四話:魔女の手のひらの上
うずくまるリザードマンの死体。リンは立ち上がると、その近くから退いた。
「うむ。それでいい」
魔女のような格好をしたその女は頷いて言う。その間も張り付いたような笑みをずっと浮かべていた。髪は黒く目も黒い。身にまとうローブも黒い。それ故に、病的に白いその肌が目立つ。
警戒するリンを前に、その三日月のような口を開いた。
「それにしても鮮やかな手つき、種族差をものともしない力……。お前は、さぞ名のある戦士なのだろうな。
見えなかったが、どんな魔術を使ったんだ?」
そう言って距離を詰めてくる。リンは剣を引き抜いて構える。
「魔術なんか使わないよ。それより、お前は──」
「ほうほう。口ではそんなこと言っておるが、体には魔力が充ちているではないか」
「……ッ!?」
次の瞬間、魔女はリンの体に抱きついていた。鼻先を胸に埋め、体を寄せる。そして、わざとらしく鼻をすんすん鳴らして匂いを嗅いでいた。
「なっ、ななっ!?」
リンはうろたえる。それをよそに隅々にまで鼻を当てる魔女。
「臭う、臭うぞ。魔術の……異界の匂い。それと女の……魔術師の匂い」
「──ッ!!」
リンは剣を振り抜こうとした。しかし、
「体が……動かない……?」
抱きつかれている部分だけでなく、足、首に至るまで関節という関節が全く動かない。当惑するリンだが、魔女は止まらない。なにかの痕跡でも辿るように、鼻を擦り付けていた。
そして五分後、
「ふむ、だいたいわかった。もう良いぞ」
そう言って魔女は離れる。しかし相変わらず関節は動かない。
「拘束を解け!」
凛がそう言うも、魔女はリンを担ぎあげた。
魔女は凛より頭二つ分小さいのだが、体格差を感じさせないほど軽々と行って見せた。
「断る。 貴様に問いただしたいこと、教えねばならぬことその両方が山ほどあるのだ」
そう言ってリンを片手で持ち上げ直し、リザードマンの死体を抱える。そして市場のはずれ、細い路地をずんずん進む。
真っ暗なその空間の先、魔女は立ち止まった。
そこには小さな家が建っていた。ランタンがつきっぱなしになっているそこは、別世界のように明るかった。家の屋根瓦、窓やドアに至るまで丸く、ファンシーなデザインで、夢の国にでも迷い込んだようだった。
「……ここは……!」
魔女はリンを下ろし、拘束を解いた。
「ようこそ我が工房へ。 私の名はロゼ……ステラの母だ」
「お、お母様!?」
リンの喉から変な高音が出た。答える代わりにニヤリと笑い、リンを手招きしつつ工房のドアを開ける。
「積もる話もあるだろう? どうぞ中へ」
リンは誘われるままに、不思議な建物の中に入った。