十三話:その手に何が残るのか
「なぜだ。 なぜお前はまた、ローレルを殺さなかった」
「それは……その……」
お父様に問いただされて、決まりが悪くて目を逸らした。あれから……ナイフを渡されてから二年ほどたった。私は未だ、ローレルを殺せないでいる。どうにか言い逃れし続けてきたが、もう限界だ。私にローレルのような口があればよかったのに……。
そんな願いは天に届かず、お父様は私の襟元を乱暴に掴んだ。
「アレは王たるお前の道には要らん。お前があの時除かなかった路傍の小石は、今や街道を塞ぐ大岩になったのだ」
隻眼で私を睨みながら言う。その琥珀色の目は、全てをねじ曲げようとする欲望に塗れていた。私は恐怖に震える唇を懸命に動かす。
「で、ですが! 私は……私は王にはなれません!ローレルの方がずっと為政者に向いているんです……! 」
「だからこそだ」
「──っ!?」
お父様が私に鼻の頭が触れるほど、顔を近づけた。目はより一層力強く、私の目を真っ直ぐに見つめた。まるで全て見透かされているかのようで、私はこの鋭い目に貫かれたような気分になる。低く、重い声でお父様は囁いた。
「リン。私はお前を王たらしめるべく育てたのだ。今の世を変える、乱世の王に。この国の王に」
「そんな世界……私は嫌です! 私には……」
「甘ったれるな!!!!!」
怒号と共に、私の視界は真っ白になった。
「ぐっ……がぁッ……!」
気がつけば、お父様の右腕が私の腹に刺さっていた 。息が……!息ができないっ……! 私は床に倒れ込む。朦朧とする意識の中、お父様の声がこだました。
「乱世には乱世の成し方があるのだ! いい加減それを学べ! その程度の甘さで魔王に勝てると思うなよ!!!」
「ぜぇっ……ぜぇっ……い、今は……乱世ではありません……この平和な世の中を乱世に戻すなんて……馬鹿げています……」
「……平和……だと? 冷戦中のこの国が? すぐそばが緩衝地帯のこの国が?」
「私はこの国を……私の友を愛している……万が一にでもそれらを失いたくな──グブッ……!」
地につくばう私に、お父様は容赦なく蹴りを入れる。
「停滞とは滅びだ! そんな腰抜けが……この国の騎士団長だとはな!!」
「ギイっ……! 」
私は歯を食いしばり、耐え続ける。そう、今はまだ耐えるんだ。 友を王にするその日まで……!
女がひとり、部屋の隅で震えながら地に伏せる私をただただ見つめていた。
…………………さぁん。
私を呼ぶ声がする。
リ…………さぁん……!
徐々にその声は鮮明になっていく。
「リンさぁん!!!」
「うわっ!? ……いてててててっ!?」
目を覚ますと、見知らぬ真っ白な天井だった。驚いて上体を起こすも、何故か私の体は治りきっていなかった。カノコさんの施術の後は見えるのだが……。恐らく致命傷だったということだろう。本当に私は運がいい。
今まで包帯でぐるぐる巻きにされて、ベッドの上で寝ていたようだ。ステラはステラで私の右手を掴んで離さない。目からは滝のように涙がこぼれている。
「良かった……良かったですぅぅぅ!!!」
「ごめんね! 心配してくれてたんでしょ? ありがとうステラ!」
「は、はい!!!」
ステラは満開の笑みでそう言った。言い終えた直後、焦った様子のカノコさんが部屋に入ってきた。部屋の扉を閉めるなり、胸をなで下ろして膝に手を置いて息を整えた。
「良かった……目が覚めたんですね! 一時はどうしようかと……!」
口ではそういうも、なんだかまだ焦っていそうだ。
「ありがとうございます、カノコさん。カノコさんが居なければ私はきっと死んでいたところでしたよ!」
そう言うと、カノコさんは少し困った顔して頭を押さえた。そして、ゆっくりと口を開く。
「いいですか? 落ち着いて聞いてくださいね、リンさん」
「へ? ……はい 」
深呼吸してから、カノコさんは言った。
「あなたに『ヒール』は一切、効きませんでした」