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七話:立て板に水

「それでゼラさんは森の中で、盗賊らしき男を助けられたのですよ! なんと慈悲の深いことか!」


「それは良い働きをしましたねゼラ! あなたが突然来て何事かと思いましたが、元気そうでなによりです」



カノコさんはそう言って、柔らかな笑みをうかべた。



あれから俺はカノコさんの趣味やら好みの話で盛り上がり、すっかり意気投合した。その流れで聞いたところ、ゼラはカノコさんの下で洗礼と訓練を経て聖女になったらしい。なるほどと手を打ちそうになったが必死にこらえた。ゼラの面子が潰れるからだが、俺の場合は顔まで物理的に潰れる。それは避けたい。

俺は今、ゼラの武勇伝を語っている。多少盛ってはいるが全て事実。かつて目をかけていた弟子の活躍を、カノコさんは楽しそうに聞いていた。横で聞いているゼラは調子に乗って浮かれている。そして時たまそうだそうだと腕を組んでうなずくのだ。もうちょっとお前は謙遜しろ。



「まさかこんなにお話がお上手だとは思いませんでした……趣味も多芸で騎士の方とはとても思えません!」


「いやいや、恐縮でございます! カノコさんのお話はどれも素晴らしい経験知に満ちております!良ければもっとお聞かせくださいませんか? 」


「ふふふ。もちろんでございます! それはそうと、あまりに時を忘れて話し込んでしまいました……。すみませんが、御手洗に行ってまいりますね……」



そう言って離席した。

カノコさんが部屋から出た直後、ゼラが姿勢を崩した。ピンと張った背筋はどこへやら、ソファに沈みこんだ。



「うっへぇ……まじで気ぃ使ったわ……」


「切り替えが早すぎるでしょう!?」



俺の声などお構い無しに、ゼラは足を伸ばして手を思いっきり伸ばす。そしてだらりとソファの上に四肢を投げ出し、力を抜いた。



「アンタねぇ……アタシたちは三日歩きっぱなしでやっとこさたどり着いた立派な部屋でようやく休めると思ったら、ふっっっかふかのソファの上でガチガチに緊張しながら延々と話聞いてんのよ? ちょっとは気を抜かないと死ぬわよ?」


「……そういう、ものですかね」



言われるままに、俺は少し楽に座り直した。得意気な顔のゼラを横目に部屋を見回す。ここは孤児院の『応接室』らしい。綺麗な壁紙に、里親リストらしき帳簿の山。子供の命名リストなんかもある。窓の外から庭が覗けるようになっており、そこでは十数名の子供たちが遊んでいた。特に変なところは無さそうだが……。



「……はぁ」



ため息をつく。俺は何を考えている。そもそも『何も無いのが普通なのだ』。どうやら俺の神経は限界に近いようだった。ここ数日近辺で殺人やら焼き討ち(?)やらが頻繁に起こったせいで、勝手に怪しいところを探し始めている。あるはずがないだろう、おぞましい殺人なんてものが。こんな平和なところに。

俺が天井を見上げたころ、ゼラが見計らったかのように口を開いた。



「アンタも嫌になってきたのよね? 今何かあるんじゃないかって探してたんでしょ?」


「ええ……ご明察です。もっともカノコさんがなにか隠していそうな気はしないのですがね……」



そう言って顔を覆う。やはり少々根を詰めすぎた。柄でもないことを言った気がする。そんな私にゼラは言う。



「アンタなんて言うか、人の下についてる時が一番生き生きしてるみたいね……どうする? アタシの舎弟にでもなる?」


「私もしっくりきすぎて怖いぐらいですよ。それはそうと私だって担ぐ神輿ぐらいは選びます」


「……アンタ、人にへりくだることが天職なのね」


「気分を害したからって、すさまじい凶器を人に投げないでくださいよ」


「でも事実じゃない」


「……そうですけど」


「それじゃあさ。アンタ偉い立場にはなりたくないの?アンタ性根はアレだけど優秀じゃない。例えば王の側近とか」


「いいんですよこれぐらいで……と言うよりこれくらいが。高すぎる地位は人をそこに根付かせてしまいますから」


「なるほど……アンタはもっとフラットに、色んなことを自由にやれる立場が欲しいのね! 」



「いいえ。最大の責任を負わなくても良くて美味い汁を吸いやすいのが、ギリギリ異動のできるこの立場なんです」


「この世の汚濁集めて煮詰めても、あんたほどの黒さにはならないわよ」


「そりゃそうですよ。確かにその辺の汚いものを混ぜにれば黒っぽくはなるでしょう。でもその方法で完全な黒は作れませんからね。そこらのとは格が違うんですよ格が」


「なんでそんなに偉そうなのよ……」



ゼラは頭を抱えるも、すぐに起きてまた私に聞く。


「って言うか、アンタ最近の曲から昔の流行りまで知識がすごいわね。音楽だけじゃなく果てはガーデニングの知識まであるなんて。あんなにマザーと話が合った人久しぶりに見たわよ?」


「……付き合いがあれば知識ってものは勝手に入ってくるもんですよ。土足で」


「何言ってんのよ。気を使って丁重にもてなしてる癖に」


「何を言いますか……奴らが出ていかないだけですよ」



俺はそれ以上何も言い返せずに顔を伏せた。初めてだな……こうも言い負かされたのは。ため息も出せないままボーっとしていた。するとドアが再び開いた。


「お待たせしましたー! 今回の騎士さんはきちんと遊んでくれるのかと、子供たちに囲まれていましてね……」

……今回の? 俺は念の為カノコさんに聞く。



「あの? ここにこの前まで来ていた騎士ってもしかして……」


「あ、ああ……もしかしてご存知ですか? リンさんという方で。……どうかしましたか?」



「「はぁぁぁぁぁ!? リンがここに?!」」



俺とゼラは間抜けな声を上げて驚いた。

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