六話:退いて駄目なら押し通る
「……しかし、だ。 多少の準備時間は取ってやる、作戦は練ろうがどうしようが構わん」
そう言って彼は、立てて置いた槌の下に腕を組んで座り込んだ。優しい人……なのかな?いや、わざわざ逃げれないようにしてから喧嘩を売ってきたんだ。そんなわけないか。
とりあえず私は、彼とどうやって戦うか考えることにする。
兜を被っていてはいたが、なんとなく正体はわかる。きっと彼は私が助けた修道士さんなのだ。今私に襲いかかって得のありそうな人なんて、あの人くらいしかいない。
なら、不用意に怪我はさせられない。
まず彼の重鎧。あれを打ち破るなら、グレートメイスか何かがいるだろう。棍棒とかでは傷一つ付かない立派な鎧だ。
しかし私はメイスを持ってきていないので、これを打ち破るすべがない。
次にあの人が持っている獲物だ。全長が彼の背丈ほどある。そのリーチの先端部分も大きい。まるで岩でも付いてるみたいだ。あんなものを食らったら、ひとたまりもない。
あれ……? この人に勝つの無理じゃない!?攻守ともに隙が無さすぎない!?
考えるんだ……彼に有利に立ち回るには、どうすべきかを……。
そもそも、打ち勝とうとするのがダメなのだ。
そうか!引いてダメなら押してみろってことか!私はいそいそと準備に取り掛かる。
数分後、私はなんだか頭をこくこくさせている彼に話しかけた。
「準備終わりましたよ!」
「うわぁっ!?」
彼は急に立ち上がって飛び退いたが、私を見ると何事も無かったかのように戻ってきた。
「ほ、ほう……随分と珍しい構えじゃねえか……」
右手にロングソード、左手にダガーを逆手に持った私を見て彼は言った。なんだか少々興奮気味だ。
「ふふふ……いかに早くなろうと、オレの前では無力よ。オレという山をその程度で崩せると思わないことだ!」
彼はそう言って、大槌を片手で持った。あれを軽々と片手で持てるということは、相当な筋力があるということ。その分攻撃力は格段に上がる。油断はできない。
私は姿勢を低くし、相手の動きに合わせられるよう構える。
「さて……それはどうかな!」
しばらくの沈黙の後、
「うぉぉおおおおっ!!! 」
先に仕掛けたのは彼の方だ。荒々しい咆哮と共に、まっすぐ走りながら槌を振り下ろす!
私はそれを右に避け、相手の出方を狙う……。
ハズだった。
彼は突如、目の前の地面を蹴飛ばして急ブレーキをかける。そのまま振り下ろしかけていた槌の持ち手を腹の辺りに引き寄せ、その勢いのまま一回転……!
彼は私のちょうど目の前で、自分を回転させて大槌を横なぎに振り回したのだ。
「今の縦振りはブラフだったってこと!?」
「──もらったッッ!」
そう聞こえるより早く、衝撃は襲ってきた。
「グッ……!」
咄嗟にナイフを構えた左手に大槌がかすった。幸い利き手では無いが、痺れて力が上手く入らない。チラリと左手の甲を見ると、鎧が変形していた。
相手は大槌。振りの速さなどを見ながらチャンスを狙うつもりだったが……。もうそんな悠長なことは言ってられないだろう。
すぐ仕留める。それしか無い。
私は再び構え直した。
彼はその姿を見て不敵に笑う。
「フッ……オレが攻撃一辺倒だと思ってただろ? 山にとって大事なのは中身だ。質実剛健でなければこの装備は扱えんッ!」
そう言って、彼は私に向かって飛びかかってきた。
私より少し頭上、その巨躯に太陽が遮られる。
なるほど、目くらましか。そして、彼の戦い方もなんとなくわかってきた。おそらくこれは距離をとる方が良くない。
私は宙に浮く彼の、懐に飛び込んだ。
「な、なっ!? 速いっ!?」
「ちょっと身軽になったから……ねっ!」
私は左手で、彼の腹の当たりを思いっきり殴る。
「グウッ!!」
彼は少しだけ後ろに吹っ飛んだ。
そして背中から地面に叩きつけられた。
[……ズシン!!]
重々しい音がしたが、彼は全然無事なようだ。
まだ足も手も動いている。
だが、しばらくは起き上がれないだろう。地に足が着いている時とは違い、空中だと衝撃が直に来るのだ。
ひとまず、私の読みが当たった。
あの大槌の大きさなら、手足にかすっただけで痛手を負う。最初からそこまでは想定していた。
逆に大当たりでもしたら、間違いなく助からない。どんなに着込んでいようと無駄だ。しかし腕と足は戦うには必須。万一にでも怪我はできない。
それで私は胴当てと肩周り、腰の鎧の一部を外し、軽量化したのだ。機動力を確保したため、あそこで懐に潜り込めた。
それに先程の左手は私の読みが当たったおかげで無事だった。あのまま何も考えず素手で受けていたら、骨の一本ぐらいは折れていたことだろう。
しかしだ。
「っ……!」
着実にダメージは入っている。左手が痛く、思わず顔をしかめた。
振り抜くまでかなりな手応えがあった。私の左手は私の腕力と彼の鎧の重さで板挟みにあっていたのだ。これ以上はナイフが持てなくなりそうだ。左手では殴らないようにしよう。
そんなことまで内省していると、彼はゆっくり起き上がってきた。
「面白ぇ……! ひっさびさにいいもん食らったぜ」
そう言って、両手で槌の持ち手の先端を持った。リーチをギリギリまで長くして、私に近寄らせない気なのだろう。
ならば、それを使わせてもらおうじゃないか。
私はただ真っ直ぐ、彼の目の前に突っ込んだ。
「いいぜ……そういう馬鹿みてえなのは嫌いじゃねえ!!ぶっ潰れろ!!!」
彼は私の真上から槌を振るう!
私はすかさずダガーの刃のない方を上に向け、落下地点まで真っ直ぐに走る。
「へへっ!いくら槌の柄の部分だろうと全て鉄の塊よ! 当たれば一溜りもあるまい!」
私はダガーの端の部分を、振り下ろされる槌の柄にひっかけた。
「無駄だと言っているだろう!!」
そのまま彼は、右の方に向かって槌を横向きに振るった。
私は逆手のダガーを手放さず、攻撃を体には当てないように受け流す。
すると、どうだろうか。
「な……何?」
私の体は、槌の柄の少し上に浮いていた。
完璧にいなせはしない。しかし反りのあるこのダガーならば、その勢いを逆に利用することも出来る。
あまり飛び上がることも出来ない。しかし、槌と彼との間に割って入ることは出来るのだ。
私はそのまま槌の持ち手を踏みつけて跳躍!
彼の背後に降り立った。
「勝負……有りってことでいいですよね。修道士さ……ん?」
私は彼の兜を手に、振り返る。
後ろの彼を見て驚愕した。兜を手から落としてしまうほどに。
「かっ……返しやがれ! ……バカ!!!」
そう言って、赤面する。長い黒髪を振り回してだ。
『彼』とは『彼女』だったのだ。