十話:両者テーブルに着く
「ツメク! 何故私たちに奇襲など仕掛ける必要があるのですか!? ここは弱き者の拠り所。そのような真似をせずとも良かったでしょう!?」
カノコさんは声を荒らげた。その表情は険しく、先程までの柔和な顔つきから一変していた。まっすぐツメクを見るカノコさん。
対するツメクは軽薄な態度を崩さない。常に口角がつり上がっていて、手に持ったナイフとフォークをクルクルと回す。ツメクの持っているそれらは通常の物よりずっと大きく、ナイフは包丁並でフォークもそれに対応した大きさになっていた。それは食べることの他にも、なにか別の役割を果たしそうだ。
ツメクはずっと、四つん這いになった人の上でニタニタしていた。人を小馬鹿にするようなそんな笑みを浮かべていた。
痺れを切らしたカノコさんはツメクに呼びかける。
「……何か言ったらどうなんです?」
「ん〜? どの口が言ってるの~?聞こえな〜い! ふふふっ!!」
ツメクは口に手を当てて笑った。さすがにカノコさんも青筋をうかべた。
「いい加減にしなさい! 早く私を捕まえてあの子たちを解放しなさい!! 」
「えぇ〜!? この状況でそれ言うの〜!?」
大袈裟に驚いたフリをするツメク。そして、笑いながら先程まで座っていた人を蹴飛ばした。その人は悲鳴もあげることなく、どさりと崩れ落ちた。まるで生気が無い。
ツメクは、カノコさんの方につかつかと歩いてきた。そして歩きながら語りかける。
「先に約束を破ったのはあなたたちでしょ? 私言ったわよね〜? 密告も逃亡もされたくないから、ここから出るなーって」
「そ、それは……っ! ええ……その通りです……」
カノコさんは項垂れた。修道士が外へ『どうしても』出たいと言ったらしいが、こんな状況だったのか。カノコさんが気が気でなかった訳だ。
ツメクはカノコさんに触れるスレスレの所まで来た。顔を突き合せて、舌なめずりする。
「私がそういうところ抜かるわけないじゃない。わざわざゴブリン、ガーベラから借りてきたんだからね?」
借りてきた……そういうことか。私は一人、手を打った。
「人しか部下がいないらしいお前の名前をゴブリンの兵が口にしていて違和感があったけど……そういうことか」
私がそう言うと、今度は私にツメクの真っ赤な目が向けられる。よく見たら寝かせた三日月みたいなその口には、鋭い牙が生え揃っていた。やはりこいつ、とっくに人間じゃない。
私は一歩引いたが、ツメクは二歩詰めてきた。
「そうそう〜! アナタ分かってるじゃな〜い!人間の兵士はこういうの逃がしちゃうから!!……ってう〜ん?」
ツメクは首を傾げ、私とステラの顔を見比べる。私は剣を抜いて、オドオドしているステラの前に立った。
「って言うか〜! アナタたちでしょ!? ゴブリンを傷だらけにして〜! 私がどれくらいガーベラから説教されたと思ってるの〜!?」
「ご、ごめんなさぃぃ!! わたしが、私が悪いんですぅぅぅ!」
「謝れて偉いねぇ〜! 君、ヤギちゃん?人間ちゃん?ハーフなの〜!?美味しそ〜!!」
「ひぃィィ!!! 食べられるぅぅぅ!?」
ステラに伸ばしてきたツメクの手を、左手で掴む。
「いった〜い! 女の子に手を上げちゃダメだって教わらなかったの〜? コミュニケーションの基礎よ基礎!」
「残念だが、私が父から教わったのは剣術と武術だけでね。 そういうのは昔から、私の友人の担当なんだ」
そう言って、思いっきりその腕を握る。手の中でばきりと砕けて曲がった。そしてそのまま投げ返した。
「も〜! 暴力はんた〜い! ヤギちゃんと比べて勇者さんは可愛げな〜い!!」
「そんなもの無くて結構。 さっさと子供たちを返してもらおうか」
私が睨むと、ツメクはビクリと身を震わせた。そして、口元からヨダレを垂らして恍惚の笑みを浮かべた。
「昔に食べた勇者なんて食べれたもんじゃなかったの……弱いったらないわ。 でも……この勇者さんは骨があって美味しそう……!」
そう言って、ツメクは静かにナイフとフォークを握り直した。