一話:勇者に仕立てた日
「ほほう……リンを勇者選抜にか?」
レンガ積みの城の、薄暗い一室で王が俺に言った。
俺は片膝ついてへりくだる。
「ええ。左様でございます。リンは信心深く、腕も立ち、なおかつ庶民からの成り上がりという騎士団の信頼と憧れの的。勇者にはピッタリでございましょう?」
「なるほどな……しかしあやつは我が騎士団の長だ。やつに抜けられると統率が崩れる恐れもある」
「いえいえ王よ。兵士の者共にもぜひリンを勇者にと声が出ているのですよ! ルート等は私がかねてより文献を調べておりますので、生還率は7割を超えるでしょう!」
「なるほど……そこまでであればわざわざ行かせる価値があるやも知れんな。」
「ええ! ともすれば聖剣がなくとも魔王軍の掃討と王の栄光は約束されたようなものです!!」
そこまで俺が言うと、
「いや、しかし決定打にかけるな。我の為になるような……」
したり顔で王は言った。
目は口ほどに物を言う。賄賂を寄越せと訴えかける。
欲望が目線に滲み出ていた。俺は笑みを浮かべて懐から小包を取り出す。
「コチラをどうぞ。 よーくご覧になってください……」
そう言って木のボウルに中身を出して見せた。ジャラジャラと大量に転がるのは真っ白な球体。
「最高級品にございます」
わざわざこいつの機嫌取りのために買い付けた真珠だ。脅威の給料3ヶ月分。プロポーズかよ。
さすがに王のお眼鏡にもかなったようだ。
「ほほう……よいではないか……!」
やつの脂ぎった笑みがこぼれた。その顔のままやつは尋ねる。
「だが、リンはお前の古くからの友人だったろう?そんな処遇をしても良いのか?」
「ふふっ……私は貴方様の忠実な配下です。いかなることも貴方の栄光のために行います!」
俺もそう笑って返した。
「気に入った。 ローレル!お前の栄光とやら、俄然興味が出た!」
俺はこいつが好きだ。とことん私欲のために生きている。
こいつは一国の王の器じゃない。こんなに単純で私欲に正直なやつが王を務めると、側近やらなんやらに付けいれられるのだ。
──俺のようなな!
と、まあこういう経緯があり、リンは今勇者に任命されている。
「 この国王たる我の決定に……何か思うことでもあるのか?」
「め、滅相もございません!」
流石のリンも慌てているようだ。いつも余裕綽々な笑みが消えた。
いい気分だ……。憎きアイツが今から、俺の栄光の礎になるのだから。
俺はその後もリンの動きを監視し続けた。
一足先に城下町へ降りて様子を見守る。
「リンさんマジっすか!? クズのローレルの挑発に乗って勇者になられたって本当っすか!?」
「聖剣探しに行くってマ? あんなんただの作り話っしょ?」
「あのクソ王といいローレルといいこの国にはろくな奴が居ねぇけど……リンさんが居なくなったらどうすんだよ!? 大丈夫かよ!?もう……!」
リンはそうやって詰めかける奴らに愛想笑いを振りまいていた。
……あの表情。さては話の9割を理解出来てないな?
小一時間観察した後、そーっと群衆に近づく。そして、
[──グイッ!]
「……!?」
俺はリンの腕を真下に引いた。
リンが居なくなったことで押し合いの均衡が崩れ、近くに居た野次馬共は互いにぶつかり合った。いい気味だ。
路地裏に連れ込んだリンはまだ呆然としており、今の状況が読めていないようだった。王に呼ばれていたこともあって
「人気者の宿命だな、リン」
「ありがとうローレル!! 」
思いっきり抱きつこうとしてきたので、頭に手を伸ばして制止する。
「ああいいんだ。気持ちだけ受け取るよ。……お前がハグとベアハッグの違いを理解するまではな」
こいつはパワーが並外れてる癖に、その自覚を持っていないのだ。数年前に抱きつかれたせいで上腕ごとアバラが折れたことがある。本当にこいつ人間かどうかすら疑わしい。
「何か言った?」
「いいや!なんにも」
ニッコリ笑って返した。
「君が助けてくれなかったら、今日はあそこで過ごすことになってただろう!」
「お前はいつも本気で言ってそうで怖いんだよな」
リンは俺が幼少の時に引っ越してきやがった。全て俺より優れた千年に一度の逸材。才能の塊なのだ。
俺にとっては憎き男であり、何度も邪魔をされ続けた宿敵と言っても過言でない。そんなコイツとも……ようやくおさらばなのだ!笑いが止まらねえ!
勝手に上がる口角を押さえつけ、リンに向き直る。
「はぁ……」
リンはため息をついて項垂れていた。
さて……最後の一仕事に取り掛かるか。
俺はリンの肩を掴んで覗き込む。
「なあリン。お前の勇者就任に祝杯をあげたいんだが、受けてくれるよな?」
「ああ、もちろん!」
そして俺らは酒場へと赴いた。