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一話:鏡に映ったお前は

リンは木の上にいた。おそらく枝に腰かけているのだろう。月光に照らされて、屈託のない笑みを浮かべるその顔が、うっすらと見える。

なんでここにいる?お前角尾村にいるんじゃなかったのか!?どうしてそんなところに?というかこの空間どこだよ!



「久しぶり!! えへへ、びっくりした?」



こっちの事なんか気にも留めずに、気軽にそんなことを言いやがる。

俺がまいた種であろうとはいえ、いささか腹が立ってきた。


「リン、お前は角尾村にいるって聞いたんだが……」


「あ〜! そこで色々勉強して来たんだ! ローレルはどう?」


「お前のせいで早死にしそうだよ。 さっさとこっちに来たらどうだ? お前も国に帰りたいだろ?」



俺は笑顔を崩さずにそう言うも、一切の反応がない。

俺の話なら一言につき三言ぐらいで返すリンが、ピクリとも動かずにずっとうつむいている。

……墓穴を掘った。そう自覚した時には全てが遅かった。

リンはそのままゆっくり口を開いた。



「帰る(ところ)なんて……もうないでしょ?」


「……ッ!」




消えそうな声で一言つぶやかれた。深く、胸に突き刺さる。絡みつき、締めあげられる。

リンの居場所を職を奪ったのは、私怨で報復したのは、間違いなく俺なのだ。



「そ、そんなことはない! お前の嫌疑さえ晴れれば晴れてお前は復職! 勇者がそんなに嫌なら、他の奴に代わってもらえばいいだろう? 」


「そうじゃない」



振り絞って出した詭弁(きべん)は、容易く一蹴された。さらに締められる。

喉奥から酸が込み上げてくる。



「……えっと、お前に聞きたいことが山のようにあるんだ! 帰ってからその話を聞かせて欲しい!」


「違うよ」



リンはゆっくりと顔を上げる。その両頬には涙が伝っていた。

思わず呼吸が止まった。罪の意識が溢れかえって、俺を窒息させようとしてくる。思いと言葉と自責の念で詰まる喉元を、震える両手で掴んだ。



「なんで私を殺そうとしたの」



リンは通る声でそう言った。

それと同時に俺の思考は止まった。頭の中で反響し、何度も勝手に反芻される。頭が割れそうだ。心臓が悲鳴をあげて高鳴る。目の焦点が狂ってきた。視界が、思考が歪んできた……。



「ちがう……違うんだ俺は……俺は……!」



うわ言のように口に出す。頭が右へ左へと揺さぶられるような感覚の中、まだ保身しようと最後の抵抗を反射的にする。



「何言ってるのローレル。私とローレルの仲じゃない。隠し立ては無しにしていたでしょ? なにか事情があった。そうでしょ?」



──光明が差した。俺は無意識のうちにリンの方に顔を向ける!



「そ、そうだ! 俺には……!」


「まあ、君は破ったけどね」


「あっ──あぁぁぁぁ……」



俺は地面に手をついた。もう立ってなど居られない。



「──ごぶっ」



堪えきれずに目の前の地面に吐き出す。血だ。鮮血が口からこぼれ落ちた。舌を通るのは鉄臭い味だけだった。

笑おうとするも、口角が痙攣(けいれん)するばかり。

こんな時は鏡を見るんだ……鏡を……鏡を見れば……自分を客観的に見られる。真っ赤な水溜まりを覗く。そこに映るのは幼い俺(・・・)だ。

泥だらけの顔に、やつれた輪郭。口元から鮮血が垂れていた。俺は……このまま死ぬのか……?

水溜まりの先の像がぼやける。俺の顔はリンの顔に成り代わった。目の前のリンは侮蔑の目を俺に向けた。



「本当に私は悲しいよローレル。君とは確かな友情があるものだと、私はただ盲信していたんだ。

滑稽でしょ?」


「そんな……お、俺だって……! おれだって!」


「毒入りの葡萄酒を手土産に持たせたのは?」


「待って……それはちがう……ちがうんだって!」


「取引してたの見たんだけど?」


「……っ」



もう、何も言いかえせない。どうしようもなくなって、丸くうずくまる。



「いやだ……こわいよぅ……」



なにが怖いのだろう。なにがいやなんだっけ……。もう分からない。くやしくて、いやで、こわくて、ずっとないている。



「大丈夫だよ」



やさしいこえが、上からきこえてきた。


「仲直りしようか、ローレル」



リンが、やさしく声をかけてくる。



「なか、なおり?」


「そう、仲直り。 私はこんなことでローレルを嫌いになんかならないよ。さぁ手を……手を取って、ローレル」



おれはゆっくり、ゆっくりてを……。



[ブチッ]


「──ッッ……! 馬鹿にすんじゃねぇっっ!!」



目が覚めた。

俺はリンの手をぶっ叩いて払い除ける。


そのまま数歩退いた。どうやら俺は誘われるがままに森の方まで歩いていたようだ。危ない……持っていかれるところだった。あのまま手を取っていたらどうなっていたことだろうか。考えたくもない。

リンの声を聞いた時、俺の頭の中の何かが書き換えられるような気がしたのだ。だから抵抗しようと舌の先をずっと噛んでいた。

口の中の切れた舌の先を流血と共に吐き捨てる。出血は酷いが、最悪ゼラに治してもらえばいい。

リンは相変わらず笑顔を崩さず、木の上に腰かけているようだった。



「……残念。やっぱりローレルに言葉で勝つのは難しいね! あとちょっとだったのになぁ……やっぱり虫けら共の使う洗脳なんて信用出来ないや」



虫けら共? リンの口から出てきそうもない言葉が急に出てきて困惑する。その上に洗脳とか言ったか?

あー駄目だ。思考がまとまらねえ。さっきの幻覚のせいだとは思うが考えがとっ散らかる。ここは探りを大人しく入れるか。


「お前がそんな汚い手を使うだなんてな。お前には向いてないと思うが、一体誰の真似だ?」


「わかってるくせに〜! ……というか、一応悪いことしてるなって分かっててやってたんだね」


「当たり前だろ、俺は悪人だからな」



俺は口元を拭いながら言う。



「悪人には悪人なりの哲学がある。矜恃がある。それを乱すのならお前を許さない。無自覚な悪事ほど惨いものは無いからな」


「へぇ。 やっぱりローレルはすごいなぁ!」



相変わらず間抜けな声だ。ずっと笑顔で何を考えてるか分かりやしない。いつもならすぐ顔に出るのに。

俺はとりあえず一番気になることを聞いた。



「ところで俺を誘拐するつもりだったんだろ? なんのためにだ?」


「やっぱりそれ気になるよね!単刀直入に言うね!」



ぬっと首を突き出してリンは言う。あいつの長い金髪が夜風に揺れた。



「私を魔王にしてよ」



まるで物をねだる子供のように、リンは言った。

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