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三話:獣はテーブルマナーを知らない

「ローレルはさ、……なんで人が殺意を抱くと思う?」



まっすぐにリンは俺を見つめた。

理由は簡単。俺がリンを殺そうとしたからだ。目で『お前は私よりわかるだろ』と言っている。



「……憎いからだ」



口は重々しくも勝手にに開いた。



「死ぬほど妬ましいからだ。邪魔で仕方ないからだ」



その様子を楽しそうに見ていたリンはほくそ笑む。



「ふふふ……そうそう! 嫌で嫌で仕方ない。邪魔だから殺すって、とっても理にかなった行動でしょ?」


「お前も俺も同じなのか? そこまで本気になって、殺したヤツらのことを憎んだのか?」


「うーん……私とローレルじゃ、ちょっと『邪魔』の方向性が違うかも……よっと!」



そう言って、木から飛び降りた。リンの姿が月光に照らされる。



「ッ……!?」



リンの姿を目視した俺は、本能的に飛び退いた。

その体は青白い月光の下ですら色褪せないほど、おびただしい返り血で彩られていたのだ。

手を中心に広がるまだら模様は、顔やらそこかしこに跳ねまくっている。しかし本人は気にも留めていないようだ。俺にはただのケダモノにしか見えなかった。



「……どれだけ殺した」


「さあ? 数えてはいなかったから。数えられるとこまで教えようか?」


「いいや、それは結構。数えたって減るもんじゃ無いしな」



リンは俺を見据えた。まるで獣の目だ。捕食者の鋭い眼光を俺に向ける。



「ローレルには感謝してるんだよ?私はこの旅に出てようやく知れた。人間にはクズしかいないってことを。

私は何もかもが憎くて仕方なかったんだ。ローレルやステラを馬鹿にするウジ虫共が! 力があるからと私に擦り寄ってくる、集るしか能のない汚らわしいハエ共が!」



両手を広げ、高らかに語る。



「そのためならどんなことでも出来た。汚らわしい返り血を浴びることも、忌々しい叫びを耳にすることも。ずっと羽音を耳にするよりはずっと良かった」



そう言ってにじり寄ってくる。猛獣が牙をむいて迫ってくるようだ。

俺は腰を低く構えていつでも剣が抜けるようにした。



「おっと、私は暴力で解決するのは好きじゃないんだ。手を離して貰っていいかな?」


「何言ってんだ。散々殺して、村まで焼いたヤツが今更平和主義者気取りか? 殺す必要ないやつまで殺しておいてか!? 」


「……確かに、やりすぎたかもしれないけど」


「なら……!」



なら、これ以上の人殺しをやめろ。そう言ったつもりだった。そう言うつもりだった。

しかし、その先は言葉にならなかった。口から出なかった。呼吸が上手くいかない。俺は……なんて恐ろしいものを見ているのだろう。

リンが……笑っている。先程までの張り付いていた薄ら笑いとは違う。にっこりと。口の端が裂けているのかとでも思うほど、目の縁まで切り込んだのかとでも思うほどに、不気味なほどやつはニッコリと笑っていたのだ。



「やめられると思うの? こんなにすばらしいことを」



その風貌のみならず、リンは中身まで獣に成り下がっていた。

俺がリンを獣にしたのかもしれない。

経緯はどうであれ、アイツはもう人じゃない。

リンは獰猛な目をギラつかせながら、あどけなく笑った。



「この世には醜いハエは要らない。こうして殺し続けていけば、清潔で完璧な世界に近づくんだ……わかってくれるよね?」



そう言って血みどろの手を、うっとりとしながら月光にかざす。めまいがしそうになるが、何とか耐えて口を開く。



「いくら大義名分を連ねようが、お前のやった悪事は許されない。 堕ちる所まで堕ちたな、リン」


「何言ってるの? これは社会の清掃活動なんだよ、ローレル。大切なことなのに、みーんなやりたがらないじゃない?」


「やる必要が無いからな。さっさと悔い改めろ」


「邪魔なハエや汚らしいウジ虫共を潰すことにいちいち後悔する必要なんてあるの? 虫を殺しました、だなんて日記にすら書かないような他愛もないことでしょ?」



ダメだな。(らち)が明かない。会話が出来ているように見えて一切できていない。

いくら話し合おうとしても取り合う気が向こうにないなら、話し合いでの解決なんて不可能だ。

奇跡的に対話のテーブルにつけたと思っていたが、その話し相手が獣なら意味が無い。



「さて、ローレル。私にひとつ提案があるんだけど」



手を叩いて、リンは仕切り直した。ニヤリと笑って手を広げる。



「私の仲間になってよ。私と一緒に王国に復讐しようよ!」


「……選考理由は?」


「完璧な王には、人間味ある優秀な側近が必要だもの! 内政も得意なローレルは適任でしょう?」



俺は黙って剣を引き抜いた。さすがに堪忍袋の緒が切れた。



「気に入らない提案だ。俺は人間の醜さ代表みたいな男だぞ? その人選能力の無さ、笑っちまうよ。 こちらから、願い下げだぜ殺人鬼」


「適任だと思ったんだけどなぁ……。仕方ない、ここは円満に暴力で行こうか」



リンは腰からロングソードを引き抜く。俺が渡したそいつに、こんなところで再会したくはなかった。



「じゃあ行くよ〜! それっ!!」



リンは片手でロングソードを振り下ろす。

ずいぶんと大袈裟な振りかぶりだ。軌道は簡単に予想出来た。これなら一度防いで、様子を見て戦った方がいだろう。

俺は剣の軌道に合わせて横に剣を構える。



「よっ──」



次の瞬間には俺の目の前で、天と地が三度入れ替わった。



「──は? ……ぐうっ!!」



状況が読み込めず、勢いそのまま体は地面にたたきつけられた。俺は後ろ向きに回りながらぶっ飛ばされたのだ。



「一体……何が?」



俺は立ち上がろうと剣を地面に突き立てる。

その際、違和感を感じ突き立てた剣の先を見た。俺の剣はリンの一撃を受けたところから綺麗に切断され、半分ほどの大きさになっていた。

俺はようやく理解した。最初から俺は 、リンと同じテーブルに着いてすらいなかったのだ。

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