七話:直面するは喫緊の
またもや森の中。俺とゼラは、ビオサに乗って暗い中を進み続ける。利き手が使いにくいのもあって、手綱はゼラが持っている。
が、しかしだ。
「クソっ! こっちじゃないっての!!」
「ブルルッ!!」
「あーもー! 揺れるな! 引っ張るな!! 暴れるなぁぁ!!!」
ゼラは乗馬初心者なのだ。散々乗馬の件でバカにされていた俺にとってはまさに愉悦としか言いようがない。
ビオサに言うことを聞かせようと、ゼラは右へ左へ手網を引っ張る。実はそのせいでビオサは右へ左へ首を振っているのだが、それに気づいていないのが滑稽で仕方ない。
「ゼラちゃん、私がかわってあげまちょうかぁ?」
「うっさいわね! ぶっ殺すわよ!」
「今日は輪をかけて口が悪いでちゅねぇ〜! お腹でもすいたんでちゅかぁ?」
「どっちかでいいから言うこと聞きなさいよぉぉ!! ──あ」
ゼラが急に静かになった。
「なんですか急に黙っ──ってぇ!?」
ゼラの体は俺の右横に浮いていた。伸びていく腕、引っ張られる体、離れるサドル。
それもそのはず、ゼラの左手に俺の右手は結ばれているのだ。ゼラは目を丸くする俺に、「てへっ☆」とはにかんで見せた。手にはちぎれた手綱の一部が握られていた。
「ふざけんなぁぁぁ!!」
ゼラに少し遅れて、俺の体が振り落とされる。
「ぐぇっ!」
「ぎゃっ!」
二人揃って地に伏す。
「いったぁ……ん? ビオサは?」
「なんかデジャヴ感じますねこれ」
「ヒヒーン!! ブルルッ!!」
引き止めるまもなく、ビオサは大はしゃぎで森の闇へ溶けて行った。
「はぁ……追いますか」
「待って」
立ち上がろうとした俺をゼラが制する。
「……ちょっとこっち来て」
ゼラは顔を伏したまま、俺の右腕を乱暴に引っ張る。
「それが人にものを頼む態度ですか?言っておきますがゼラ、貴女はガーベラについての賭けで金貨十枚分私に貸しが……」
俺の胸ぐらをつかみ、引き寄せる。鼻先に鼻先がくっつきそうになるほど近くで、目を合わせた。
「お願いよッ! 非常事態なの!!」
必死の形相でそう言った。歯を剥き出しにして食いしばるその迫力に、若干引いた。
「わ、わかりました……」
「分かればよろしい!」
ゼラはそう言ってズカズカと茂みの中に入り、立ち止まる。
「絶っっっ対にこっちを見るんじゃないわよ!!」
「分かってますよ。わざわざ見る必要もないでしょう?」
「失敬ね! どういう意味よ!」
「字面通りですよ! 行間を読まないでいただきたい!!」
文句を垂れながらゼラはしゃがんだ。俺は目を閉じて手で覆う。
「あ……耳も塞ぎなさいよね」
「片手塞がってるんですよ?どうしろって言うんですか」
「アンタ……剣で耳を突き刺しなさい……ヒールかけるから」
「回復する前に即死しますよそれ! 勘弁してください!」
ゼラはゆっくりとしゃがみ、覚めた目をこちらに向ける。
「……分かったわ。今から十秒以内に代案考えなさい。決壊するわ」
「随分と急ですね。ちょっと待ってください、今即席で耳栓を」
「ちなみに聞きやがった場合には、アンタを殺してアタシも死ぬわ。 ……六」
「スパートかけないでください! 生々しいんですよ!」
閑話休題。
結局俺は横になり、右肩に耳を押し付けるようにして事なきを得た。
「いやースッキリしたわ! スリットってあんなに便利なのね!」
「私の焦燥を返せ」
「……悪かったわよ、そのゴミを見るような目をやめなさい。 ともかくよ、今回はアタシだったけどアンタも生きてるんだから出すもの出すときがくるわよ!」
「……その時までにこの縄が切れていなければ私も覚悟を決めますよ」
「そうね。アンタもアタシと同様の恥を負いなさい! 」
「貴女を殺して私も死にます」
「悪かったって言ってるじゃない!」
そんな話をしながら、ビオサの通ったあとを歩くこと数分。目の前に小高い丘が見えた。その上には立派な屋敷がたっている。
「ここどこですかね……かなり大きな御屋敷ですし、貴族の別荘か何かだとは思いますが……」
「あ、見なさい! あの人、この屋敷の主人じゃないかしら! おーい!!」
ゼラが手を振ると屋敷の主人は指していた日傘を畳んで駆け寄ってきた。艶やかな黒髪と真っ赤なドレスを風になびかせ、手を振り返してきた。
案外ノリはいい人かもしれない。
「いらっしゃ〜い!! 遠くなかった? 大丈夫〜?」
失礼な話だが、俺にはどうも胡散臭く見えた。