五話:賢者ローレルは追う(はめになる)
「まずいぞ……」
向かいに座っている兵士に悟られないように、俺は顔を伏せる。
リンが貰ったペンダントは、ただの形式的な勇者を示す勲章などでは無い。
あれは『勇者の印』。聖剣を抜くための鍵となるものだ。あれが渡されるのは勇者だけなので、勇者しか聖剣を引き抜けない。まあもう一つ試練はあるのだが。
そんなことはどうでもいい。逆説的に言えばあれさえあれば剣を抜く権利が得られる。
もし……もしだ。リンがもう既に譲渡されているペンダントを、その殺人犯が持っていったとする。
そうすると殺人犯は聖剣を抜けるのだ。少なくとも抜く権利はある。
伝説上の聖剣は一振りで街を更地にできる破壊兵器だ。もしあの伝説が本当だとしたら、ただでは済まない。人畜無害なリンが手に入れたなら万々歳なのだが、万が一聖剣を手に第3勢力が現れたり魔王軍に渡ったりしたら一巻の終わりだ。
見つかった死体は2つ。これのどちらもリンでは無い。リンはまだ、少なくとも生きてはいる。しかし、リンが殺人犯に追われているのだとしたら……。
返り討ちか。なんだ……大丈夫じゃないか。
いや。危険性はもっとほかのところにある。騙されたら……もし困っているなどと頼み込まれて、アイツがあのペンダントを誰かに渡してしまったら……。
それをめぐって戦争が激化するだろうな。そして任命責任は全て俺にあるので……。
「俺の……キャリアが終わる……」
それだけ考えて、血文字のことなどすっぽ抜けていた。
愚かな俺は自省する。
もし聖剣が他人に渡ったらその時点で、間違いなく俺の人選ミスじゃねえか!途中でリンを殺すことばかり考えていたせいで計画が破綻しているのに気が付かなかったのか俺は!
くそっ……あのゼラとかいう修道司祭の高笑いが聞こえるようだ……聞いたことないけど。
私は馬車が止まると同時に飛び出た。
どうにかして王に俺がリンからペンダントを取り返してくれるよう、命じてくれなければまずい……!俺もリンも打首獄門だ!
城門前の階段を駆け上がり、門の上の番兵に叫ぶ。
「私です!ローレルです! 今戻りましたから開けてください!」
[ギギギギ……]
重々しい城門が開く。ちょうど俺の体が通れるくらいの幅のところで、強引に推し通り抜ける。
そうして……ようやく謁見の間の前までたどり着いた。
俺はドアノブを掴み、そこで膝に手を着いた。絶え絶えの息をどうにかして落ち着けようと、しばらくそこで待つ。
「……なにか聞こえるな」
俺はドアに聞き耳を立てる。
なんだか誰かか怒鳴っているような……。
「納得出来ません!連絡が来てすぐにリンさんを父母殺しの犯人だと決めつけるだなんて!」
ゼラが叫んでいる。王に歯向かっている。一歩間違えたら首が飛ぶと言うのに、よくもまあドラゴンの巣に飛び込むような真似が出来たものだ。
それに呼応して側近も言う。
「そうです。 今ばかりは修道司祭殿の言い分も頷けましょう。 ……ローレルの工作という線もありますし」
あの男……!どこまでも俺を目の敵にしやがって!
ドアノブを持つ手に力が入る。このまま飛び入って、偽証罪で訴えてやろうかと思ったその時だ、
「我に提案がある」
王は通る声でそう告げた。
「外交官ローレルと修道司祭ゼラ。この二人にリンの捜索を命ずる」
[ズドーン!]
「「はぁぁぁぁ!?」」
俺は扉が開いた表紙につんのめって、ゼラは立った瞬間椅子が倒れて、それぞれすっ転んだ。そしてすっ転びながらも王の方に顔は向けて叫ぶ。
「ど、ど、ど!? どういうことですか我が王! 私だけでは不足だと言うのですか!?」
「そ、そうですよ! 大体こいつと私を組ませたら二人とも遭難……最悪殺し合いになりますよ!」
「奇遇ですね! 私も同じことを考えていましたよ! 大体私とゼラ殿の仕事はどうするのですか!? 私には代わりはあろうとゼラ殿にはなかなか……!」
「──静かに」
「「……!」」
その一言で冷静になった私とゼラは、王に向かって片膝着いて 頭を下げた。
「リンを捜索するだけならばローレル。お前が適任だ。リンのことを、この国で一番よくわかっているだろう。
しかしお前一人で行くとこの国に居るものは誰一人として良い顔はせん。そういう嫌疑がかかっているのだ。
さすれば、その代表格にしてお前を制せる程の知と力を持つ者に手綱を持ってもらう他ないのだ」
そう言って私たちに微笑んだ。
「やってくれるな?」
ぐっ……抗えない!この権力者の微笑みに俺は従わざるを得ない!俺にはなんと言ったってここまでのキャリアがある。それを失う訳にはいかない……。
「つ、謹んでお受け致します……」
「は、はい! 国王陛下の栄光のために!」
俺らはほとんど硬直したまま、首だけをぎこちなく互いに向ける
(なんで……)
(なんで……!)
(なんでこいつと一緒なんだよ!?)
(なんでこいつと一緒なのよ!?)
かつてないほど非協力的なパーティが誕生した瞬間であった。