九話:それぞれの戦いへ
「急いで! 危険ですから皆さんは早く地下へ!!」
修道士のそんな声が聞こえた。子供たちの叫び声と忙しない足音が遠くでする。
孤児院の外が焦げ臭い。オマケに野太い叫び声がして騒々しいが、煙と夜の闇で何も見えない。外に出てみないと状況はつかめなさそうだ。
しかし混沌とした今の状況、闇雲に飛び出しても何が起こるかわからない。特に……。
「ひえぇぇえっ!!どうしましょう!?どうしましょう?! まだ魔術の準備全然できてないですぅ!!」
ステラは両手を振り上げて部屋の中を走り回る。驚きと焦りを全力で体現している。私は大慌てのステラの手を取り、甲をさする。
「落ち着いてね?ステラ。 まずは深呼吸から」
「すぅぅぅ……ふぅぅぅ……すぅぅ……ふぅぅ…… お、落ち着きましたぁ……」
いつもの笑顔を取り戻したステラ。そちらはどうだろうと二人の方を見ると、こちらはこちらで焦るアングラさんをカノコさんが制していた。カノコさんは向かい合って、アングラさんに淡々と告げる。
「落ち着きなさいアングラ。 まずは状況報告を」
アングラさんの肩に手を置いた。アングラさんはハッとした様子で、一息入れてから言い始めた。
「魔王軍の小隊が攻めてきやがった。三十人ほどの兵でボウガンと槍を持ってるのが大多数で、何体か後ろの方に爆弾を抱えてる奴がいる。それに── 」
アングラさんは目を瞑り、息を大きく吸った。そして、
「……ツメクがいやがった」
吐き捨てるように言った。カノコさんは目を丸くする。
「なに? ツメクが?」
「ああ。確かにツメクがいたんだ……」
「子供たちをさらった時には、居なかったと言うのに今更ですか? 大体、何故ツメクだとわかるのです? 私たちはその姿を見てすらいないのですよ?」
「魔王軍なのに……そこに居たのは人間の兵士だった。それに人間の兵士を従えてる頭がいたんだ。その女がツメクだ……。
証拠も何も無い。だがアイツは間違いなくツメクなんだ! あんなに獰猛さが滲み出てる人間は初めて見た……!」
頭を抱え、思い詰めた目でそう言った。そして、そのままカノコさんを見つめる。
「カノコさん。 本当に行く気か? あいつは人の話なんざ聞く気はねえと思うぜ?」
対して、カノコさんは微動だにしなかった。
「ええ。行きましょう」
非常にあっさりと、そう答えたのだ。アングラさんもその呆気なさに、驚きを隠せないようでしばらく固まっていた。カノコさんは続ける。
「今更何を恐れるというのですか。私が怖いのは子供たちを失うことだけです。だから、成すべきことを成すのです」
それを聞いたアングラは、少し力が抜けたようで笑った。そして、兜を被り大槌を構えた。
「ははっ……いつまでたっても、アンタには敵わねえ。おかげで気合が入ったぜ。オレはこの建物でガキ共を守る! 今度こそ……絶対にだ!」
その声には、最初に会った時の気迫が篭もっていた。
「了解。ご武運を!」
カノコさんがそう言うと共に、アングラさんは下へと走り出す……と思いきや、部屋の入口のところで急ブレーキをかけた。そして私の方に振り返る。
「ああっと、あぶねえ言い忘れてた! おい、リン! カノコさんのこと頼んだぜ!お前なら安心して任せられる!!」
「はい。無論です!」
私がそう言うと、アングラさんの微かな笑い声が聞こえた。きっとその兜の下は笑っていることだろう。
ほっこりしたのも束の間。カノコさんは私たちに発破をかけた。
「さあ私たちも、行きますよ!」
「はい!」
「ひゃいっ!」
アングラさんが地下へ向かうのに少し遅れて、私たちも外へと向かった。
外には黒煙がたちこめている。アングラさんが言っていた爆弾のせいだろうか?
「げふっ!げふっ!! な、なんなんですかぁ……!? すごい煙ですぅ……」
「あまり吸い込んではいけませんよ。何が入っているか分かりませんから」
私たちは煙をぬけ、ようやく敵陣が見えた!
「はい! すと〜っぷ!!」
敵陣の真ん中、やけに目立つ赤いドレスを着たやつがそう言った。不気味に笑みを浮かべながら、部下らしい男の人をイス代わりに座っている。
「よくもまあ、のこのこと来たわね〜。あ、報告通り勇者さんも居るわね。あとその横にもう一人いるわね〜。追加オーダーは大歓迎よ〜! いらっしゃ〜い!」
ニコニコ笑顔で私とステラにも手を振るツメク。奴の持っているナイフとフォークが、鈍く妖しく輝いていた。