九話:強情な相棒
しんとした空気に包まれる食堂。光源はロウソクのみでだいぶ薄暗い。末席に座るカノコさんは口を開いた。
「それでは皆さん。お手を合わせてください」
食堂の長テーブルに座らされた俺とゼラ、それと子供たち。あと俺とゼラの間にいる謎の甲冑野郎はその掛け声とともに夕飯の前に手を合わせた。
「『主よお恵みに感謝いたします。 我々の勤労と食事に祝福をおさずけください』……」
「いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
静まり返っていた先程とは打って変わり、急に賑やかになった。子供たちはガヤガヤと話しながら時に笑いながら食事を取り始める。
俺も食べようとスプーンを手にした。今日はパンとシチューらしい。汁物を口にするのは数日ぶりだ。双方から上がる湯気が頬をくすぐる。
さて、俺も食べ始め……。
「ぐぎぎぎぎ……!! ふんっ!ふんぬぅぅぅぅ!!!」
ゼラは曲がらない肘と片手で必死にシチューを救おうとしている。カノコさんのアームロックがかなり効いたようで、歯を食いしばって痛みに耐えている。それでは食えないだろうと思いつつも、スプーンを持つ手が震えすぎてほとんどこぼしてしまっている。
「あと……ちょっと! あと少しッ! うおおおおぉ!!」
「ったくよ……お前は相変わらず、飯食ってる時すら静かにできねえのかよ」
隣にゴツゴツしい鎧のまま座っていた奴は、首をすくめて呆れた素振りを見せる。ゼラは隣にいる甲冑野郎を必死に睨む。
「うっさいわね!! アンタこそ、そのまんまシチューすすって鎧に飲ませる気?」
「偉くなっても、相変わらず口は減らねえな」
そう言って悪態をつく。どうやらゼラの知り合いらしい口ぶりだ。そいつは二本角が着いているようなデザインの兜を外し、頭を数度。兜の下でまとめていた長い黒髪を振り回す。黒く切れ長の目をしたそいつはなんと女だった。
しばらく見つめていると、甲冑女は俺の視線に気づきニヤリと笑った。ゼラにも見られたこの癖に少しぎょっとする。
「どうした? オレの美貌に惚れたかよ騎士さん」
「いいえ。これだけ髪を振り回されると、私のシチューに入ってしまいそうでしたので。 この際前もって入ったことにして騒ぎ立ててやろうかと思いまして」
「性格終わってんなお前ッ!! 初対面のやつに言うセリフじゃねえよ!」
「初対面で口説き文句をぶつけてくるやつが、ずいぶんと立派な口を叩きますね」
「そうよ、ローレル! そのままこいつに文句を浴びせ倒しなさい!」
「テメェは黙って食ってろ!!」
閑話休題。
シチューのボウルを片手で持ち、それをすすりながら甲冑女はこちらを向いた。
「オレはアングラ。あのぺちゃむくれとはガキの頃からの付き合いでな。今はマザー・カノコの守衛をしている。お前は?」
そう言って片手を差し出してきた。俺はそれを握り返して答える。
「ローレル。 諸事情あって勇者を追うゼラの手伝いをしています」
「へぇ。 勇者って言うとあの男か! アイツは強かったぜ!久々だったぜ鎧着込んだオレをぶっ飛ばせるやつなんてよ!」
「ぶっ飛ばした……って貴女リンと戦ったんですか!?」
「当たり前だ。 オレは殴りあったやつしか信用しねぇ。よってローレル。お前もいつか殴りに行く」
「そこらの蛮族のがよっぽどマシな思考回路してますよ。本当に貴女文明社会を生きているんですよね?」
「無駄よローレル。それはコイツの挨拶みたいなもんだから」
そう言ってゼラは、器用にもシチューを飲み干した。
「ああ、さすがゼラはよくわかっているな。よってお前にも殴りに行く」
「相互理解のための殴り合いじゃないんですか?」
「より深く知るにはよりディープな打撃が必要だろ? 何言ってんだお前」
「貴女こそ何を言っているんです!?」
混乱する俺を他所に食事は終わる。始まりと同様に手を合わせ、キャンドルは吹き消された。
ようやく動けるようになったゼラに寄り添って、比較的明るい廊下に出る。
「そうだ。 マザー? 私とコイツはどこで寝ればいいの? 」
ゼラが聞くとカノコさんは、
「あいにく空きがありませんので客室で寝てもらおうかと」
そう言った。ゼラは目を丸くして詰め寄る。
「ちょっとまってよマザー! 客室って一つしか無いじゃない! アタシがこいつと相部屋とか冗談じゃないわよ!」
……相部屋? 相部屋だと!? こいつと!? 猛獣と寝床を共にするようなものだぞ? 待っているのは死。睡眠時間的か社会的かあるいは物理的なそれが待っている。相部屋は絶対に避けたい。
しかしカノコさんは表情一つ変えずに答える。
「いいえ。そこしか空いていませんので諦めなさい」
「ですが私は騎士、彼女は聖女の言う身! それは避けた方がいいでしょう? それに私なら外で寝ても大丈夫ですので……!」
「構いませんよ。 客人は客人らしくもてなされるのが礼儀というものです。 外にお客様を寝かせるだなんて言語道断です」
「で、でも! 確かアタシが前に部屋にしてた地下室なら空いてるわよね? 」
数秒の沈黙の後、カノコさんは答えた。
「いいえ。 子供たちもあれから増えましたのであそこはもっぱら物置として使っています。 とても寝れる環境では無いですよ」
「そ、そんな…… 」
わなわなと膝から崩れ落ちるゼラ。かくして俺らの相部屋が決まった。
俺らは割と広めな一室に通される。ベッドとソファが置いてあり、寝床は分けられそうだ。
「では……ごゆっくり」
そう言ってカノコさんは部屋の戸を閉めた。
「……やっちまいましたね」
「やられたわね」
頭を抱えながら二人でつぶやく。
「もう寝ましょうか。 私はソファに寝ます」
「奇遇ね。今日は馬鹿みたいに疲れたから寝れそうよ。アタシはベッドね」
そして各々寝床に着いた。同じ部屋で着替えはさすがに避けた方がいいだろう。そう考えたのはお互いに同じらしく、着の身着のまま横になる。
俺はゆっくりと目をつむった。
「……」
「……」
寝れない。静けさがかえって邪魔をする。それでいてこの環境だ。この孤児院、怪しすぎる。今思えばあの地下室も何か変なものを隠しているのではと思ってしまう。疑い出すと止まらず、かえって目が覚めてしまう。
俺は真っ暗な天井をただ眺めていた。
「……ローレル。アンタ、もう寝た?」
ゼラの声がする。
「いいえ。 何故だか目が覚めてしまいましてね」
「奇遇ね。アタシもよ」
ゼラは弱々しくそう言った。少々頼りないの相棒の声は、不思議と私を安心させた。
「仕方ありませんね。 これから貴女には笑い疲れてもらいましょうか」
「何よ。そんなにもったいぶるほど面白い話があるわけ? 」
「まあまあ。聞くだけタダですから」
「まあそうね。つまんなかったらそのまま寝れるし。気に入ったわその提案」
「それでは始めましょうか……今から少し前の話なんですがね……」
そうして夜は深まっていった。