七話:救出、糾問
リンが星人たちをひとしきり殺し終えると、辺りを覆っていた屋根や壁は消える。星人たちが遺した近未来的な機械、そして離れたところに裸で椅子に縛られたステラの姿があった。
「り、りんさぁん……!! 助けにきてくれたんですねぇ……!」
俯いていたステラはリンの姿を見るなり、ぱあっと明るい表情を見せた。
「待っててね。今動けるようにするから」
リンはそう言うとステラを縛る革ベルトを引きちぎる。ステラは恥ずかしそうに目を背ける。
極力目を伏せつつリンはステラに声をかけた。
「ごめんね遅くなって……何もされてない?」
「は、はい! ナイフの刃が通らないとわかってからは何もされてません! ……でも……服がぁ……」
今にも泣き出しそうな顔で部屋の隅を見るステラ。目線を注ぐ先にはボロボロの布切れが。強引に引きちぎられた裁断面は波打って糸くずがとび出ていた。
「……」
数秒無言でそれを見つめたリン。近くの麻袋の縫い目を解き、ステラに渡した。
「私、ちょっと行ってくるからここで待っててもらっていい?」
「え、あ、はいっ!! ど……どこに行かれるんですかぁ?」
「ないしょ!」
笑顔でそう告げると、円錐状の何かを持って路地裏に消えた。
「え、えぇぇぇ!! 裸んぼのまま置いてかないでくださぁい!!」
体に麻布を巻くと、周りを気にしながらステラは路地に向かって歩き始めた。
一方、路地の奥の暗がり。
『ああぁ!! 話を……話を聞いてくれぇぇ!! お願いだあぁぁぁ!!』
『もうやめてくれぇぇぇ! いたいっ!食われるっ!!あぁ!嘘っ……這い出てくるっ……!あぁぁぁぁあ!!』
異星人は悶え苦しんでいた。立ちはだかるリンの握り拳は黒く輝き、影のような無数のハエを生み出し続けていた。
異星人の触手は綺麗に切断されている。ハエの群体は断面からその体を食み、体液をすすり、ほじくり返しては卵を産んだ。
リンは侮蔑の目を二匹の異星人に向ける。
「だって君ら、ステラに何かしたでしょ?」
『してねぇ……してねぇよう……!』
『そもそもナイフすら通らないんだぞあの体にはっっ!! 研究なんてできっこねぇ……!!』
「うーん……確かにステラもそう言ってたしね。 それはあるかもね」
リンが指を鳴らすと、ハエは霧散した。異星人は頭らしき円錐の先を回し、様子を伺う。
『た、助かったのか……?』
「ううん。 君らにはまだ聞きたいことがある」
『なんだ! 何が聞きたい! 教えるから見逃してくれぇっ……!』
「君ら、本当にステラに何もしてない? 」
『してねえ!するわけねえ!』
『なんで信じてくれないんだ! してないしする気もない!!』
「じゃあなんでステラは裸だったの? 変なこととかしてないよね?」
『してないっ!! 頭に刃が通らなかったから粘膜経由の侵入経路を試そうとしただけだ!! そちらも通らなかったが!』
『そもそもだ! 我々は偉大なる種族! 人間の! その奇形と呼ばれる体に性的興奮などするはずが無いだろう!』
「……ステラの体じゃだめだったとでもいいたげだけど?」
リンは拳を握り直した。
『そうだ! そういうことだ!』
『待て! その言い方は……』
「──死ね」
叫び声は大群の羽音にかき消された。
リンの前にはただの血溜まりが広がっていた。
「あんな変な見た目の癖に、血は赤いんだ。ますます気持ち悪いや」
残った血をすすらせるため魔術を使おうとリンは右手に集中した。も、魔力は集まらない。
「……やっぱり使えないや。イライラが最高潮の時しかまだ使えないみたいだね。実戦には向かないかも……」
リンがそうつぶやくと、頭の上からハエが飛来した。ハエは血溜まりにとまり、残された小さな肉片をかじっている。肉体としての死を早めていく様を、顔をしかめながらリンは見ていた。無意識のうちに歯ぎしりもしながら。
「リンさぁん!!」
薄暗い路地を麻布をバスタオルのように巻き、ステラは走ってきた。リンは慌てて立ち上がる。
「あっ、遅くなってごめんね! それじゃ帰ろっか!」
そう言って路地を抜けていこうとするリンの手を引き、ステラは熱視線を向けた。
「アレがリンさんの魔術なんですか!?」
「……見てた?」
「はい! ハエさんをいっぱい出しててカッコよかったです!」
大興奮のステラは両手を振って目を輝かせる。リンは顔を覆い、空を仰いだ。
「ああ、そう……気に入ってくれたなら……いいよ……」
「あんなに凝ったハエさんを出せるだなんて……よっぽどハエさんを見てるんですね!!」
「それは……そうかもしれないけどさ……!」
「ハエさん、お好きなんですよね?」
「……嫌い」
リンがそうつぶやくと、ステラは冷や汗をダラダラ流してめちゃくちゃに手を振り回す。
「ふぇ!? ご、ごめんなさい!!」
「いや、いいんだよ。私が悪いんだし」
「は、ハエさんと何かあったんですか……? 何か……トラウマとか?」
「トラウマっていうか……。昔幼なじみと初めて会った時、道端でハエに集られてたからさ……それ以来苦手で……」
「な、なんでそんなことに……?」
「身寄りのない捨て子だったんだよ。ローレル……その幼なじみはさ」
話をうやむやにするように、ステラの手を引っ張って通りに連れ出そうとする。ステラは何度も首を横に振り、
「待って! 待ってくださいっ!!心の準備をさせてください!!」
リンにそう訴えた。それもそのはず。麻袋では色々と限界があり、今にもはち切れそうになっているのだ。 リンはわずかに微笑んでそれに答える。
「大丈夫。もう村には誰もいないから」
「……へ?」
ステラはただただ目を丸くするのだった。