五話:信じる者は救われるのか
「たす……けてくれ……」
黒い装束をまとった男が一人、森の木に背を預けて苦しそうに息をしている。黒いフードの下から見える口から血が一筋たれていた。
「ちょっと! あんた無事!?」
俺の横に立っていたゼラは、すぐにその男の右手を取る。脈を取っているようだ。少し驚いている様子だったがさすがはシスター、体は勝手に動くようだ。
続いてゼラは朦朧としている男の肩を小刻みに叩き、大声で話しかける。
「おい、アンタ! しっかりしなさいよ!」
「……俺もどうやらくたばっちまったようだな。目の前に天使が見えるぜ」
「やめなさい、アタシはただのシスターよ! アンタはまだ生きてるわ!」
「ははっ、冗談だよシスターさん。 だが……俺だってなんとなくは分かるさ……」
男は左手を開く。うっすらと差し込む木漏れ日に照らされたそれには、 血がべっとりと付いていた。
それを見たゼラは息を飲んだ。しかし、すぐに続ける。
「っ……! でもそれで……アンタは良いワケ!? きっとアンタにも心残りの一つや二つあるでしょう!?」
「あぁ……そうだな……故郷の母さんのミートパイが食いてぇ……。 元気にしてっかなぁ……俺が盗賊やるって家を飛び出した後、帰ってねえからなぁ……」
「じゃあアタシがそれをアンタのお母さんに頼んで来るわ! それまで絶対死ぬんじゃないわよ!!」
そう言って立ち上がるゼラの手を男は引く。そしてゆっくりと首を横に振った。
「何言ってんだよシスターさん。俺の母さんの居場所なんか知らねえだろ? いいんだ……死にかけの男の世迷言さ。忘れてくれ……」
ゼラは今にも泣きそうな表情をして、男の手を両手で包んだ。
「……わかったわ 。ただ……教えて。誰がアンタにこんなことをしたのよ!」
男はゆっくりと口を開く。
「昨日の夜、俺の馬が居なくなってたもんで辺りを探し回ってたのさ。そしたら、こんな森で焚き火なんかしてる奴がいた……。良いカモだと思って殺しに行こうとしたら……後ろから剣で刺されてこのザマさ。
ぶっ倒れた俺が最後に見たのは、ダガーを持った鎧の男が歩いていく姿だけ。その後このゴブリンたちが俺をここまで引っ張って……」
「うん、ありがとう♡ これ以上は何ものたまわなくていいわ♡ 」
「……え?」
「『ヒール』」
ゼラの両手が橙色に光ったと思うと、男は絶叫しながら飛び上がる。
「ぎゃあああああああっ!!!!」
男は必死にゼラの両手を、右手から離そうとするも動く気配はない。その拷問じみた行為は、男が気を失うまで続けられた。
「手こずらせやがって……死ぬ死ぬ言っておきながら急所から完璧に外れてんじゃないの。この根性無し」
そう吐き捨てた。もうどっちが悪人だかわかったものでは無い。呼びに来たゴブリンは完璧に恐れをなして、ゼラから離れたところで平伏している。こいつならこの森の王になれるかもしれない。
というかこの人大丈夫なんだろうか。
閑話休題。
今ゼラが出したのは『ヒール』。シスターになると身につけられるらしい、すごい力なのだ。傷やら病気やらをたちどころに治してくれる。魔女狩りがなされまくった今、まともに残る最後の超常能力なのだ。
……そのハズなんだがめちゃくちゃ痛がってたな、あの盗賊。
いまいち知識のない俺はゼラに聞いた。
「その『ヒール』ってどういう原理で回復しているなんですか? 」
「はぁ? あんたそんなことも知らないの?」
ニタニタと嫌味ったらしく微笑んで、まあそこに座りなさいとジェスチャーで伝えてくる。ハチャメチャにむかつくが知らないものは仕方がない。俺は促されるままに俺は座った。
「めちゃくちゃ簡単に言うわよ。ヒールは信心のあるやつには凄く効く薬なの。かけられればたちまちに傷は塞がり病は癒えるような。
ふつうは痛くもなんともないし。ただ神への信仰心が薄いとああいう風に痛みを感じたり、場合によっては何も変化がないこともあるわ」
「へぇ……それであんなことになっていたんですね」
これは隣の男に目をやる。若干手足をピクピクと動かしていて見るからに死に体だが、傷は治っているし肌ツヤは異様に良い。一応効いてはいるようだ。
神と言うと国教の唯一神のことだろう。ヒールも聖剣もその神の加護なのではないかともいわれている。
「あと、回復する際のエネルギーは全部かけられた本人に依存するわ。
傷が治ってもエネルギー足りなすぎて死ぬなんてこともざらにあるから、なにか尋問とかする時には先に聞いといた方がいいわよ」
「本当に大丈夫なんですよねこの人」
「まあ……傷はふさがってるし無事よ」
「無事のハードル低すぎませんか?」
俺は少し不安になったので、ゴブリンのうち一匹に金貨を一枚渡す。これで俺の財産はあと四枚だ。渡してから少し後悔した。
「この男の人を森の外に運んだくださいね 」
「アアッア」
わかった、とそう言ってゴブリンは他の二匹も連れて反対方向のトンネルの方に消えた。
「さぁ……早く森を抜けましょうか」
「ええ。そうね」
そう言ってひたすらまっすぐ進み、やがて、森が開けた。
「ああ……あかるい……」
半日ぶりにまともな光を浴びる。どうやらひらけたところに出たようだ。
「はぁ……ほんっと訳わかんないわね……これでようや……く……」
ゼラはそこまで言って止まった。歩みも、発言も止めた。
「どうしたんです? 急に静かになるだなん……て」
そこは一面の焼け野原だった。
「これが……村?」