二話:裏側に潜むは
俺は目を見張った。メイドが叩いていた皿の下、テーブルとの間に何やら紙片が挟まれている。四つ折りにされていて、表面には『死にたくないならこれを読め』とだけ書かれている。
視線を戻す。メイドは黙って俺の方をじっと見ていた。
俺の意識は目の前の紙に吸い寄せられた。次々に疑念が湧いて出てくる。何のために?なぜこんな方法で?そもそもなぜ生き死にの問題が出てくる?
──探りを入れよう。
「……こちら『いただいても?』」
俺は左手の人差し指をカップに、親指は紙の方を指さしながら聞いた。給仕は俺を見てうなずいた。
「『ええ。 もちろんでございます』」
給仕はまっすぐ俺の目を見てくる。その澄んだ目が俺を騙そうとしているようにはとても見えなかった。あの胡散臭い女主人とどちらを信用すべきかなんて、火を見るより明らかだった。
俺は右横のゼラに向かって口を開く。
「すみませんがゼラさん。レディーファーストに反しますが、先にお茶を頂いても? お恥ずかしながら私、喉がカラカラでして」
「へ!? 喉カラカラってアンタさっきまで漏……」
驚いた様子でそこまで言いかけて、あわてて口をつぐむ。
「えぇ、なら仕方ないですね。 お先にどうぞ」
そしてテーブルの下でゆっくりと左手を伸ばしてくれた。これで右腕が自由に動かせる。
俺らは女主人にただ一つ明かしていないことがある。それは俺らを結ぶヒモの存在だ。あんな胡散臭いやつに今の俺らの弱点を明かすのは気が引けたのだ。
実はヒモは光のあるところでもうっすら光っているその性質上、視認しずらい。恐らくはバレていないだろう。手を繋いで仲良くここまで来たわけだし。
俺は左手でカップを手に取り、ケーキ皿に隠れるように右手で紙を広げた。
さてと……中身は……。
『急いでここから出ていけ。死ぬぞ。適当に理由をつけろ』
なにかの暗号かとも思ったが、その線は違うだろう。わざわざこんな渡しかたにしているのだ。これ以上隠す必要はあるまい。
しかし……『出ていけ』か。
俺は茶を一口含んで、しばし閉眼してから微笑む。
「ん〜!美味しい! なんとも上等な良い香りですね。お先に失礼しました。ゼラさんもどうぞ飲んでください」
俺はゼラに目配せして右手を伸ばす。ゼラは小さくうなずき、お茶を一口。
「ええでは……うわ、ほんとに美味しい……」
「きょ、恐縮です」
給仕は照れくさそうにそう言った。すかさず俺は給仕に顔を向ける。
「それにしても良い香りだ……産地はどこの物なのですか?」
「え?! あ、角尾村です」
急な質問に動揺したようで慌てて応答した。
主人が話し慣れていなければ、その従者もそのようである。そんな相手に、さすがにキラーパスすぎたようだ。俺は立てた小指を少しわざとらしく下に向ける。ちょうど紙片を指さすように。
「……『本当ですか?』」
そう目を見て聞く。給仕はハッとしたが、
「……『左様でございます』」
力強くうなずいた。
「そうですか……。良ければ今から貯蔵庫を見せていただけますか? 如何にしてこの品質を保っているかが気になりまして」
「しょ、承知致しました!」
給仕は俺に向かって一礼、出口の戸を開いた。俺はすかさずゼラの左手と自分の右手を繋いで立ち上がる。
その様子を見た女主人はにこやかに言っめきた。
「ごめんなさいね〜いらっしゃると分かっていたら、もっと上等な物をお取り寄せしましたのに〜……。お二方がそちらに向かわれるのなら、私もついていきましょうか〜?」
「いえいえ、それには及びませんよ。すぐに戻りますので」
ゼラの一言に給仕の眉がピクリと動いた。しかし、何事もなかったかのように頭を下げた。
「それでは……しばし立席いたしますね」
そう言って俺らは女主人に一礼する。と、同時に重い扉が閉まった。
「……くそっ……! 着いてこい!」
「──えっ、ちょっと!?」
急に荒々しい口調になった給仕はゼラの右手を引っ張り屋敷の中をズカズカと歩く。フリルのスカートがまくれないか心配になるほど急いで階段を駆け下り、一階にたどり着いてもその歩みは止まらない。
そして俺らが入ってきた方とは反対側のドア……つまり裏口から外に差し掛かった時、給仕の足はようやく止まった。
「アンタ急に走んないでよ! なんのつもり!?」
ゼラの悪態に、給仕は震える声で答えた。
「余計なことを……!」
「……へ?」
給仕はなぜか、俺らの方を懸命ににらんでいた。目はみるみるうちに潤み、ボロボロと涙をこぼした。
「余計なこと言いやがって! こんちくしょう……! まだ俺死にたくないのに! お前らのせいで今日のディナーになっちまうよー!!うわぁぁぁん!!」
そう言って膝から崩れて床に顔を伏せ、声を上げて泣き始めた。
「今日の……」
「ディナー……?」
俺とゼラは二人で顔を突き合わせ、首を傾げた。