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十四話:紙一重

「あなたに『ヒール』は一切、効きませんでした」



「……で、でも傷も治りかけていますよ?あんなに大きく開いていたのに……」


「その傷は……ひとりでに治っていったんです。止血しようと槍を抜くと、もう出血は止まっていました。そこで……急いでヒールをかけたのですが、あなたの傷口にいくら手を当てても、光りすらしませんでした……」



カノコさんは項垂れた。私は彼女に問いかける。



「それからも貴方の傷に触れましたが、少しずつ自力で治っていくばかり。私のヒールの力ではありません」



「そんな……」


私は生唾を飲み込んだ。だって、それは……。



「私から神の加護が無くなったと……?」



神に見放された。信心がない人間だと突き放された。つまりはそういう意味だ。

欠かさずに行っていたお祈りは、確かに昨日はできなかったが……逆に言えばそれくらいしか心当たりがない。


打ちひしがれる私の肩に、カノコさんは触れた。



「でも、そんなはずはないんです。あなたの信心は本物。そうでなければ勇者に選ばれるはずがありませんから」


「カノコさん……」



「きっと昨日、子供たちの治癒に力を使いすぎたんです。そして子供たちがみんな帰ってきた安心感で気が抜けてしまったんです!」




そういうことにしましょう!と、言って微笑んでくれた。そして、



「ステラさん。 あなたにはコレを……」



カノコさんは古ぼけた一冊の本を出した。真っ黒な装丁で、不気味な雰囲気が漂う。



「あ、ありがとうございま──っ!?」





本を受け取るなり、ステラの耳がピンと上に立つ。全身の毛という毛が逆立ち、シルエットがかなり大きくなった。ステラはおずおずとカノコさんに問いかけた。



「あ、あのう……これどこに……?」



「正直に言うと、分かりません。いつからそこにあったのか、なぜこんな本があるのか。そしてその本に何と書いているのかすら、私には分からないのです。ただ、この孤児院にはありました」



そう言ってカノコさんは苦笑した。確かにその本の表紙には何やら凹みが見られた。恐らくステラが読んでいたあの本と同じ言葉だ。



「ツメクがここまで出向いた狙いは恐らくこれです。子供たちの護衛も手薄でしたし、肝心の私を攫いもしなかった……。なんとしてでも、この冒涜の本を手に入れたかったのでしょう」



カノコさんはそう言ってため息をついた。心做しか、安堵が混じっているように感じる。そんなカノコさんに、先程から小刻みに震えるステラは申し訳なさそうに聞いた。


「あ、あのう……この本なんですけど!

燃やされたり、そちらで処分されなくて本当にいいんですか……? これには異端の魔術が書かれているんですよ……!? 何かしらのわ、災いが降りかかる!とか考えないんですか!?」



ビクビクするステラの手に、カノコさんは手を添えた。ピタリと、震えが止まった。



「いいえ、あなたたちならきっとこれを正しく使える。昨日の戦いを見て、そう思ったのです。ツメクに使われるくらいだったらと考えたのですが、それよりも……私はきっと見たいんです。

あなたが私には使えないその力を使うところを!どんな力でも使い方さえ合っていれば、世界を救えるのだと!」



だんだん語気を強めながら、カノコさんは言った。楽しげに話す様は、こちらまでワクワクしてくるほどだ。




ステラは何度も反芻するように頷いた後、


「は、はい!! いつの日か……一人前の魔術師になって、リンさんを助けます!!」



笑顔で返した。





「それでは……私は子供たちの方に向かいますね。リンさんは念の為、一日安静になさっていてください」


「はい。 わかりました!」


「では……失礼します」




軽く一礼して、カノコさんは部屋から去った。部屋の中は、しんと静まり返った。



もっとも……。



「え、えっ!? す、すっっごい! こ、こんなことも!? わ、わぁ……!」



ステラはこんな様子で、食い入るように本を読んでいたからだ。私は邪魔しないよう、体の具合を確かめる。

まず左手……違和感はあるが、かなり動く。次に胸の傷はまだ痛々しくあとが残ってはいるが、カノコさんの言う通りかなり治ってきている。ここまで塞がっているのだ。ヒールはおそらく効いている。


カノコさんはだいぶ疲れている様子だったし、見間違えでもしたのだろう。そう思うことにした。




ステラの方に目を向けると、まだベッドの横で棒立ちのまま本を読み続けている。……なんというか、落ち着かない。



「ステラ、ちょっとこっちに来てよ」


「へ!? い、いいですよ!! 椅子もありませんし!! わたし立ってますから!」


「ベッド横のスペース空いてるからさ、そこに座ってよ。 ステラ結構背が高いから、遠くにいるみたいでちょっと寂しいんだ」


「へ、へっ!? は……ひゃい……」



ステラは最終的に折れ、私の体のすぐ脇に座った。あんなに熱中していた本を読むのもやめ、恥ずかしそうに目を伏せている。



私は窓の外を見た。日は低く、気持ちのいい青空が見えた。まだまだ時間はたっぷりあるようだ。


「ねえ、ステラ。 私に魔術について教えてよ」



私がそう言うと、目を丸くする。その後体ごと振り返って、私に肉薄した。これは好感触。



「ど、どこからお教えしましょう! 使い方!? メカニズム?! そ、それとも……概念的なところからみっちりと……!?」


「全然分からないから、一番最初からお願い!」



ステラの一文字の目が、キラリと輝いた。



「は、はい! 頑張りますね!!」



そう言って、私のほうに向き直った。私は未だにステラについて……その魔術について何も知らない。どうかこれをきっかけに、ステラの理解を深められればいい。そう切に願った。




「ま、まずこの世はすごくすごく強大な神様の夢の中でして……!」



「……へ?」



頭が理解を拒んだ。どうやら先は長そうだ。

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