六話:森を抜けるとそこは
森を抜けると、そこは一面の焼け野原だった。
「これが……村?」
「村……『だった』ところらしいですね」
最近まで人のいた村だったのだろう。焼け落ちた民家の残骸が並び、土台がかろうじて残っているばかりだ。しかし風化はしていない。荷車を動かしたあとも残っていた。
風に乗ってまだ焼け焦げた臭いが漂ってくる。この村が燃えたのはつい昨日のことかもしれない。
「……気持ち悪い村ね。なんて言うか人気がないを通り越して生気が無いわ」
腕を組んで呟いた。たしかにこの村にはおかしなことが多すぎる。集団で夜逃げしたにしても不自然だ。そもそも焼き払う理由もない。村を捨てるほど切羽詰まった人間が、無駄なことをする余裕など無いはずだ。
「近隣に手頃な森があるというのに家畜の一匹もいませんでした。それに……生活した跡がまるで無い」
この村に入ってから農具や荷車、ありとあらゆる生活用具が一切ないのだ。井戸も鶴瓶のついていただろう屋根は無く、柱の根元だけが井戸の近くに残っていただけだ。
「むしろ消したまであるほど無いわね……」
「リンの両親を殺害し、先程の盗賊を半殺しにした犯人が物資補充のためこの村を襲い、証拠を焼けるだけ焼いた……そんな所でしょうか」
「そんな奴に追われているだなんて……。リンさん……!」
ゼラは歯を食いしばった。
「……貴女リンの何なんですか?」
「何よ……その旦那の浮気相手にカチコミかける奥さんみたいなセリフは……」
「いいえ。ただ気になっただけですよ。貴女ことある事にリンだけをさん付けで呼んでいますし、先程も何やら意味深に呟いていましたし」
「待って、降参。 お願いだからその勢いでまくし立てないで」
ゼラは俺の前に手のひらを突き出した。そしてコホンと咳払いをひとつして腕を組む。顔を真っ赤にしながら口を開いた。
「えっと……えっとね? その……わかる? わかるでしょ? 乙女心をくすぐられたって言うかなんて言うか……ね?」
「わからないですね」
「わかりなさいよ!」
「うーん……もっとダイレクトに言っていだだけるとありがたいのですが」
「ええっと……/// そ、その……は……はつ……」
「その方が確実に貴女の弱みを握れる」
「アンタに人の血がちゃんと通ってるか心配になってきたわ。一発ぶん殴って確かめさせなさい」
「待ってください。話せば分かります」
「ええい!問答無用っ!!」
胸ぐらを掴んできたゼラを必死になって引き剥がそうとしていると、
「ブルルルルッ!!」
俺らのすぐ横で、ビオサが鼻息を鳴らした。
「あっ!アタシの荷物!」
そういったゼラはビオサの方に駆け寄った。間一髪で助かった。最高のタイミングだ、ビオサ。
お前と出会ったあの時……。
商人のおっさんが引きつった顔で、
「あのう……騎士の旦那、悪いことは言いません。こんなじゃじゃ馬乗れたもんじゃ無いですぜ? 」
と言っていたのを無視して、お前を買ってよかったと心底思う。
感慨深い気持ちに耽りながら、再びビオサの方を見る。ビオサはゼラの腰の辺りを噛んで、つまみ上げていた。
「は?」
前言撤回、とんでもないじゃじゃ馬だったかもしれない。
「ちょっとビオサ!? アンタどういうつもりよ!」
「いいじゃないですか。じゃじゃ馬どうし仲良くなさい」
「きーっ! 誰がじゃじゃ馬よ!!」
ゼラはビオサに咥えられながらも、じたばたして必死に抵抗する。右に左に揺れ動く姿はなんとも滑稽だ。
「ちょっとー!? え、まって! このまま突っ込む気!? ぎゃあああああああ!!!!」
ビオサはゼラを咥えたまま、村の外れの森に突っ込んだ。
「……追うか」
幸い獣道はできた。そこを辿れば良いだけだ。顔にあたる木の枝を押しのけて、真っ直ぐに進む。
すると、急に開けたところに出た。森の中を小川が流れ、分断していたようだ。
ビオサが座ってリラックスしている横で、少しローブのほつれたゼラが川の向こう岸から手を振ってくる。
「ローレル! ちょっと来なさい!!」
「そんな叫ばなくても分かりますよ。貴女言語という言語が全てうるさいので」
「あーもーうるさいわね!さっさと来なさい!」
私は川を越えて、ゼラに聞く。
「なにか見つかりましたか?」
「ええ……無論よ」
そう言ってゼラが指さす先を見る。そこには火を焚いた跡と……。
「このボロ切れは……! 」
「えぇ……リンさんのマントよ。つまりここにリンさんが来たってことよ」
「なるほど、確実に近づいてはいるようですね」
俺がそう言うと、ゼラはビオサにかけていた荷物を背負う。
「追うわよ! 今のうちに差を詰めなきゃ!」
「はい。そうしましょうか」
お互い、リンに聞きたいことは山ほどあるようだし……。
俺たちはビオサの手綱を引いて、魔王国のあるらしい方角へ踏み出した。