五話:付かず離れず
俺らの間に割って入ったのは、何とガーベラであった。確か助太刀とか言っていた。
なぜ俺に加勢を? まさかあの時のあれ社交辞令じゃなかったのかよ!?確かに期待はしてたが、こんなにすぐ、ここまで全幅の信頼を乗せていいのか!?
ガーベラはこちらに一瞥すると、
「逃げられよ、 ローレル殿」
そう一言。剣を抜いてリンに向き合う。
「こやつはそれがしと同様、魔術を剣技に取り込んでおる。一般人では太刀打ちできまいよ」
そう言って構え直した。
今更しっぽ巻いて逃げろだと!?冗談じゃない!ガーベラは奇策ありきとはいえ俺に負けている。その時のダメージだって残っているはずだ。そんな奴がリンに勝てるわけが無い!
俺は腹の傷を押さえながら叫ぶ。
「ガーベラ……! リンは危険だ、お前じゃ勝てない……!」
そうは口で言うも、力が入らない。息は上がるし、意識は朦朧としてきている。そんなことは分かっている。無理だなんて百も承知なんだ。ここで……俺が止めないと……!
「……ゼラ殿。 ローレル殿は失血死寸前だ。普段の冷静な判断力も失われている。意地でも逃げられよ」
「ええ。そうするしか無さそうね」
俺の右手に、カノコさんから貰ったヒモが結ばれる。
「離せ……ゼラ……! 」
そう言うも、ゼラの手は信じられないほどの力で俺の手を握った。
「暴れんなっての! 命あっての物種でしょうが! お言葉に甘えてさっさと逃げるわよ、ビオサ! 」
「ブルルルッ!!」
ゼラはヒモを左手に結び、俺をビオサの上に引っ張りあげた。俺とゼラを乗せたビオサは、茂みの方に突っ走った。
「ありがとねガーベラ! こいつに代わってお礼言っとくわ!」
「礼には及ばん! 今はただ餅は餅屋に、魔術は魔術に任されよ!」
そんなガーベラの声と剣戟を遠くに聞きながら、俺らを乗せたビオサは走り始めた。
俺はビオサの上で仰向けになって真っ暗闇を見上げていた。
出発から少しだった頃。茂みを抜けると共に、柔らかな陽射しを感じる。木々の切れ間に青い空が見える。やはりあの空間だけが夜だったのだろう。どうしてあんなことになっていたか分からないが、俺はリンに化かされていたのだろう。
しばらく走るとビオサは止まり、近くの草を食み始めた。川沿いを延々と歩き続けていた時に、俺らが不文律にしていた休憩の合図だ。
「よし、一旦休むわよ」
「ええ、そう……しましょう」
俺はビオサから滑るように下り、ゼラと向き合った。相変わらず俺の右手とゼラの左手は繋がれたままでだ。
しばらく無言のまま、ビオサの咀嚼音が辺りに響いていた。
俺はその沈黙に耐えきれず、ゼラに話しかけた。
「ゼラ、貴女一体どこにいたんですか? それに話が云々と言っていましたが……」
「アンタこそ、なんで急にあんなとこにいたのよ? 孤児院前の坂を降りてから、森に入ったら急にいなくなるし。かと思ったらまた出てきて『話があるから出てきて欲しい』とか言って追いかけたらリンさんに詰め寄られてたし……」
どういうことだ? ゼラの話だと俺は二人いることになるぞ?
俺はぼーっとする頭を懸命に回す。
「……私、二人いるんですかね?」
「本人がそんなに曖昧でどうすんの! 確固たる自我を持ちなさいよ!!」
「じゃあ、誰かが私に化けてたとか? そんなこと出来るわけが……」
「ああっ!! 」
急に大きな声をあげたゼラは、こめかみを押さえた。
「忘れてた……リンさんにはお付の魔女が居たわ……」
「確かにあそこまで大規模に空間ごと私たちを化かしたんですから、それくらい可能でしょうね」
俺がそう言うとゼラは溜息をつき、
「人に化けるとかそういう次元じゃ無いわよアレ……。外見とかそのままだったのよ? もう何も信じらんないわ……」
そう言って俯いた。
俺もだ。俺はリンを甘く見ていた。あんな卑劣な手段をとりつつ、訳分からない力まで扱うだなんて。アイツはもう俺の知るリンじゃない。
しかし絶望していても仕方ない。俺らにとってアレは、再び見えなくてはならない強敵なのだ。俺はゼラに向き合った。
「ありがとうございます、ゼラ。 私が馬鹿でしたよ。私はリンがあんなやつだと薄々気づいていながら、内心それが信じられなかったんです」
「こちらこそ……ありがと。アタシもそうだったもの。お互い様よ……」
再び目線を下げたゼラだったが、俺の顔を二度見した。
「ってそうだった、アンタ怪我してんじゃない!」
俺の口と腰の上あたりを代わる代わる見て、手を当てがった。
「いや、いいですって! 治りますよこれくらい!!」
「アタシを誰だと思ってるのよ!アンタの前にいるの稀代の聖女ゼラよ! さっさとヒールかけさせなさい!」
俺は今、もっと真面目に神を信じておけば良かったと心の底から後悔した。
「……私にはあまり効果はないと思いますよ?」
「大丈夫よ。 信心で効果『は』左右されないから……」
そう言って傷口に両手をかざした。
「天におはします主よ。どうか我が手に加護をお授けください。そして彼の者を慈しみ、癒したまえ……」
ゼラが唱え始めると、急に辺りが明るくなる!
「な、なっ!?」
驚いて見回すと、ゼラの頭の上から光柱が差していた。嘘だろ……実際に受けてみるとこんな仰々しいのかよ……。しばらくするとゼラの手から、光の粒子が零れる……そしてそれが傷口に集まっていき……。
「痛゛あああっ!?」
「うひゃっ!?」
あまりの痛みに飛び上がる。反射的に動いたせいで、俺の方にゼラは引っ張られた。
「あーもー! そういうのは解いてからやりなさいよ!それより傷、治った!?」
促されるまま舌を出してつまんだり、鎧の下に手を差し込んで試してみる。確認する限り、俺の傷口は見事に塞がっていた。
「凄いな……治ってる……」
思わず感嘆の声が漏れた。
「ふふん。アタシにかかればざっとこんなもんよ! いくらでも怪我して大丈夫なんだからね!」
「……次からは遠慮しておきます」
「なんでよ!?」
確かに即座に血が止まり、肉が補われ、皮が張られるのはとても便利だ。治る間に傷口が化膿する恐れもなく、何より即動かせるのが良い。
しかし、先程剣が刺さった時と比べての10倍ほどの痛みを伴うならちょっと考えたくもなってくる。
怪我はしたくないし、何より頼りたくない。それなら治療の先約なんてしない方がいい。
「あー……そろそろ暗いので、焚き火をしましょうか」
俺はとりあえず話を逸らした。火打石をポシェットから取りだし、手頃な落枝を……。
立ち上がった俺の右腕は、下に引っ張られる。まるで何が荷物でも持ったかのような重さを感じた。原因は明確、右腕に着いたヒモの片端がゼラにくっついているからなのだ。
「ゼラ、いい加減解きましょうコレ」
「あぁ……そうね。 忘れてたわすっかり……」
それからしばらく、俺とゼラはヒモの結び目と格闘し続ける。なんで固結びにしやがったコイツ! そんなことを考えながら、一心不乱に引っ掻き続ける。
しかし一向に解けない。ゼラの表情にも焦りが見え始める。俺も内心焦っている。
このままでは繋がれたまま行動しなくてはならないのだ!そうなれば私生活のアレコレは筒抜け……それだけは避けたい!!
「……あっ」
ふと孤児院で受けたカノコさんの解説を、今更思い返す。
「このヒモは素晴らしく頑丈ですが、一度結ぶと二度と解けません。 慎重に結んでくださいね?」
俺は深呼吸をひとつ。右隣に座るゼラも同じ格好で俺の方を見ていた。
「「ぎゃああああああああ!!!」 」
森に二人の叫び声がこだました。