくぼってやつだろうか。
ともかくゼラはふふんと得意げに鼻を鳴らす。その吐息はしばらく続き、いつしかため息に変わった。ソファに深く背を預け、青白く照らされる天井を眺める。
「ほんとにリンさんはお父様とお母様を……そんなに優しくて……素敵な人が……」
「さぁ……殺したと言っていましたが『誰を』殺したとまでは言っていませんでした。依然として第三者が介入している可能性は……捨てきれませんよ」
「そうよねぇ……」
「元々何を考えているか分からない男でしたから。しかし、理由なく何かをする奴ではありません。……真相は本人に聞き出すしかないですね」
「ええ、前回はいきなりすぎて聞きそびれちゃったものね。 次こそは……必ず……!」
ゼラはそう言って息巻く。俺はその様子を黙って見ていた。
リンが修道士を手にかけたのは少なくとも事実。それ以外はハッキリしないにしろ、犯した罪には裁かれるべきだ。俺も例外ではない。ゼラはあまり触れないでくれているが、そそのかされたとはいえリンを殺そうとしたのは事実。……ツケは全て払わなければならない。
[ギィ……]
静かになった部屋のドアがいきなり開けられた。目を向けると、ナナカがうやうやしく礼をしていた。
「ローレル様、ゼラ様。 お食事の準備が出来ました……今からご案内いたします 」
震える声でそう言う。
「ありがとうございます。 それではゼラ、ディナーに参りましょう」
「えぇ。 みっちり挨拶してやらないとね」
そう言って俺らは部屋を後にした。
悠然と廊下を歩く。暗さと部屋から時折聞こえる話し声は不気味さを加速させた。
ものの五分ほどでホールの前の大扉に俺らは立つ。扉の隙間から明かりが漏れていた。
「……頼んだぞ」
ナナカは言う。俺らは頷き返した。
そしてゆっくりとドアに手をかけた。