五話:これは先行投資
顎を蹴飛ばされたガーベラは、後方の木にぶつかって地に落ちた。
「が、ガハッ……」
背中を強打したようで、手をつくも起き上がれずに力なく伸びてしまった。
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫!? 相当やばいんじゃないの!?」
「大丈夫ですよ、息はあります。恐らく脳震盪と打ち身で力が入らないだけです」
「ご、ご名答……骨の一本も折れてはおらぬ。 口しか動かせぬがな……不甲斐なし」
ガーベラは首だけ動かして、こちらを見上げた。
「して、なにゆえローレル殿は面妖な格好で馬に乗っていたのだ?」
「あー、コイツね馬乗るの初めてなんでちゅよ。甘く見てあげてくだちゃいね?」
「出発初日のそのノリをまだ続ける気ですか? ちゃんと意味はあります」
小馬鹿にされるのもしゃくだったので、俺はビオサから降りてガーベラの近くに座った。
「答えは単純です。全ては貴方を騙すためにやったことですよ」
「……ほう?」
いまいちピンと来ていない顔をしているガーベラ。
いいだろうこうなりゃネタばらしだ。コイツからも聞きたいことがある。
俺はゼラを隣に座らせてから、話し始めた。
「少し話を聞いて、わかりました。あなたの夜目が利くという言葉はハッタリなんでしょう?」
「ふふっ、やはりバレていたか……何故わかった?」
ガーベラは自嘲気味に笑った。
「私が剣を捨てた時、貴方は私が下馬したと勘違いしていましたから」
「……待て。 ローレル殿が剣を投げたのは、あの金属音がしたときでは無いのか?」
「あー……やっぱり、そこからですよね」
私は少し横にずれ、ビオサの足元を指さす。そこには俺のブレードと、鎧の右腕部分が転がっていた。
「これだけ草が生い茂っているところにものを投げて金属音を立てるには、金属に金属をぶつけるしか無いんですよ。なので貴方の耳の精度がどこまでかを測るのも込みで、わざと剣を捨てました」
「な、なるほどね……アタシが驚いた時には剣なんて持っていなかったと……」
「貴女は気付いていなかったんですか?」
「うっさい!! ……それであの変な乗馬の仕方はなんなのよ?」
「ああ、それは簡単。高さを合わせるためです」
そう言って、俺はビオサの横に立った。私の肩と同じくらいの位置がビオサの体高だ。
「この状態でビオサの上にうつ伏せになるとどうなります?」
「なるほど……背丈は変わらんな」
「ええ。こうすれば音が飛んでくる位置は変わらないでしょうからね。ゼラを下ろす必要はありましたが、そうすることでより馬から降りていると信じ込ませることが出来ますし」
「見事なり……」
そう呟いて、ガーベラは目を瞑った。
「それがしは、そなたらが逃げたことを二度も音の距離感のみで掴んだのだ。まさかそれを使って騙しに来るとは……実に見事なり」
「情報が入ってきやすいと、その分騙される機会にも恵まれます。 ゆめゆめ忘れないように」
「……ああ。次こそは勝つ。勝つべくして勝たせてもらおうぞ!」
ガーベラの口角が怖いほど吊り上がった。不敵に笑う奴の目には闘志が確かに感じられた。……念の為言っておくか。
「最後に、貴方は随分乗せられやすいようです。もっと冷静になった方がいい。昂ったままでは見えないものもありますよ。では、また会いましょうガーベラ」
「ああ。肝に銘じておこうローレル殿。……さらばだ」
俺たちは横たわるガーベラを放って、先を急いだ。あんなに頑丈なら、半日もしないうちに回復することだろう。その前に逃げられるだけ逃げるべきだ。
川沿いに戻り、歩みを進める。するとゼラが俺の肩を小突いた。
「敵に塩を贈るなんて正気? センス疑うわ」
そう言ってほくそ笑む。
「もっと上等なものを贈ったつもりですがね。 ああいうのは後々になってとんでもないリターンを産むんですよ」
「恩を仇で返されるのに金貨十枚賭けるわ。間違いなくアイツとはまた戦うことになるわよ?」
「それはそれ、これはこれですよ。私は不労所得が入ってくることを楽しみに待ちますかね」
俺はビオサの手綱を引きながら笑い返す。ゼラの表情には多少余裕が戻っていた。
「さて、この勢いで孤児院を目指しましょうか!」
私がそう言うも、言葉は帰ってこない。先程ゼラがいた方向に目を向けるも、既にゼラのゼの字もなかった。……ゼラのうちゼの字があったら、逆に半分見つけたようなものじゃないだろうか?
そんなことを考えながら辺りを見回すと、
「おーいローレルー! こっちよー!」
茂みの奥で、何やらゼラの声がする。声を頼りに進んでいく。本当にこっちであっているんだろうか?ガーベラに音の聞こえる方向を正しく知る方法とかを聞いておくべきだった。
四苦八苦しながら茂みを掻き分けて行くと、急に開けた土地に出た。
「──っ……眩しい」
目を細めて、開けた方に目を向ける。人工的に整備された芝生が目の前に広がる。転々と広葉樹が植えられており、自然みに溢れた公園のようだ。
「おーい! ローレルってばー!」
「はいはい。 聞こえてますよー」
私はよそ見をするのも程々に、ゼラの声がする方に目を向ける。
「……はぁ?」
「ろ、ローレルー!! たすけて……」
確かにゼラはいた。無事だ。俺の目の前で、総白髪の麗人に胸ぐら掴まれていること以外は。
「た、助けてローレル!! ぶっ殺される!!」
ゼラは引きつった笑顔のまま、必死に拘束を振りほどこうとしていた。