六話:何事も第一印象
ゼラは胸ぐらを掴まれて高く掲げられ、足をじたばたさせていた。
ゼラを片手で掲げている女性は総白髪だ。白髪と言うかんじではない。 少しボサボサしているせいもあって、髪からは年齢を感じる。しかし異様に肌ツヤが良いのだ。ゼラを掲げるその姿勢、ゼラが暴れても微動だにしない腕力と握力。肉体は凄まじく若い。……俺がすこし分けてもらいたいくらいにだ。
「やめてってば!! 離してよマザー・カノコ!!」
カノコと呼ばれる彼女は、静かに目を開いた。
「ひっっっっさびさに顔を見せたと思ったら……なんですかそのはしたない姿は!!!!!」
カノコさんはゼラの頭やら足やらを指さしながらそう叫ぶ。そういえばゼラはあまりの暑さにケープを外したり、足に深いスリットを入れたりしていた。ほとんど自業自得みたいなものだが、俺も鬼ではない。それにここで門前払いされることだけは避けたい。
「ここにいたんですねゼラさ〜ん!!」
俺は手を振りながら満面の笑みで近づく。ゼラは顔を強ばらせながら、ハイライトの消えた目でこちらを見た。助け舟をよこした人間にみせていい顔じゃないぞお前。気がついたら丸腰でゴブリンに囲まれてて、助けが来たと思ったら一際でっかいのが出てきた時の顔だぞ。
カノコさんは俺の方を向いて睨む。目付きがゼラと同じだ。ゼラがここの出身と今心から理解出来た。そんな恐ろしい目をしている。
「誰ですかあなたは? 何をしにここまで?」
「どうもはじめまして! 私はローレルと申します。以後お見知り置きを!」
そう言って一礼する。そしてカノコさんの足元まで駆け寄り、ゼラを掴んでいない方の手の甲にキスをした。カノコさんは俺のことをしばらくまじまじと見た後、
「……ご丁寧にどうも……。 私は今見ての通り忙しいのでお引き取り願えますか?」
そう言って腰の辺りに手の甲を拭った。めちゃくちゃに嫌われているって感じだ。ここでなにかした覚えは一切無いため、騎士自体が嫌われている可能性はある。かくなる上は……!
俺は顔を見上げると共に、大げさに驚いた振りをした。
「まあ! 貴方はカノコさん!! お噂はかねがね聞いております!! ゼラさんからお麗しい方だと聞いておりましたのですぐわかりました!」
「ほ、ほう……? 本当ですか?」
警戒の目が少し緩んだ。ちなみにどんな風に言っていたのだと、目線で訴えられた。
行ける。このまま畳かければ押し切れる。
「ええ! 付き人の私にも良くしてくださるゼラさんが、何故こうも慈悲に溢れていらっしゃるのかとお伺いしたところ、真っ先に挙げられたのがカノコさんのお名前でして!一度お会いしたいと思っていたのですよ!」
「……わ、分かりました! わかりましたから!……今からお茶をお入れしますのでどうぞこちらに……」
カノコさんはそう言って、顔を赤らめる。そして奥の建物に吸い込まれるように入っていった。外から見ると二階建てらしいその建物は、どこか煤けていて所々窓が割れている。その窓から何人もの子供がこちらを見ていた。
そんなことはどうでもいい。俺はひとまず、地面に伸びているゼラに声をかけた。
「そんなにここの地面が恋しかったんですか?」
「ええ……そんなとこよ。って言うかアンタがアタシの付き人って……アンタにマザーの話したことないじゃない……」
「しのごの言っていられませんでしたからね。今日の寝食のできる場を得るにはこれしかありませんよ。 これなら貴女の株を上げつつ、それに信頼を寄せる部下の私も警戒はされにくいはずです」
「それはそうね! ……向かいながらみっちり詰めていくわよ」
「はい。 よろしくお願いしますね? ゼラさん!」
俺は孤児院に向かう途中で、カノコさんの好物やら名言やらを叩き込む。そしてゼラの従者として、ここまで来たエピソードやらを捏造するのだった……。