十一話:ツメクサは狂い咲く
私は臨戦態勢のツメクに睨みを効かせる。それに呼応するように、ツメクは口からヨダレを滴らせていた。それを時々手の甲で拭う。私はツメクの姿に嫌悪感を抱きながら、後ろの二人に話しかけた。
「……準備はいいですか? 二人とも」
「はい、こうなる覚悟は出来ていました。私は兵士を突破して子供たちを探します」
「わ、わかりましたっ。 わたしは……あの怖いひとを……! 」
「ええ。私は二人の援護を最優先にしつつ、ツメクを仕留めます。……あとステラ、耳を」
「え? み、耳ですかぁ?」
私はステラの耳に小声で……、
「──いただきま〜すっ!!」
「ひぇぇ!!」
囁いている途中、ツメクは構えた時の低い姿勢のまま飛び込んできた。まさか話を遮ってまでいきなり来るとは思わなかった。ちなみにステラは、私を盾にするように後ろに回った。
低い姿勢のまま真っ直ぐツメクは来る。左右に揺さぶりでもかけてくると思ったが、そう言うわけでは一切ない。ただまっすぐ私に向かってナイフとフォークを突き立ててきた。
飛んできたフォークの方を剣で横にいなし、
「……よっ」
顎に膝蹴りを入れた。
「ぎぃっ!!」
ツメクは高く飛び上がり、頭から逆さまに落ちた。生暖かい水滴が肩に、胸に、降り注いだ。おそらく舌が切れたのだろう。
「……汚らわしい」
私は後ろを向いて納刀した。そしてカノコさんの方に目を向けようとしたその時だ。
「──おいしそうな背中なんか、見せていいのかしら〜!?」
またしても、真っ直ぐ突っ込んでくる。腕も使って飛び上がる様は、さながらバッタかなにかのようだ。
「はぁ……」
私はやけっぱち気味に、後ろ蹴りをした。
「ぎゃんっ!!」
……当たった。まさか当たるとは。
ツメクはその場に突っ伏した。しかし震えながら立ち上がろうとする。腕でどうにか立ち上がろうと力を込めている。
──私は念の為、ツメクの両手を蹴った。
「ぐっ……あ〜! 私の食事道具〜! ふふふっ……」
茂みの奥にナイフとフォークは消えたが、ツメクは余裕そうなその口を変えない。ずっと劣勢だと言うのに、ずっと喜びに震え歪んでいる。そして愚直に私に真っ直ぐ突っ込んでくるのだ。戦い方を知らないのもありそうだが、ここまでコテンパンにやられて絶えない闘志は狂気とかそういう次元ではない。
生き物は何度も同じ方法で失敗すると、学習するのだ。この方法では駄目だ、と。ツメクにはそれが無い。まるで百も承知で……いや、そうした方が都合がいいので突っ込んで来ているような気さえする。
それに私は戦う前にツメクの左腕を折った。いや、砕いた。だと言うのにその腕はフォークを握っていた。
私はツメクの頭を踏み付ける。
「いったぁ~! さすがにそれはダメよ〜!!」
そう言って腕も足も振って暴れ回る。傍から見ればただじたばたしているようにしか見えず、滑稽ではある。
この様子を見るに、やはり左腕は折れていないようだ。不死身の再生能力?魔王にはそれがあるらしいが、部下もそうなのだろうか。私は少し悩んでから口を開いた。
「お前のその力……一体何だ」
「ずいぶん品のない言い回しじゃな〜い……強くなかったら歯牙にもかけないところだけど……教えてあげる」
「──っ!?」
ツメクは私の足の下から、『ぬるり』と抜け出した。それ以上、表現のしようがない。まるでタコのように、スライムのように。そのまま私から少し離れると、左腕を掲げた。
「……とくと目にしなさい。 『血濡れのツメクサ』の本気を」
そう言うと、ツメクの左腕が赤黒く輝き出した。そして、
[グサッ]
そんな音が近くでなった。
次の瞬間には左手がダガーを離していた。力が急に抜けたのだ。
「──グアァァッッ!!!?」
途端に左肩と胸に鋭い痛みが走る。何かがまるで刺さっているような……。
「……は、はぁ!?」
適切な表現ではなかった。私の痛むところには、真っ赤な槍が『実際に』刺さっていたのだから。