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八話:血濡れのツメクサ

ツメク。二名の魔王軍幹部の片割れ。通称『血濡れのツメクサ』。それは奴のとあるエピソードから来た名らしい。


ツメクは魔王国の辺境に屋敷を構えている。元々ツメクは王侯貴族の末裔であり、裕福な生活を送っていた。 その頃にツメクのために建てられた屋敷なのだ。しかし、奴には一族がひた隠す秘密があったのだ。




かつてツメクはその父母と、王国の外れの私有地の館を立てて住んでいた。ツメクの両親には商才があった。珍品売りとして外国と交易を行い、一代にして財を成したのだ。

それで建ったのは、三人が住むには非常に広い豪邸。屋敷には手入れをするために使用人が述べ三十人以上いた。

幼いツメクは両親の溺愛を一身に受け、すくすくと育った。その溺愛ぶりと来たら凄まじく、ツメクが欲しいと言うものは、商人の立場も利用してすぐに買い与えたという。



ツメクはある時から、本に傾倒し始めた。王国のものだけでない。魔王国で綴られた本、出自の知れない魔術のことが書かれた本、ありとあらゆる本を漁り続けたと言う。そしてツメクの両親はそれを良しとし、欲しいままに買い与えた。──それがいけなかったのだ。




ある日、使用人のうち一人が姿を消した。廊下の掃除の途中に突然と、だ。

すぐに犯人探しは始まる。だが、全員住み込みで働いていると言うのに、誰も何も知らない口を揃えて言う。

現に使用人の同僚、シェフ、庭師に至るまで、全員に完璧なアリバイがあった。そんな中、バケツとモップだけ残してどこかへ消えたのだ。外にも中にも使用人は大勢いる。一体どこへ?


館の皆が頭を悩ませていると、笑顔を振りまきながらツメクが現れた。


「みんな〜どうしたの!? なんだか顔色が良くないけど」


「家にいる使用人の一人の行方が分からなくなってしまったんです。ツメク様はおわかりでないですか?」


「うん、もちろん! 」







「ここに居るよ!」


ツメクは自分の腹を指さしてそう言った。







事態を重く見たツメクの父母は、すぐにツメクを館の来賓室に閉じ込めた。ツメクの愛読書と共にだ。ツメクを生かすことも殺すことも出来ず、部屋に使用人を毎日一人ずつ送り込み、毎日使用人を一人雇った。


一人、また一人と使用人はその部屋に食べられていく。おどろおどろしい『食事音』は日がな一日、止むことは無かった。両親は身を寄せ合い、震えながら周りには明かさぬようにひた隠して生活を続けたと言う。


そんな生活も半年がたった頃だ、使用人が一人も居なくなった。

それもそのはず、街はツメクの館の悪い噂で持ち切りだった。雇われたまま姿を見せなくなる人々、決して無くならない館の使用人募集の広告、パタリと社交界に姿を見せなくなったツメク。

そんな怪しい館の求人なんて誰も行きたくなかったのだ。そしてその主人たちも。ツメクの両親の商売は低迷を続ける。商売相手は減る一方で、財産を細らせ続けた。


来賓室のドアを、ツメクが内側から叩く。ひもじさのあまりに、両親会いたいあまりに。

ドンドンドンと周期的に押されるたびに、ドアの持ち手に巻かれた鎖がギチギチ音を立てて鳴るのだ。その音は日に日に大きくなっていく。


精神をすり減らし続けたある日のこと、館に三人の屈強な男がやってきた。『勇者』を名乗る彼らはきっとツメクを説得してくれるという。

両親は二つ返事で了承し、残る全財産を前払いした。そして、剣を片手に部屋に入る彼らを見送った。両親は彼らが何をしたいかなど分かっていたはずだ。しかしそんなことを考える余裕など残ってはいなかったのだ。部屋の中で、ブレードを振り下ろす音が周期的に鳴った。


ツメクの両親は酷く安堵していた。これでようやく解放される。これでもう悩まなくていいのだと。夫婦は久しぶりに来た静かで安楽な幸福を、涙ながらに享受した。












だが、おかしい。何時間たっても。半日待っても。一日かかっても。男たちは一向に部屋から出てこない。


両親は、恐る恐る部屋を開けた。

部屋の中は何故か明るかった。切れているはずのロウソクは着いていたし、何より部屋の中は綺麗に整頓されていた。無数の人骨も含めてだ。



部屋の真ん中、倒れる先程の大男の腹の辺り、赤い何かがうごめいていた。何かはこちらに気がつくと、振り返り輝くような笑顔で答えた。


「お母さま!お父さま! こちら、今日のお礼です!」



そう言って差し出してきたのはプレゼントボックス。恐る恐る箱を開けると、中には真っ白な笛がひとつと……。母親は悲鳴をあげてその箱を落とした。床に誰のものか分からない、大きさも様々な指が散らばる。


「どうでしょう? ツメクサの代わりに工夫を凝らした自信作なのですが!」



自慢げにそう言ったツメクの目の前には、もう誰もいなかった。ツメクの一家は崩壊したが、本人は生きている。ツメクのいる山の上の館はいつしか魔王国の領土となり、ツメクはその残忍性から召し抱えられたとか……。



「と……いう方です」



カノコさんはツメクについてそう語った。

手合わせの後、協力したい旨をカノコさんとステラに伝えた。すると、ステラは二つ返事で了承してくれたし、カノコさんはツメクについて知っていることを喋ってくれるという。お言葉に甘えて、教えて貰っているところだったのだ。その間、アングラさんは外に出て見張りを。

話が少し長すぎたようで、ステラは私の隣で船を漕いでいた。

そんな中、カノコさんは真剣な顔で私を見つめた。


「子供たちを解放するために……私はツメクに捕えられるつもりです」



この人は本気だ。どうにかして子供たちを助けようと必死なのだ。カノコさんは続ける。


「ただ、あのツメクのことです。私はともかく、子供たちを素直に渡してくれるかどうか。 恐らく交渉は有って無いようなものでしょう。 だから……」



カノコさんは私の手を握って、見上げてきた。


「私にもしものことがあれば……子供たちだけでも救ってください!」



頭を下げて、必死にそう言ってきた。なんというか……難しい注文をする人だなぁ。私は向き直って返す。



「残念ながら、それは約束できません」


「へ……? どうして……どうしてですか!?」


「貴女も救います! 絶対に!」



そう大声で誓った。途端にカノコさんの顔は明るくなった。


「はい、よろしくお願いします。リンさん!貴方がここに来てくれて本当に……!」





[ドガーン!!!!]




外の方で、何かが炸裂した。轟音に全てが遮られる。音しか聞こえなかったが、恐らく火薬かなにかだ。まもなく、アングラさんが部屋を乱暴に開ける。



「さっさとこい!! 奇襲だ!!」


「ひゃい!? 奇襲!?」


その一言に、さすがのステラも目を覚ました。

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