六話:切れぬ腐れ縁
「「ふんぬぅぅっ!!!」」
俺らを結ぶヒモを、ゼラは全力で引っ張る。俺はピンと張られた箇所に折れた剣を必死に擦り付ける。
開始から一時間はたっただろう。この他にも火であぶったりビオサに踏ませたりと色々試しているが、傷一つ付かない。
しかし俺とゼラは諦めることなくどうにか切れないかと模索している。
剣は切られただけでなく刃こぼれしており、お世辞にも切れるとは言い難い。しかしゼラの力さえあれば紐を少しでも劣化させられないかと試してみているのだ。
それから十分ほどだった頃のことだ。
[バキン!!]
なんとも安っぽい音がして、剣はさらに短くなった。
俺は無言で目頭を摘む。ここまで壊れればもう修理にも出せん。買った方が安い。
一方ゼラはヒモの先程剣を当てていた箇所を凝視している。
そしていきなり俺の肩を揺すった
「ローレル! 見なさい! 傷がついたわよ!!」
「なんですって!?」
ゼラが指さした箇所を見てみると、若干毛羽立っていた。
「間違いないです! 確実にダメージは入っています! このまま続けましょう!」
「もちろんよ! 頑張るわよー!!」
そう言ってゼラが手を掲げたその時だ。傷の着いたあたりが橙色に輝き始めた。
「うそ! 待って待ってまってぇっ!!!」
ゼラがそう叫ぶも、次の瞬間にはもう新品のような仕上がりになってしまっていた。
馬鹿みたいに頑丈なくせに、少し毛羽立ってもすぐ治ってしまうのだ。何なんだ、ふざけてるのかこのヒモは。
ゼラと俺は大の字になって寝転んだ。
「マジでどうしよう……もうトイレ行けないじゃない……」
「そういうこと言わないでくださいよ。行きたくなるじゃないですか……」
ビオサは打ちひしがれる俺たちの顔を、交互に舐めた。鼻先で頭をつつき、出発だと言っている。
俺はため息一つついて、起き上がる。
「とりあえず歩きましょう。何か方法を探す必要がありそうですし」
「ええ……ありがとね、ビオサ。アンタがいてくれて助かったわ」
「ブルル」
ビオサはいなないて返事をする。俺らは立ち上がり、向き合った。
「これからどこに向かいます? リンたちはどういう訳か角尾村を脱したようですが」
「角尾村は避けるわよ。今そこに行っても危険すぎるわ。リンさんたちは出れたとしてもアタシたちが出られる保証がない。他にどこに行くとか言ってなかった?」
「確か『星見村』? そんな名前を口にしていましたが……ご存知ですか?」
「うーん……知らないわ。 その村についても調べてみましょう」
俺らはとりあえず、リンとガーベラが戦っている辺りから遠ざかるように森を進み始めた。
歩き始めると同時、喫緊の課題を口にして整理する。
「現状、はっきりさせないとならない課題はいくつもあります。ステラと名乗る魔術師がリンに言い寄る目的、私たちを助けたガーベラの意図、ヒモの外し方。 あと、個人的な疑問なんですが、聖剣についてですね」
そういう俺の顔を不思議そうに覗き込む。
「聖剣についてって……確かアンタ色々調べたのよね? まだ調べ足りないの?」
「あらかた調べは着いているんですが、伝説ベースの話なので妙にふわっとしているところがあるんですよ」
「ふわっとって……具体的に何が足りないの?」
聞かれるとは思っていたが、この手の古代遺物のことで一番困る質問。『何もかも』と答えたくなるほど何も分からないのだ。
「……全部言わないとダメですか?」
「ダメに決まってるじゃない!! 」
強めに突っ込まれたので大人しく整理を始める。
「まずは聖剣を引き抜く方法ですかね。聖剣を引き抜く前に野垂れ死にした人はいますが、中には実力がありながら引き抜けなかった人たちがいます。そんな人たちも国には一人も帰ってきていないのです」
「つまり……どういうこと?」
「見たものを徹底的に殺すための仕掛けがあるか、後ろめたくて帰って来れないかのどちらも有り得るということです」
「前者は盗難防止って考えりゃ納得ね。後者は聖剣抜けなかった人たちのOGOB会みたいなのがあるってこと?」
「俗っぽい言い方ですけど、そんなところでしょう。腕利きの勇者たちが数年スパンで述べ何十人が行っているのに、全滅なんてことはまあ考えにくい。そういう方が抜き方を試行錯誤していれば、それを元に引き抜けるのでは無いのかと。それか文献や伝承が、何かしら周辺に残っているはずです。それを元に探します。
私の見立てだと、リンが持っているペンダントが引き抜くための儀式を受けるための鍵なのだと思いますが」
「へぇー確かにね。じゃあまず、リンさんの持ってるペンダントを取り返さないといけないのか」
「あとは文献が古すぎるのと敵国にあるのとで、正確な情報が何一つないんです。ペンダントも用意しましたが、あれが本当に必要なのか。そもそもどこにあるのか、引き抜く前の試練は何があるのか。……聖剣は本当に存在するのか。それすらも分かりません。これはおいおい調査するしかないですがね」
「ふーん。現状分かるのはほんのちょっとの伝承くらいなのね……」
なにかに気づいたのか、ゼラがふと顔を上げた。
「そういや誰一人帰ってきてないのにペンダントは戻ってきてるってのは不思議な話よね」
「ええ。戻ってきてませんよ」
「え、じゃあリンさんが持ってるっていうアレは?」
「アレは私が作った複製品です。 文献に寸法が書かれていましたから、恐らく歴代の勇者もあのペンダントを複製して持っていたのだと思います」
「アレあんたのハンドメイドなの……? なんで??」
「鍛冶屋に任せようとしたところ、このレベルの金属加工は金がかかると言われまして、それなら自分で作って浮かせようと……」
細い目でゼラは俺を見た。その眼差しから憐れみに近いものを感じる。やめろそんな目で見るな惨めになるだろ。
ゼラはしばらくすると、なにかに気がついてハッとしたように目を開いた。
「ペンダント作り直せばいいじゃない! アンタが作れるなら複製すれば使えるわけでしょ?」
「……そうしたいのは山々なんですが、使う材料が高価でして……。作るにしても一度国に帰って借金するところから始めないといけませんね」
「いい案だと思ったけどダメか……取り返さなくて済むかと思ったんだけど……って、うん?」
ゼラは首を傾げた。
「そういえばだけど、アンタは聖剣のことを破壊兵器かなんかだと思ってるの? アレは一応魔王を浄化、消滅させるらしいけど、本来は儀礼用の宝剣よ? そんなものだと思われてちゃ困るわ」
「ええ。そちらも知っています」
「そっちも……ってどういうこと?」
「騎士団に伝わる聖剣の力は破壊。修道院に伝わる聖剣の伝承は豊穣。側面が分けられて伝えられている……というのが近年最も有力な説です」
「あくまで説なのね。……聖剣という存在を、そのどちらでも受け入れられるように分割して伝えたってこと?」
「憶測の範疇を出ませんが恐らくそうです。文献全てに『聖剣』と明記されているものの、その役割は大きく違います。
事実、騎士団の伝承では敵を焼き尽くす場面ばかりが語られがちですが、修道院の伝承では聖人が多くの人を癒したり田畑を実らせたりと言う場面が語られがちです。役割が2つあるんですよ」
「へぇ……。でも確かにアタシも剣ってちゃんと言われてるから、切ったりとかしないの?って思ってたわ。
そうよ!思い出したわ! 気になってマザーに聞いたら、『聖剣は多分儀式用の剣だから人は切れないんじゃないんじゃないか?』ってって!
みんな知ってるハズなのに、ある一定以上の知識となるとみんな曖昧とか変な話よね……」
「ええ、何かがおかしいんですよ。まるで誰も本当のことを知らないような……」
俺がそこまで言うと、ゼラは吹き出した。
「ンフフフフ……そんなに探したのに実物を見るまであるか分からないなんて笑える話よね……ふふっ」
バカバカしくもなるだろう。俺らはこれからそんな存在するか危うい何かを探すために命懸けで敵国に潜入するのだ。
「まあ、気楽に行きましょう。存在しなかったとして、それを証明するものすらないと考えればいいのです。ある程度で見切りをつけるのもアリですよ」
俺がそう言うとゼラは目を細めた。
「ハァ?? んなことしないわよ。ここまで来たら意地でも聖剣見つけて、リンさん治して、ついでに世界救うわよ」
「……リンを治す?」
少し間を置いて思わず聞き返した。
「何よ。なんかおかしいこと言った? リンさん治して、世界救って、あとあれね、リンさんのお供の魔女?だっけ。ローレルだと思って森で話しかけてたけど、アイツとは気が合いそうな気がするわ。アイツともちゃんと話ときたいし」
「ゼラ……貴女。リンに殺されかけたのですよ」
少し俺の先を歩いていたゼラは、立ち止まって振り返る。
「馬鹿げてるとでも言いたげね。ローレル」
「いえ、そういう訳では……」
「アンタは事実をよく見てるけど、その先の未来に希望持って無さすぎなのよ。あくどいとこよりアンタの悪いところよ。
辛気臭いっていうか、もう世界の終わりだーみたいな諦めムード出しまくってるって言うか」
「……」
言葉に詰まった。それはそうだ。俺はここまで一切、計画が計画通り進むなんて思ってこなかった。最悪の事態は常に起こる。そう考えて生きてきた。
リンの件に関してもだ。魔術がリンを変えたのなら、不可逆的な変化である可能性が高い。一度大怪我をしたら跡が残るように、リンはもう二度と前のようには戻らないと勝手に諦めをつけていた。それにあの力を
「アタシは聖剣の話信じるわよ。どこかに絶対にある。そんな気がする。
確かに今笑ったのは、こんなノーヒントのまま聖剣を探すなんて無理な話じゃない?って気がして、我ながら馬鹿なこと始めるなーって思ったからよ?……でも一番は……」
ゼラ軽く息を吸い込み、微笑んだ。
「それがあれば、リンさんが元に戻るかも知れない!そう感じたからよ。見つけるためなら、地獄の底まで付き合ってやるわよ」
「ゼラ……」
ゼラは傷つくどころか、既に立ち直っていた。なんと強い人間だろうか。この聖女は。
「だーかーら! その喪中みたいな辛気臭い顔やめろっての!」
そう言ってオレの右耳をつまもうとするゼラの左腕を、紐で結ばれた俺の右手を下げることで牽制する。
「……わかりましたよ。それまでは、全力で頼らせていただきますから」
俺は微笑み返した。
ゼラは私からわざとらしく目を離すと、俺ではなくやや上に向かって話し始めた。
「しっかしアンタ、よくそこまで調べられたわね。アタシにはできないわそんなこと」
ゼラは話を進めるなり、ビオサを引いて歩き始めた。右手が引っ張られたため、つられて歩き始める。
「……素直じゃないですね。面と向かって褒められないんですか?」
「んなこと言ったらアンタはアタシのことをいつになったら讃えてくれんのよ」
「あと150年はかかりますかね」
「いよいよ魔王軍との冷戦終わるわよ?」
ゼラは額に手を当てて、ため息をひとつついた。
「……貴女の迅速な治療、救助の手腕には感謝します。──頼りにしていますよ」
ボソリと、呟くように言ったがゼラにはバッチリと聞こえたようだ。口角を上げきってニタニタほくそ笑んでいる。
「おやおやぁ? リンさんを貶めようとした非情な王国外務大臣どのが、一介の聖女にお礼も面と向かって言えないんですかぁ?」
「三言ぐらい余計ですよ。そもそも役職による能力評価とか、色んな高官の汚職のせいでほぼ機能してないでしょう?」
「……汚職まみれの最たる例のくせして鋭いところ突くじゃない」
「伊達に長く憎まれ役をやっていませんからね。どんなに疲れていようと、切り返しくらい多少はできますよ」
「……」
ゼラは薄目を開けてこちらを睨む。口をとんがらせて、何か言いたげだ。
「なにか仰りたいことでも?」
俺が聞くとしばらく苦虫を噛み潰したような顔をして、低く唸る。
「うーん……うーんうーん」
「……なんですか、便秘ですか?」
「違うわよ。アタシと話す時だけデリカシー をどこにやってるのよ。
……すっごい言うには癪だけど言おうか言うまいか悩んでるのよ」
「へえ、言ってごらんなさい。 言えば言うだけ、貴女は楽になるはずですよ?」
「すっごいヤな顔してるけど……確かに一理あるわね」
ゼラは細めた目のままでこちらを見た。
そして、
「なんだかアンタ、好きで憎まれ役してる気がしないのよねー」
そんなことを言ったのだ。
「……と言うと?」
思いもよらない言葉を反射的に聞き返す。
「なんて言うの? アンタ、口は悪いしあくどいこと常に考えてるように見えて、変にマメで丁寧で優しさがあるって言うの? 正直言ってアンバランスすぎて気持ち悪いわ」
「……なんですかそれは……」
数秒置いて、何とか呟いた。ゼラは顔をしかめて絶叫する。
「あー!だから言いたくなかったのよ! こういう、変にナヨナヨしてるって言うの? なにこれ!? アンタ悪人向いてないわよ!やっぱり!! アタシのこと変に助けたりするし!変なところで心配はするし! ほんとにアンタ、リンさんのことをなんであんな目に合わせたのかわかんなくなってきたわ!
いや、でも……元々リンさんを無理やり勇者に仕立てあげたのはともかく消息不明にした訳では多分なくて……?ええっと?……あーもうわからん! あんた気持ち悪いから悪!それでいいわ!!」
「ウジウジ言った割に、まとめ方雑すぎませんかね!?それ!」
「知らないわよバーカ!!置いてくわよ!!」
そう言って走り始めたゼラに手を文字通り引かれ、俺は走り出した。
ただ、ゼラがした俺への指摘。……俺にも思うことはある。憎まれ役と言えば俺のアイデンティティみたいなものだ。生まれてこの方そういうあくどいやり方には長けてきたはずだ。四方八方に敵を作っては丸め込み、利用するのが俺の手だったはずだ。
そんな俺が、わざわざ疑われてまで最強の騎士を解雇し、勇者に仕立てあげ、毒殺まで計画するか?
そもそも、俺はなぜリンをそこまでして陥れようとした。
……不可解だ。衝動的な殺人の動機にしては薄すぎる。何せ、計画し実行した俺自身ですら不明瞭なほど、なぜ殺したいほど憎かったか、今となっては思い出せないのだ。
「アンタ、何ぼさっとしてんのよ!木にぶつかるわよ」
ゼラが俺の後ろで紐を引っ張り、俺を止めていた。俺の目の前には木の幹。危なくぶつかるところだった。
「……すみませんね。少し考え事を」
「全く……相当疲れが溜まってんのねアンタ。何考えてたのよ」
「あー……。世界平和のことですかね」
バカっぽくそう言った。
「ダウトね。 一生分の給料かけてもいいわ」
「ゼラ、貴女ここに来る前からずっと素寒貧だったでしょうが。概念を賭けないで貰えますか?」
「バレたか。 金の勘定は異様に早いのよねアンタ」
「そりゃ……趣味みたいなもんですからね」
「とうとう隠しすらしなくなったわね……帰ったら牢屋にぶち込んでやるんだからね! ふふふ……」
「その前にトンズラさせていただきますよ」
「下調べしてまでリンさんを貶めようとした、愛すべき相棒を私が追わないとでも? さあさっさと進むわよ!」
そう言って俺の右手を引っ張るゼラ。俺はその背中を追った。
「貶めるために……ねえ。さあ、どうでしょう」
愛すべき、愚かな聖女に聞こえないように。自問の言葉を呟いた。