十五話:淡い夢を見た
俺が見守り始めてから三十分後。ようやく目の前のバカ二人は拳を下ろした。両者肩で息を上がらせて、熱気とともに汗を滴らせている。
「ったく……調整始めてみたけど聖鎧布はやっぱ慣れないわね。ヒール掛けながらぶん殴る……みたいな感覚が難しいわ」
そう言ってゼラは、拳の布の結び目を解いた。ぼんやりとオレンジ色に光るその布こそ、聖鎧布である。ガーベラと戦った時に巻いていたのはこれだったというわけか。
聖鎧布はヒールの力を込めると超硬質化する布だ。さらにエネルギーを自身の体に取り込ませることが可能で、身体機能も上がるらしい。 まさに神かがっている。
なぜそんなことを知ってるかって? 軍事転用の話が数度出たからだ。たしかに聖女が使えば八面六臂の強さだ。しかし効率の悪さと聖女を軍に配置するのは宗教的観点のしがらみで無理だったので突き返した。そのため計画は凍結。十個も作られていなかったと思ったが……こんなところでお目にかかれるとは。少し感動しながら聖鎧布の勇姿を眺めていた。
「いや、付け焼き刃でこれとかやっぱ才能だろ。お前オレと同じように番兵でもしている方が性に合ってるんじゃねぇか?」
「それはそうだけど、アタシには仕事があんのよ。こう見えて、アタシ役員だし?」
「それもそうだな。 首飛ばされたらいつでも来な。相手になってやる」
「なにそれ、コネで入れてくれんじゃないの? 」
楽しげに話す二人。しかしまだ早朝。空気はきりりと冷えている。少々心苦しいが間に割って入った。
「朝から何やってるんですか? 風邪をひくつもりならそれでいいですが」
そう言って汗だくのゼラとアングラにタオルを投げた。
「なんでアンタは嫌味を言いながらじゃないと親切なことが出来ないのよ……ありがと」
「気が利くな、ローレル。しかし、オレたちのスパーリングを止めた罪は重いぜ? 罰として今日の朝食の卵はオレとゼラに寄越せ」
「なぜそうなるんですか!? せっかく楽しみにしていたと言うのに!!」
「うるせぇ! さあゼラ、行こうぜ! ローレルの分を横取りしてやらあ!!」
「じゃあねローレル! 言っとくけど、鎧を脱いだアングラと、全身に聖鎧布を巻いたアタシに走って勝てると思わないことね! アハハハハハハ!!!」
ちくしょう、テンション高いなこいつら……。俺はすでに小さくなり始めた二人の姿を走って追いかけた。
しばらく追い続け、遅れて孤児院のドアに手をかける。
「ねえ、ローレル。 ちょっと……いい?」
それと同時にドアの向こうからゼラに話しかけられた。ドアノブに力を加えても、ビクともしない。向こう側で全力で握っていると見た。
「なんですか? 足止めと奪取で役割分担するとは考えましたね」
「ふふふ……! いい推理じゃない、褒めてあげる!アタシたちの作戦にまんまとハマったことも含めてね……!」
「くっ……そっちに私が着いたら覚悟していることですね!!」
「ふっふっふ〜!!」
得意げにそう笑った後、間を置いてゼラは言う。
「アタシね思ったのよ」
「何をです?」
「よく考えりゃ、マザーはそのリンさんとは初対面だったのよね?」
「ええ。そうでしょうね」
「アタシたちは、リンさんを追ってると思いきや、リンさんを追っている殺人鬼を追っていた。マザーが会ったのもその殺人鬼だった……。……それでどう?」
震える声で、そう言った。平気なフリをしているくせに、まだ割りきれていないのだ。きっとそうだ。俺だってそうなのだから。
「貴女にしては良い推理ですね。きっとそうに違いありません。褒めてつかわします」
軽口を混ぜつつも、本心からそう言った。
「何よそれ……何様のつもりよ……ふふっ」
ドアの向こう側。急に声が遠くなる。
「よし、これで十分よね! 置いていくわよバカローレル!! せいぜい朝食が無くなるその様を、指をくわえて見ているがいいわ! 」
賑やかな足音を響かせ、ゼラは走っていった。どうでもいいけど村に向かっている最中に寝るなよ?
ともかく今だけは、事実に気付かない方がいい。いずれ答えの方からやってくる。それまで夢を見るのも人の自由ってものだ。
少しだけ肩が軽くなった俺は、足早に食堂へと向かった。