二話:帰りはこわい
角尾村に入って村民に囲まれたリンとステラは、日が傾いてもなお、歓待を受けていた。
リンは村の男たちに囲まれ、腕相撲の相手をさせられていた。
「おいおいすげぇな! このまま勝ったら十人抜きだぜ?!」
「ぐ、ぐぅぅ……動かないっ! 何なんだコレ……!」
リンの相手をしているのはリンよりはるかに大きなリザードマン。歯を食いしばり、リンの右腕を押し続ける。一方リンは汗ひとつかかず、笑顔で応える。
「これで本気? 両手、使っていいよ」
「クッソ……言いやがったな! ──うおぉぉぉ!!」
リザードマンは両手と全体重をかけてリンを押すも、ビクともしない。
「さて、決めさせてもらうよっ……! 」
そう言うと同時、リザードマンの巨体は腕とともに勢いよく地に倒れた。受け身も取れずに床に倒れ、鈍い音が響いた。
「すげえ! 十人抜きだぁ!! 全力のリザードマンすら軽くいなしちまった!」
「まじかよ負け無しだったのに……すげえ新入りが来たもんだ……」
リンはリザードマンを助け起こす。
「大したやつだ……俺がこうも負けるとはな。メンツが丸つぶれだ」
「ごめんね。本気でと言われたからには手を抜けないからさ」
「完敗だぜ、騎士さんよ。後で俺の子供たちに会わせてやる」
「嬉しいね。ありがとう」
そう言って手元のジョッキを交わし、一気に飲み干す。
「ぶはぁ……! そういや騎士さん、アンタら二人だけでここに来たのか? ハネムーンか何に来るにはしけたところだろ?」
「へ? 違う違う!私は聖剣を引き抜きに……っていうかそもそも私たち二人だけじゃなくてベイも……」
村に入る際、ベイを連れて来忘れていたのだ。
外に出ようと立ち上がると、相席していたリザードマンに手を引かれる。
「おい、どこ行くつもりだ? まだ一口しか飲んでねえだろ」
「あ〜……ちょっと外に用事があってね! すぐ戻るから!」
リンはそう言って人混みをかき分けて外へと向かった。
「……そうか」
リザードマンはゆっくりと立ち上がると、リンの後を追うように外へ出た。
リンは外へ向かう途中、ステラの後ろ姿を見つけた。
「やっぱり長い髪ね! ちょっと傷んでるけど束ねればあんまり気にならないわ!少しずつケアして行きましょうね!」
「うわぁ! しっぽまで着いてる! でもゴワゴワしてるわね。ちょっと梳かして……あ、私の髪油があるわ! あれも使っちゃいましょうか!」
「オイラのドレス、しっぽ穴はついてないからなぁ。付ければいいだけでヤンスね!」
「ひぃぃぃ……! り、りんさぁん……助けてくださぁい……!」
ステラは着せ替え人形のように服代わる代わるあてがわれていた。手を伸ばして助けを求めるが、その手も握られてネイルを塗られる。
リンの近くに、先程の仕立て屋風の男がやってくる。
「騎士さん。オイラもそうなんですが、ちょっとやる気が出ち待ったでヤンス。 しばらくステラさんをお借りしたいんですがいいでヤンスかねぇ?」
「もちろん。お代は後で払うからさ、思う存分ドレスアップしてあげて!」
「分かったでヤンス! 気合い入れてコーディネートするでヤンスから、帰ってきた時腰抜かしちゃ駄目でヤンスよー!!」
そう言ってその場を去る仕立て屋を手を振って見送り、リンは外へと向かった。
外はすっかり暗くなってしまっていた。急いで入ってきた所に着くと、村の外には草を食むベイの姿があった。
リンはベイに駆け寄る。
「よかった! ごめんね遅くなっ──て?」
も、急に目の前の景色が変わった。いつの間にか村のはずれから、村の市場の中心部にいた。ベイの姿はない。どうやら一人でここまで飛ばされたようだ。
「村の秘密にも、来て一日で気付くとはな……侮れん男だ」
聞きなれたその声に振り返るリン。そこには先程までのリザードマンが。大剣を持って立っていた。