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四話:交渉決裂

俺が折れた剣を前に呆然としていると、少し後方で折れた片割れが地面に突き刺さる音がした。それでハッとする。

俺の目の前には、したり顔で納刀するリンの姿があった。


「勝負ありー! ふふふっ! ちょっとずるしちゃったけど、私の勝ちだよローレル!」


上機嫌にそう言う姿を見ると、何となく諦めもつくというものだ。

俺は両手を掲げた。


「降参だ降参。もうお前には勝てねえよ」


「へぇ……ほんとに? 何か奇策とかあるんじゃないの?」


「ねえよ。 さっきから両手を上げてるだろ?」


リンはしばらく俺の両手を眺めた。そして右手をひっつかむ。凄まじい力だ。


「これ何?」


右手を無理やり俺の目の前に突き出した。中指に孤児院の子供から貰った指輪が着いている。



「……見て、分からないか? 花で作った指輪だ。そこの孤児院で貰ってきたんだよ。よくできてるだろ?」



リンは冷ややかな目線をその指輪に向けている。



「……わざわざツメクサで作るだなんて悪趣味だよね。花言葉も不吉だし。マツムシソウとかにすればいいのに気が利かないよね。それにさ……」


わざとらしくリンは間を開けた。聞き返してくれるのを待っているようだ。


「なんだ?」


俺が問い返すと、リンは目玉だけをこちらにギロリと向けた。


「前々から思ってたけど、ローレルって結構モテる方でしょ」


「……ほう」


緊迫した戦闘の後で予想の斜め上のところから話が振られ、思わず変な相槌が出た。






それと同時。錯乱した俺の脳内は、『第n回リンがなんであんなことを言ったのか会議』を勝手に始めた。


「どういう風の吹き回しだ?意図が見えないぞ。リンは俺に嫉妬してるのか?」


鎧も何もかもほつれた、ボロボロの俺が問いかける。机には三人の俺。ボロボロの俺、比較的綺麗な格好ないつもの俺と、密偵の時のマントで顔をおおった俺。


「孤児院の子供にモテた俺に? いや、さすがに無いだろ」


比較的綺麗な俺は真っ向から否定した。


「ならば、ヒステリーにでも罹ったのだろうか?」


ボロい俺は問いかける。綺麗な俺は首を横に振る。


「いや違うな。そもそもあれは医学的に女がなるものらしい。リンは女みたいな見た目こそしていれど男だ。……だよな?」


綺麗な俺が黒マントの俺に顔を向ける。黒マントは腰元に下げた袋から紙切れを出して机に置いた。


「あぁ、以前読んだ戸籍だ。 これによると男と記載されている。実際に確かめたことこそ無いが、まあヒステリーの線は薄いだろう。王国でのヒステリーが起こった症例とも、類似点がない」


「そうか……では、なぜ『モテた』なんて言葉が出たんだろうな」



ボロは綺麗な方に問いかけ、続ける。


「リンは他人の人気や好意を気にしないタイプ……人柄の良さとビジュアルで男女問わず好意をかき集める人たらし。だがこいつは惚れた腫れたの浮ついた話の一つもない、清廉潔白な人間。『モテる』という概念をこいつが知っていたこと自体驚きだろ?」


二人の俺は頷き、黒マントの方の俺は懐から帳簿を取り出した。


「朝は奉仕活動。昼から夜は騎士団の訓練と指揮、緩衝地帯の見回りや各種業務。その後すぐに自主練を始め、夜警があればそつなくこなす。終われば真っ先に俺の部屋に来て楽しげに一日の流れを報告して自室に戻る。それがアイツの一日。俺はリンを数ヶ月間見張り、行動を把握していたので知っているだろう? 以上のことから、リンに恋愛の意識は無いと考えられる。謎は深まるばかりだな」


黒マントの俺は腕を組んで首を傾げる。


「数ヶ月監視? 俺そんなことしてたっけ……?」


ボロい俺が問いかけると、黒マントの俺は顔を上げた。


「ああ、やったとも。 リンを騎士団長の座から引きずり落とすためにな。 ちょっとしたゴシップでも探そうとしてただろ?浮ついた話もなければ、勝手にできているファンクラブとの接触も一切ないことしか分からなかったが」


「ああ、まあ……確か……な」


「とにかく、①『児童に人気だったことへの嫉妬』、②『ヒステリー』、③『その他』ってとこか」


「まだヒステリーの線消えてないのかよ」


「まぁ、性別を確かめた訳では無いからな」


「とにかく、この3つで確定だろう。 さあさ戻った。解散だ」



頭の中の俺が退散していく。



「助かったぞ俺。だが、一つだけ聞きたい」


「「なんだ?」」


「……今更ながらなぜ俺は、リンを追い払おうとしていたんだ?」


ボロい俺は二人の俺に問いかける。二人の俺は顔を合わせ、


「「……なんでだっけな?」」



口を揃えて言ったところで我に返った。





脳内会議が終わると、リンは俺の指にはめられていたシロツメクサの指輪を手にしていた。そしてジロジロと向きを変えては眺めている。



「どうした? 嫉妬か? 子供相手なんだから気にする必要ないだろ」


「……まあ、嫉妬かな?」



①だったか? あんな化け物みたいな力をしておいて、割とこいつも可愛いところあるのか?



「私を差し置いてローレルと仲良くなろうだなんてね」



まさかの③。よく分からねえこじれ方してないかコイツ。おおよそ魔王になろうだなんて宣う人間のメンタリティでは無い。……どういう訳だ。リンが俺を登用するって言ってるのはブレーンとしてでは無いのか?それとも……。

思わず身震いした。未体験の好意が向けられている気がする。

リンは指輪を握りつぶし、


「うん、これ以外は何もなさそうだね! これからはずっと着いてきてもらうよ、ローレル!」



嬉しそうにそう言った。そういえば、怪しいものを持っていないか確かめていたんだったな。

一応、聞いておくか。


「やっぱりお前、俺に着いてきて欲しいんだな?」


「当たり前じゃん! 聖剣を取りに行くのも星見村に向かうのも、ずっと着いてきて欲しい!ローレルは頼りになるから!! まず手始めにステラに会ってもらうね! ステラっていうのは私の仲間で魔法使いで……」


リンは夢中になって話している。それを俺は聞き流しつつ、状況を整理する。

俺はこのままリンについて行けば、魔王を殺して王国を滅ぼす手伝いをさせられる。ついて行かないという選択肢はない。ゼラの話はリンの口から一切出なかった。知らないか、わざと触れていないかのどちらかだが、高確率で今後殺されるだろう。今じゃなくても、近い将来必ずだ。



「……レル? ……ローレル?」



リンは俺の目の前で手を振っている。 俺からあまりに反応を感じなかったから、心配したのだろう。



「ああ、ごめんごめん。 最近寝つきが悪くてね」


「なんだ! そういうことだったんだ。あまりにもぼーっとしてたから、何かあったかと思っちゃったよ」



そう言って、リンはこちらに背を向けて立ち上がる。

俺は迷っていた。こいつを倒すビジョンがあまりにも見えなかったせいでだ。

俺にはリンを殺せない。 最初から俺は交渉のテーブルにすら着けていない。なら、テーブルごとひっくり返すくらいの奇策が必要だ。



「さて、出かけようかローレル! 私たちの冒険に!」



さっさと認めれば、きっと俺だけは助かったのだろうな。そんなことを考えながら、俺は手を下に下ろす。そして、こちらに背を向けるリンに話しかけた。



「リン、その前にちょっと待ってくれ。見せたいものがある」


「うん? どうしたの──っ!?」



俺は寄ってきたリンの目に向けて、砂をかけた。先程転んだ時に、篭手(こて)の間に入り込んだ砂は目潰しするには十分な量であった。

そしてリンが目を押えたのとほぼ同時に、俺は後ろに向かって走る! 向かうのは先程飛ばされた剣の切っ先の方向!

簡単な話、俺が死ねば全ては解決するのだ。リンが俺を連れていくという理由が無いならここを去り、魔王国に向かうだろう。そしてゼラが俺の死体を見つけることさえ出来れば、国に援軍を呼べる。魔王国にもガーベラと言うやつにに俺に借りを作っている。地図上で挟み撃ちの構造になるはずだ。強い人間も数には勝てない。そうすれば最悪の事態は避けられる。

俺が剣の端を喉元にあてがったその時だ。



「へぇ……私のこと信じてくれないの? こんなにも正しいって認めてるのに?」



そんな声が聞こえた。



「確かにお前は人として正しい。だが、正しいだけの人間などこの世に居ない。 よってお前はもう人でない」


「なら、君もそうなるといい」



目を押さえるリンは、何故か不敵に笑う。そして指の先はピンと伸び、俺の後方の茂みを指していた。



「何を……する気だ」



茂みがガサガサと揺れた後、


「ローレル? 話って……」



ゼラが葉を掻き分けて顔を出した。



「ゼラ! 見るなっ!」



咄嗟に言ったが、もう全てが遅い。ゼラは茂みから半歩出たところで硬直した。たちながら呆然と前を見ている。


「リン……さん……?」


「ゼラ! 逃げろ!早く! もうこいつはお前の知ってるリンじゃねぇ!」



いつもの口調が乱れるくらい叫んでも、ゼラに俺の声は届いていないだろう。丸く開ききった目は俺でなくリンに向けられ、口は力無く空いている。


クソっ!よりによって血塗れのリンを見せちまうだなんて!考えられる最悪のエンカウントじゃねえか!



「嘘……嘘よ! 嘘に決まってる! こんなの……リンさんが……リンさんが……!」



ゼラは膝から崩れ落ち、頭を抱えた。


ゼラは動けない。俺がゼラを抱えてリンから逃げられるか?無理だ。俺一人でも無理だと言うのに。


はぐれていたが、ここまで丁度すぎるタイミングで合流。分断されていたとしか思えない。俺が自殺することも考慮して何らかの仕掛けをしていたってことだ。こちら側の思考、行動はおおよそ読まれきっている。


そしてもうひとつ。俺はまだ、『魔女』に会っていない。ただでさえリンとは勝負にならなかったのに、二対一。



完全に……詰んだ……。


冷や汗が頬を使う。背筋は凍ったように動かず、頭はぼんやりとしている。

考えろ……考えろ! 俺! 今動かなけりゃ俺もゼラもタダじゃ済まない!きっとなにか方法が、あるはずだ。そうやって俺はいつも窮地を脱してきただろうが!なにか……何かないのか!

考えれば考えるほど思考はとっ散らかり、体は鈍くなっていく。


「そういえばあの子、今のローレルの相方らしいよね 」



リンの言葉が頭に響いた。咄嗟にリンの方に振り返ると、リンは持っていたロングソードを逆手に構えていた。



「リン、お前……何をする気だ」


「君の焦りようを見るに悪い子じゃないみたいだけど。この際だ、あのゴミみたいな王国に引き返す動機も、方法も。ちゃんと消してあげるよ」



そう言って、リンは槍投げの要領で剣を振りかぶる。右手はギリギリと引き絞られ、ピンと伸びた左手の先はゼラに向いていた。




「クソがっ!!」






こうなれば、やぶれかぶれでもやるしかない。

俺は剣の切っ先をリンの目を目掛けて投げた。



「そんなの通用しないって……」



リンは造作もなく、目の前に飛び込んできた剣の切っ先を左手で払いのけた。その間もリンの右手は力を込めつづけ、渾身の一発が今にも放たれようとしていた。




「──あっ」




リンは目を見開いた。……多分。そんな声がした。

一瞬、やばい音を立てていた革手袋と剣の柄の摩擦音が緩んだ。切っ先を投げたと同時、俺は両手を広げてリンの目の前に飛び込んだのだ。


一瞬遅れて、俺の左脇腹を、鋭く経験したことないような痛みが貫いた。体の中身ごとは引っ張られ、遅れて体に空いた穴から衝撃が伝わってくる。


やばっ、これ、押されっ。




『──ズブッ』



「──ぐっ、ぐおおぉぉっっ……!! 」



俺の左脇腹から剣が顔を出していた。同時に背中を押されたような衝撃が伝わる。咄嗟に両足で踏ん張り、剣がゼラに触れる寸前のところで勢いを殺しきれた。



「うぐっ……あああっ!」



安堵と共に遅れて激痛がやってくる。踏ん張った時に腹がさらに切れ、呼吸をして切れ、心臓が動いて切れる。痛い、痛い!痛い痛い!!!


リンが投げた剣は俺の左の腰より少し上、背中側から刺さった剣は俺の腹まで貫通し、鍔のところでつっかえて止まったようだ。まじかよ……鎧を貫きやがった。



「ははっ、いっ──!」



馬鹿げた威力に笑えたが、その一呼吸でさえ俺の腹に激痛をもたらす。

俺は、うずくまるゼラの前で、両手を広げたち続ける。もう一歩も動けないからだ。それともうひとつ、真正面のゼラを庇うためだ。

正直、なんの解決にも、慰めにもならない、貧弱すぎる肉壁。

なぜこんな馬鹿げたことをやっているのか、俺にすら分からない。



「もー……流石にさ、それは反則だよローレル。貫通させることも出来ただろうけど、君に当たると思ったら手加減せざるを得ないじゃん」



後ろからリンがうだうだ文句を垂れる。



「ハァッ……ハァッ……手加減してコレ、とか、正気か……? 岩でもぶん投げてりゃ良いんじゃねえの?」



いかんな、血が……止まらない。腹から顔を出した剣の先から血が滴り、ゼラの頭に落ちる。



「ん? ……ロ、ローレル……?」



ようやく気がついたようで、ゼラは顔を上げた。ゼラの頬の辺りに血が滴った。



「……すみません……ね。 顔……汚しました……」



あーいかんな。なんにも気の利いた皮肉が出てこない。ゼラは目を見開き、唖然としている。



「どいてよ。 殺せないじゃんそいつ」


「んなこと言われたら尚更動く訳には……いかねぇな」


「……そいつだけ特別扱いなの癪だね。まあいいや、とりあえず剣だけ貰うね」


「っ──ぐうっ!!」



背中側から剣が抜かれる。内臓が若干押しのけられ、切断面が増えた。



だめだ、もう、立てね……え……。




膝から崩れ落ちる。ゼラの頭に覆い被さるように倒れ込んだ。縮こまったせいで腹が……痛いがもうどうでもいいな。いかんな、なんか寒くなってきた気がする。



ようやく我を取り戻したゼラは俺の胸ぐらを掴んだ。



「なんで……!アンタ……なんでアタシを庇って!」


「何で……ねえ。なんででしょうね。 ボディーガードの手間賃もくれなさそうだと言うのに」


「そうよ! やるわけないでしょ!

動けないアタシなんかほっといて、アンタだけ逃げれば良かったでしょうが! いつもの冴えた頭はどこに行ったのよ!少し考えればわかるでしょ!? なんで……なんで!」



……正直、何故俺がこの性悪修道女を助けようと思ったのかは微塵も分からない。修道院で毒っ気が抜けてしまったのか。数日間の旅で友情のようなものが芽生えたのか。

ただ、言うべきことは分かっている。



「お望み通り……風通し良くしておきましたよ?」


できる限り、微笑んで言った。つぶさに左頬にビンタが飛んでくる。


「バカ!軽口なんか叩いてる場合じゃないでしょ! 逃げなきゃ! 逃げないとアタシたち死ぬわよ!」


「そうですが……どこに行きましょうかね?」


「……逃がすわけないじゃん、“私の”ローレルを。死なせないよ」



俺の左肩が掴まれた。先程とは比にならない力だ。鎧ごと骨が軋むのがわかった。リンの覇気がまるで違う。殺気に近いそれを漂わせ、リンは一言呟いた。



「……残念だ。 君になら分かってもらえると思ったのに」



俺はゆっくりと目を瞑る……。もう万事休す……か。





「──『上り閃 三両』!!」



聞き覚えのある声と、斬撃が3つ。俺の頭上を飛んだ。



「早いかと思われたが、存外丁度良かったな! 助太刀に参ったぞ……ローレル殿!!」


「……が、ガーベラ……?」


「チッ……また潰さないといけないハエが増えた」

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