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一話:解けぬ緊張

森を抜けた先、突如現れた豪邸。俺とゼラはそこで歓待を受けていた。今は長テーブルのど真ん中に、俺ら2人はちょこんと座っている。

そして俺の目の前。赤いドレスを身にまとった女主人はわずかに微笑みながら、後ろに十数人の若い給仕たちを侍らせていた。



「最初に慌てて飛び出ていらっしゃったのはビオサさん♪ あとから続いてローレルさんとゼラさん♪ 遠路はるばるようこそお越しくださいました〜♪」



目の前の女主人は不気味なほど、にこやかに笑った。着ているドレスがこれまた沈んだ赤で、胸元に過度なレースがあしらわれているものだから悪魔か何かにすら見えてくる。正直俺らをとって食おうとしていると言われても納得してしまうくらい怪しさ満点な女だ。

まずここに来てからというもの、俺らはコイツのペースに飲まれ続けている。矢継ぎ早に話し続け、会話の激流に気が付けば飲み込まれている。

今だってあれよあれよと屋敷の部屋に通され続け、こんな場所に座らせられているのだ。その上、俺らは女主人に一方的に名前を聞き出されている。



「あなたがた、名前はなんとおっしゃるんですか〜?」



そんなふうに聞かれたので答えたのだが、その後女主人は名乗らなかった。そう、名乗らなかったのだ。

普通、相手が名乗れば自分も名乗るものだ。それは礼儀であり、コミュニケーションの第一歩。こんな屋敷に住む令嬢が、身につけていないだなんてことがあるか? 余程名乗りたくないか、教育らしいものを受けずに甘やかされて育ったか、そもそも人と話したことが無いか。そのどれかか全部だろう。

次に、この令嬢の周りの給仕たちだ。コイツらも怪しい。年齢層が同じなのだ。全員、揃いも揃ってうら若い。年子を雇ったのかとも思ったが、全員髪色も鼻立ちも違いすぎる。それに加えて、俺より年上っぽい奴が居ない。一人としていない。

基本的にこういう館は終身雇用。使用人は住み込みで死ぬまで働く。こんな山奥にある閉鎖的な館なら尚更だ。

そしてこの館の立地。なぜこんな森の中に、魔王国の近くに立てる必要があったというのだ。この館の内装を見るに、戦争の前からあったようには思えない。誰かが、意図的にこの場所に立てたのだ。こんな危険な場所に建てたこの館が、別荘なはずはあるまい。むしろ流刑地と言った方がいいかもしれない。なにか諸事情あって罰すことが出来ない要人などを隔離していたとしか……。



「どうされたんですか〜? ぼーっとしてますけど〜」



女主人は不思議そうにこちらを覗き混んできた。純粋と言うより、こちらが見透かされているようなその目はなんとも不気味だ。



「いえいえ! 急に押しかけてしまったにもかかわらず、招いていただき恐悦至極でございます!」



俺はうやうやしくそう言い、頭を下げる。その様子をゼラはキョトンとしたまま見ていた。きっといつもの態度と違いすぎて引いているのだろう。

俺は、俺らの手首を繋ぐヒモを引いた。ハッとしたゼラは、



「そ、そうです! ありがとうございます!」



慌ててそう言った。

女主人はその笑みを一切崩さず、小さくうなずいた。



「いえいえ、いいんですよ〜。お客様がいらっしゃるのなんて久しぶりですし、お茶会にしましょうか〜♪ 」


そう言って手を叩いて給仕を呼び、小声で命じた。それを聞いた給仕はいそいそと支度を始めた。

参ったな。そろそろ俺もお花摘みの時間が近い。早いところ何かしら理由をつけてここから出て行きたい。



「あの……すみませんが準備の間少し「それにしても素敵なお召し物ですね!」……えっ?」



俺が女主人に話しかけようとすると、ゼラが無理やり言葉を被せてきた。戸惑う俺に気づかない女主人は、嬉しそうに手を合わせる。



「嬉しいことを言ってくださいますね〜♪ これは特殊な染料を使っていまして〜」



そして上機嫌に服について語り始めた。

まさか……!



「あの、私ちょっと「ローレルさんも素敵だと思いますよね! 本当に素敵なセンスですよね!」」


「お花摘「そうそう!そのお花のバレッタも素敵ですよね!」」


「立席して「立席してそちらに近づいてみてもよろしいですか!? 」」



女主人は何度もうなずき、



「えぇ! 構いませんよ〜!」



そう言って私たちを手招きした。

ゼラは薄目でこちらを見ると、ニヤリと微笑んだ。

今のでハッキリした。ゼラは俺の苦しみを理解した上で、この部屋から出させないとしている。何故だ!自分も味わっただろうその苦しみをっ!

俺の悲痛の心の声など届くはずもなく、ゼラはにこやかに応える。



「ありがとうございます!ほらローレルさん行きますよ!」


「──うっ……!」




急に右腕を引かれ、産まれたての子鹿のような足取りで立ち上がる。冷や汗が頬を伝った。息が上がってくる。

──これマジでヤバいやつだ。直感すると同時、背筋に悪寒が走る。もう猶予は無さそうだ……。

視線を感じ、恐る恐るゼラの方に目を向ける。ゼラは俺の頭上でほくそ笑んでいた。

悪魔だ。俺を破滅させる気満々の悪魔が目の前にいる! もう理由とかどうでもいい、どうにかして逃れなくては……!



「あら、行きますよ! ローレルさん!」


[──グイッ]



俺の右腕がさらに引かれる。



「ぐうっ……! ちょ、ちょっと待ってください……!」



やめろゼラ。本当にやめろ。今ので腹圧が……腹圧がっ……!!この猫かぶり女……!本当に何が望みだ!なんでこんな無意味でただただ人が苦しむことをやれるんだよ!本当にシスターかこいつ!?

内股でなすがままに引っ張られていたその時、給仕たちが戻ってきた。色とりどりの茶菓子を乗せたワゴンを転がしてやってきたのだ。



「た、助かった……」


「チッ……まぁ! もう準備が終わったんですね! 」



舌打ちをしやがったゼラと共に席につく。

しかし本当に危ないところだった。社会的に死ぬかと思った。いや現状何も変わっていないし、むしろ時間を追うごとに悪化している。しかし決壊は免れた。

必死にこらえながら、笑顔を保つ。すると、俺の左側からティーカップとケーキが乱暴に出された。



[──ガチャン!]



ハーブティーは波打って少しこぼれ、ケーキは少し崩れて斜めになった。あまりに雑なそのやり方に、思わず給仕の方を見る。

給仕は険しい表情の女だった。ツンと上に向けた鼻の先、唇は不機嫌そうにへの字に結ばれていた。鋭い眼光を俺の顔を向け、不服そうに眉をつりあげていた。



「……」



給仕は無言のまま、急かすようにケーキの皿を数度指先で叩く。

なんだこのメイド。態度悪過ぎないか?

少し睨み返してケーキの方に目を向ける。



「……っ!」



俺は目を見張った。メイドが叩いていた皿の下、テーブルとの間に何やら紙片が挟まれている。四つ折りにされていて、表面には『死にたくないならこれを読め』とだけ書かれている。

視線を戻す。メイドは黙って俺の方をじっと見ていた。

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